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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説No. 311

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #100 Taylor Swift<Shake It Off>

とうとうこの楽曲解説も100回目を迎えた。これもひとえに読者のお陰であると感謝の念に耐えない。この記念すべき記事で何を書こうかと考えた時、どうしてもTayler Swift(テイラー・スウィフト)が書きたくなった。アメリカに住んでいると頻繁に彼女の話題がニュースなどから聞こえて来る。昨年ボストン郊外のFoxborough(フォックスボロー)での野外コンサートでは、土砂降りの中ずぶ濡れになりながら最高のステージを披露したとニュースで報道された。

Photo: celebmafia.com
Photo: celebmafia.com

テイラーは今月2月4日のグラミー賞で、ベスト・アルバム賞を4度受賞する史上初のアーティストとなった。式典に出席したテイラーの客席での姿にびっくりした。彼女は席に座らず立ちっぱなしで、ステージで繰り広げられる色々なアーティストのパフォーマンスに合わせて一緒に歌っているではないか。つまり、ジャンル構わずヒット曲全てを一緒に歌える、これに驚いてしまった。

テイラーは若いファンにとってrole-model(当てはまる日本語の単語が見当たらないが、尊敬する先輩的存在といったところか)であることが周知で、これは彼女の音楽に馴染みがない一般市民にも知れ渡っている。また、彼女のファンに対する気遣いも有名だ。昨年、2023年5月15日、フィラデルフィアの野外ステージで<Bαd Blood>を歌っている最中ファンの女の子を手荒く扱っているセキュリティー・ガードを舞台の上から見咎め、歌詞の合間にそのガードを怒鳴りつけた。曲を全く中断しないでだ。この一件はほとんどのニュースが報道した。

“You and I”(歌詞)

“She’s fine!”

”’Cause, baby, now we got bad blood”(歌詞)

“She wasn’t doing anything.”

“You know it used to be mad love”(歌詞)

“Hey! Stop!”

「彼女は何もしてないでしょう。やめなさい!」

結局何が理由でそのガードが手荒な行動をとったのか知られていないのだが、この様子がYouTubeにある。また、テイラーのコンサートのチケットにダフ屋が絡んで値段が10倍に吊り上がっていることを懸念し、チケットを取り扱うLive Nationに抗議したり、政府の介入を要求したりしている。前述のボストン郊外のフォックスボローでのコンサートでは、電車の予約券が発売10分後に売り切れてしまい多くのファンがコンサート会場に辿り着く方法を失い途方に暮れたが、テイラーの要請で電車の本数が臨時に増えた。14歳でデビューし15歳でメジャー・レーベルと契約したテイラーは、当初ファンに手書きでお礼のカードを渡したり、Twitterが普及してからはファンにマメに返信したりと、その行動力が半端ない。これらの事実は一般のニュースで報道されるので広く知れ渡っている。未成年のファンの親も含め、誰にでも好かれるテイラーなのだ(もちろんアンチ・テイラーも多くいるが、今回は割愛する。そもそも自称アンチ・テイラーという人たちがいること自体微笑ましい)。いったい彼女はどのような人なのであろうか。

Tayler Swift(テイラー・スウィフト)

Photo: Pinterest
Photo: Pinterest

まずテイラーの生い立ちを調べてみた。両親は二人とも大手証券会社系の仕事だったのでかなり裕福だったと察せられる。1989年12月13日にペンシルバニア州に生まれたテイラーは14歳までそこで育った。彼女の祖母がオペラ歌手であったからか9歳の時に劇場で舞台に立つことに興味を持ち、母親にせがんでNYCで歌と演劇のレッスンを取り始める。片道2時間半の距離だ。親のサポートが素晴らしいと思う。ところがある日 Shania Twain(シャナイア・トゥエイン)を耳にし一挙にカントリー歌手を目指すことに決め、曲を書き始め、毎週末地元のフェスティバルなどで演奏を始める。この頃の動画が後述するドキュメンタリーで紹介されている。天才、というやつだ。この後Faith Hill(フェイス・ヒル)のドキュメンタリーを観、カントリーで歌って行くにはナッシュビルへ行かなければダメだと思ってナッシュビルのレコード会社にデモ・テープを持参する。これが彼女11歳。驚くばかりだ。

しかし、レコード会社からは簡単に門前払いを食った、その理由は、テイラーと同じような才能は掃いて捨てるほどいる、ということだった。そこで彼女は自分にしかできない音楽を追求し始める。まず、毎年夏休みはニュー・ジャージーで過ごし、もっとNYCに近いところのライブ・ハウスで演奏を続け、また、ギターとピアノの本格的なレッスンも受け始めた。そして2004年、テイラー14歳の時に家族ぐるみでナッシュビルに移転してメジャー・デビューを果たした。

テイラーの魅力は彼女の歌詞が大衆の心を掴んだということらしいが、英語が母国語でない筆者にとっては彼女の歌い方の技術の凄さに耳が行く。まず音域だ。A2からD6と異常に広い。つまり、メゾソプラノでありながらアルトやソプラノの音域もカバーする。また、フォーク系カントリーで鍛えた軽いビブラートでふわふわした歌い方のスタイルはBillie Eilish(ビリー・アイリッシュ)などの多くの若手歌手に影響を及ぼしたと思われるが、テイラーは他にも太い声のロック系の歌い方など、変幻自在にスタイルを変える能力を持っている。筆者としては、なんと言ってもあのグルーヴ感の強い歌い方が好きだ。

もうひとつ特筆すべきは、彼女の音楽のスタイルに対する冒険だ。彼女は常に新しい音楽を考えている。もしかしたら彼女はマイルスの教えを知っているのかも知れない。彼女のスタジオ・アルバムとそのスタイルをリストしてみた。

2006 『Taylor Swift』 カントリー・ポップ 16歳
2008 『Fearless』 カントリー・ポップ 18歳
2010 『Speak Now』 ロック 20歳
2012 『Red』 エレクトロニック 22歳
2014 『1989』 シンセ・ポップ 24歳
2017 『Reputation』 ヒップ・ホップ 27歳
2019 『Lover』 エクレクティック・ポップ(eclecticとは折衷の意) 29歳
2020 『Folklore』 インディ・フォーク 30歳
2020 『Evermore』 オルタネート・ロック 30歳
2022 『Midnights』 エレクトロ・ポップ 32歳

さて、テイラーはこの中から4作録音し直している。『Fearless』、『Speak Now』、『Red』、それと『1989』だ。この経緯が面白い。2019年6月、初期6作をリリースしたビッグ・マシン・レコードがテイラーのアルバムの権利をScooter Braun(スクーター・ブラウン)という韓国系エンターテインメント会社の米国代表に3億3千万ドル(当時365億円前後)で譲渡し、テイラーに不利な契約書を突きつけた。テイラーはそれを拒否し、それらのアルバムをすっかり録音し直すだけでなく、曲数を増やしたり、人気の曲を長くしたり、ミックスを向上したりした。つまり新しいファンに対しオリジナルよりこの録音し直したバーションへの購買意欲を促したのだ。恐らく買収した方は地団駄を踏んだに違いない。この親譲りのビジネスの才能もさることながら、彼女のこの精力に感嘆する。

『Miss Americana』(2020)

『Miss Americana』(2020)
『Miss Americana』(2020)

『Miss Americana (ミス・アメリカーナ)』とは2020年に発表されたテイラーのドキュメンタリー映画だ。実は筆者は、お恥ずかしながらこの映画を見るまでテイラーの曲はたったの1曲しか知らなかった。この映画を観て色々な意味で驚かされた。

まず、テイラーの人格だ。かなり幼い頃から「良い人であること」、「正しいことをすること」を目指していたらしい。それと、「I am trained to be happy」と何度か言っていたのが印象的だった。直訳すれば「幸福感を維持するトレーニングを受けている」という意味だろうが、「幸福感を維持するように努めている」と言ったところであろうか。意外にも親がテイラーを厳しく管理している感はまるでなく、母親がステージ・ママという印象も全くなく、テイラー本人も母親をベスト・フレンドと呼んでいる。テイラーが辛い時に母親が黙って彼女を抱きしめるという一場面があった。父親は寡黙な頑固親父的な印象だが、このドキュメンタリーには母親ほど登場していない。いずれにせよ、両親とも娘を信頼してサポートしている、という印象だ。

本人が自ら認めていることなのだが、彼女は小さい時から常に自分のイメージを気にしていたそうだ。太ったというようなコメントをネットで見かけたり、自分の写真で少し太ったように見えるものがあったりすると拒食症に陥ったそうだ。興味深いのは、テイラーの普段の歩き方だ。例えばステージに向かう姿が全く颯爽としておらず、少し猫背なのだ。ところが、ステージに立った途端に背筋が伸びる。ところで、彼女の話し方もある意味で特殊だ。子供の時から驚くほどはっきりした発音で話す。これがまたすごい説得力を撒き散らしている。ところで、「良い人」が見せ掛けに見えないところに好感が持てる。むしろ純粋という印象を受けるのだ。サイコロジーでは、舞台に立つパフォーミング・アーティストは他人に認められることを気にする人種で、幼児期での親からの扱いに起因するというのが通説らしいが、筆者はこれに対し常になんとなく腑に落ちないと思っている。テイラーは弟がいるので一人っ子ではない。ドキュメンタリーで見る限り、親はテイラーを助けるという立場を最初から維持しているようだ。ただ、テイラーは「自分に自信がない」ということを隠していない。

テイラーは音楽のみで一兆ドル(約1,500億円)の収入を得た唯一のアーティストだと言われている。このドキュメンタリーで、「山の上に辿り着いて見渡すと、誰もいない」、と孤独感を漏らしていた。もちろん母親はベスト・フレンドだが、同じ年代で気軽に電話をかけられる友人がいない、と言っていた。全くの蛇足だが、何を隠そう筆者は『Buffy the Vampire Slayer(邦題:バフィー 〜恋する十字架〜)』が好きだった。それは女の子が吸血鬼を退治するという一般にウケた題材だからではない。あのドラマは、強いから、また、テイラーもこのドキュメンタリーで言っていたように、自分の行動を他人に期待されるから孤独になる、というバフィーの苦悩を描いたドラマなのだ。だからテイラーの苦悩をドキュメンタリーで観た時に、すぐにバフィーを思い出した筆者であった。

Photo: YouTube
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2009年、テイラーは19歳でMTVのVMA(ヴィデオ・ミュージック・アワード)を受賞する。彼女の<You Belong With Me>がBeyoncé(ビアンセ、日本ではビヨンセ)の<Single Ladies (Put a Ring on It)>に勝ったことになった。これに不満を持ったラッパー、Kanye West(カニエ・ウエスト、現在Yeに改名)がテイラーの受賞スピーチの最中飛び込み、テイラーのマイクをもぎ取ってビヨンセが受賞すべきだと言った。この一件に関しては、オバマ大統領でさえカニエの行動を強く非難したほどだった。この時会衆はカニエにブーイングしたが、テイラーは自分がブーイングされたと勘違いした。楽屋で大泣きした後に予定通り自分のパフォーマンスを披露したテイラーはすごいものがあるが、この一件はテイラーに強い精神的ダメージを与えた。この後カニエは自分の新曲でテイラーを中傷する歌詞をラップし、自分がテイラーを有名にしてやったと公表して関係は悪化して行った。その後テイラーは、音楽をやっていたはずなのにそういう気がしなくなってしまった、と言って1年間姿を消した。

セクシャル・ハラスメント裁判と政治介入

Photo: Pinterest
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このドキュメンタリーで特に印象に残ったのが、テイラーが受けたセクシャル・ハラスメントに関する裁判と、その後の彼女の変貌だった。2013年6月、ツアー中のコロラドでのライブの直前にKYGOラジオに出演した時、DJのDavid Mueller(デイヴィッド・ミューラー)がテイラーのお尻を掴んだ。写真で分かるように、テイラーの身体は逃げている。テイラーはラジオ局にこれを報告すると、局は現場にいた人たちの証言を確認してミューラーを即刻解雇した。ミューラーは名誉毀損でテイラーに$3,000,000の賠償を要求してテイラーを告訴した。それに対しテイラーは$1の賠償金を求めてミューラーをセクシャル・ハラスメントで逆に告訴した。この$1というところが、筆者のヒーローであるSteve Jobs(スティーブ・ジョブス)と同じだったので嬉しくなってしまった。

2017年8月17日にテイラーは勝訴した。その丁度1年後に舞台に立った映像がこのドキュメンタリーに含まれている。裁判の初っ端で「触られてすぐに叫び声を上げないのはおかしいだろう」と相手側に責められるなど醜い裁判が続き、勝訴しても全く嬉しくない最悪の経験だったと語るテイラーが、ステージの上でピアノに座り、コードを弾き流しながら語り始めた。

Photo: YouTube
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「丁度1年前の今日、フロリダ州タンパでの完売のステージに立つ筈だったのに、コロラドの法廷にいたの。」(中略)

声を震わせながら必死に言葉にしている様子がひしひしと伝わって来る。

「私の言うことを信じてくれた人たちがいたから裁判に勝てたけど、世の中には信じてもらえなかった人たちがたくさんいるのを知っているわ。I am sorry for those who were not believed(信じてもらえなかった人たちの心境を察する)。」

そうか、信じてもらえなかったたくさんのセクシャル・ハラスメントの犠牲者に向けて一生懸命語ったのだ。ここでピアノの弾き語りで歌い始めたのが、『1989』(2014) に収められている<Clean>だ。この「Clean」は白紙に戻って出直す、または過去の汚物と決別したという意味だ。原曲はポップ・ロックで、なかなか別れられなかったカレシととうとう別れたから、とっとと忘れて前に進もう、という歌詞なのだが、このステージではピアノの弾き語りなので、裁判の悪夢を忘れ去って前進する、という意味で歌われた。これが結構込み上げてしまった。この人は本当にすごい人だ、と思った。

この経験はテイラーを変えた。それまでの彼女は正しいことをする人、または期待される行動を取る人でいることを目指していたが、勝訴したことで少しでもセクシャル・ハラスメントの犠牲者に希望を持たせることができたことから、今まで辛抱強く我慢していた政治に関する意見を公言することに決めたそうだ。それまでは政治に関する意見は一切控え、単に選挙権のある人たちに必ず投票に行くようにTweetするに止まっていた。

2018年の中間選挙の時だ。テイラーの地元であるテネシー州の上院議員の有力候補は、トランプ大統領にコントロールされているMarsha Blackburn(マーシャ・ブラックバーン)という女性議員だった(偶然だろうが、かなりキツい名前だ。黒人を焼き殺す、という意味に取れなくもない名前だからだ)。ブラックバーンはLGBTに関する法案を全て否定し、セクシャル・ハラスメントの犠牲者を保護する法案も否定することで有名だった。男性に都合の良い政治をするとまで言われていた。強姦も含め現在もなお数多くのセクシャル・ハラスメントで起訴されているトランプの配下であることは一目瞭然だったので、テイラーはこれを阻止しなければならないと強く感じた。

自分はこれから政治的な意見を公表する、とスタッフに告知すると、母親以外の全員から猛反対を受ける。特に父親が反対しており、テイラーは「お父さん、わたしはこれをやらなくてはならないの。だから私に言えることは、どうか許して下さい、ということだけなの。」というシーンがドキュメンタリーにあった。そして、テイラーはパブリシスト(日本ではごく稀な職業だそうだが、アーティストの広報を担当する職業)を呼び、これから自分が発信するTweetで起こると予想される反響をコントロールする計画を立てていた。やはり相当キレる人だ。しっかりと準備して「LGBTを差別する議員を当選させてはならない」などとTweetしたが、残念ながらその努力は実らなかった。その後、案の定各テレビ局から相当のバッシングを受けたり、トランプに演説の中で抽象されたりなど色々あったが、「自分が歴史の中で正しい立場に立つことが重要だ」と語っていた。頭の良いテイラーはこのネガティブな反応を予想していた。2003年に大人気のカントリー・バンド、the Dixie Chicks(ディクシー・チックス)がライブ中に、根拠のないイラク戦争を始めたブッシュ大統領を非難する発言をしたことから業界から干されたことは未だに記憶に新しい。

そして、このドキュメンタリーの主題歌のためにテイラーが書き下ろした<Only The Young>だ。「今回はダメだったわね。」「やれるだけのことはやったわね。」「でも次回があるわ。」「あの人たちは変わらない。」「でもあなたたちは若いのだからまだまだいくらでも走れるわ。」

テイラーの創作過程

今回初めてテイラーのアルバムを色々聴いて驚いたのが、知っている曲がたくさんあったことだ。筆者はラジオで音楽番組を聞かない。反対にドラマ好きなので、テレビ・ドラマは数多く観ている。つまり、これらのポピュラーなメロディーは殆どドラマで登場したものを一度聞いただけで覚えているということだ。どれもテイラーの作品と知らずに、だ。テイラーはそれだけキャッチーなメロディーを書いているということだ。今回色々な記事を漁っていて知ったのだが、テイラーの詩の書き方がどこでも賞賛されている。

歌詞によって曲のイメージを押し付けられることを嫌って長いこと歌モノを避けて来た筆者は、随分と人生で損をした、と常々思う。近年アルバムの傾向が変わり、深いストーリーが込められているものを楽しむようになって、例えば本誌No. 292、楽曲解説#81でご紹介したCécile McLorin Salvant(シシール・マクロリン・サルヴァント)の作品などはどうしても歌詞を理解したいと感じるようになった。また、前述したテイラーの<Clean>のピアノ弾き語りのパフォーマンスなどを見ると、心から「Power Of Voice(人の声の力)」を感じるようになった。筆者も成長したのであろう。なのだが、テイラーの人気曲の殆どは「失恋ソング」なので、テイラーの歌詞の書き方の素晴らしさをそれほど理解していない筆者にとって、やはり異国語に聞こえてしまう。

テイラーは子供の時から歌詞を書き留めるノートを持ち歩いている。しかもペンは色々な色のものを使う。「歌詞は自分の日記のようなものなのだけど、ファンが自分の気持ちと同期してくれるのが嬉しい。」と語っていた。ドキュメンタリーで筆者が興味を持ったのは、彼女の創作過程だった。テイラーはマメにメロディーのアイデアをiPhoneに録音しており、その後ピアノに座って形にして行く。ある程度形が出来るとプロデューサーのプロジェクトスタジオに入り、アイデアを録音して行く、そのやり方に感心した。ドキュメンタリーでは何人か違うプロデューサーが登場していたが、どのプロデューサーもテイラーのアイデアを即座に具現化出来る人たちだ。テイラーが「このパートのラインは」と言って鼻歌を歌う。プロデューサーが即座にそれをサンプラー等で録音し、その場でテイラーがヴォーカルを録音する。その最中にどんどん歌詞が変わって行くその工程が実にすごい。

<Shake It Off>

2014年にリリースされた『1989』という、テイラーが80年代の音楽をテーマにしたこのアルバムは、カントリーでデビューしてカントリー・ロックに移行して行ったテイラーが全く違うスタイルであるダンス・ポップに変貌したアルバムだったそうだ。前述のように筆者が唯一テイラーの曲と馴染んでいたのが、この<Shake It Off>という収録曲だった。その理由は、色々なテレビ・ドラマに1節が引用されたからだ。

「And the haters gonna hate, hate, hate, hate, hate」

直訳しにくいが、「悪口好きは悪口を言うために悪口を言い続けるのよ。」と言ったところだろう。<Shake It Off>とは、「(努力して)気にしないようにしろ」、「(努力して)忘れてしまえ」といった意味で、お察しの通りドラマで使われる台詞に適している。何がそんなに特殊なのかと言うと、この「hate, hate, hate, hate, hate」と繰り返す部分なのだ。単に「the haters gonna hate」、つまり「悪口好きは黙っていても悪口を言う」という台詞だけなら何も特別ではないが、役者が「the haters gonna hate, hate, hate, hate, hate」と言った途端にテイラーの引用とすぐにわかるのだ。

コーラス部分をご紹介しよう。

‘Cause the players gonna play, play, play, play, play 遊び人は遊び続けるわ
And the haters gonna hate, hate, hate, hate, hate 悪口好きは悪口を言い続けるわ
Baby, I’m just gonna shake, shake, shake, shake, shake 私は振り(落とし)続けるわ
I shake it off, I shake it off (hoo-hoo-hoo) 振り払うの
Heartbreakers gonna break, break, break, break, break 人の心を踏みにじるものはそれを続けるわ
And the fakers gonna fake, fake, fake, fake, fake 嘘つきは嘘をつき続けるわ
Baby, I’m just gonna shake, shake, shake, shake, shake 私は振り(落とし)続けるわ
I shake it off, I shake it off (hoo-hoo-hoo) 振り払うの

ヴァース部分の歌詞がまた興味深い。「私は何があっても踊り続ける」といった内容で、最後の方になってこれは自分を裏切ったボーイフレンドのせいで自分が暗くならないように元気づけで踊っているとわかるのだが、この「嫌なことは忘れよう」ソングの効果が一般に広く受け入れられたのだと思う。

この曲のテーマは、バリトン・サックスのベースラインと、30年代のスイングジャズ時代に活躍したGene Krupa(ジーン・クルーパ)を思わせるシャッフル・ビートを、もっと現代風にスナップを効かせたご機嫌なグルーヴだ。なんと、これを最後まで繰り返している。なのに曲は変化に富んでおり、追って聴かなくてはこれが延々繰り返されていると聴衆は気がつかないかも知れない。ライブではバリトン・サックス・プレーヤーが前に出て踊りまくりながら演奏しているが、さぞかし重労働だと思う。採譜してみた。

テーマ(動機)
テーマ(動機)

筆者が興味深いと思ったのは、前半と対照的に後半は休みを空けている。まるで踊り始めてすぐに立ち止まるように、だ。コード進行は単純な II- / IV / I なのだ。そう、解決するドミナントコードが不在なことにまず驚く。そして、テイラーのヴァース1が意外な音程で始まる。

ヴァース1
ヴァース1

ご覧の様にテイラーのメロディは、コード進行にないE-7コードだ。このアイデアがやけに新鮮だ。また、「うぅ」と入れる合いの手を下に下げる手法は、テイラーの曲の特徴だと筆者は感じる。この手法は前述した<Clean>でも登場し、聴き手の心に食い込むテイラーの手法に感心したものだ。

ヴァース2を経てキャッチーなコーラス部分に入る。例のhate, hate, hate, hateと繰り返す部分だ。最後のフレーズを見てみよう。

コーラス最後4小節
コーラス最後4小節

普通のポップならshake, shake, shake, shakeと連呼するところだろうが、テイラーは広い音域を活用して下降形にして、振り落とす様子を上手く出している。逆にこの8小節フレーズの締めは上げている。この「I」の部分がゴースト音で、果たして一人称なのか、それともただの掛け声なのか判断がつかなかった。公式に発表されている歌詞では「I」だ。だが、ゴースト音にしていることと、上がった音程で歌っていることから、「振り落としなさい」と呼びかけている様に聞こえるのだ。この曖昧さは絶対に意図しているものと思われる。

2分6秒付近に8小節の間奏が入る。これがまた面白い。

間奏

ここでは「I」を抜いているので、明らかに「振り落としなさい」と言っているのがわかる。ヴァース1の締めの部分を3度上げて4回繰り返しているだけの単純なものだが、ここもまたコードとの関係が面白い。ヴァース1ではA音がコード音のB音にアプローチする扱いで、前述のように前半はコードと違うEマイナーのメロディーで緊張を出し、締めでGコードに落ち着く造りだった。この間奏ではもっと手の込んだことをしている。最初のA- では3度音のCからテンション11thのD音へ、次のCコードでは基音のCからテンション9thのD音へ。最後のG音では、なんとアヴォイド音のCから5度音のDへ、ここへ来て思いっきり解決感を出している。筆者はポップに詳しいわけではないが、こんな書き方をするシンガー・ソングライターが他にいるとは思えないのだ。

この曲の終わり方も面白い。この間奏を2度繰り返して終わるのだが、ホーン・セクションのラインだけ1回多く残し、まるでパーティーの後の気だるい雰囲気を残して終わっている。かなり印象的だ。テイラー恐るべし。

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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