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ヒロ・ホンシュクの楽曲解説No. 250

ヒロ・ホンシュクの楽曲解説 #39 Theo Croker <Subconscious Flirtations and Titillations>

お気に入りのシオ・クローカー(Theo Croker)が新作『Star People Nation』の制作に掛けて去年からツアーを続けており、いつリリースされるのであろうかと期待感が高まる中、とうとうシングル<Subconscious Flirtations and Titillations>が今月(2019年1月18日)に発表された。『Star People Nation』の「Star People」は当然マイルスの名作から継いでいると思われる。

シオは昨年10月9日にこのプロジェクトでボストン公演を行ったので、勇んで参上した。残念ながら彼のマネージャーの手違いから、これまたお気に入りのレギュラーメンバーであるアルト奏者、アーウィン・ホール(Irwin Hall)とドラムのカーザ・オーバーオール(Kassa Overall)の参加はなかった。だがピアノのマイケル・キング(Michael King)の驚異的なグルーヴと斬新なインプロはしっかり堪能させて頂いた。プログラムは『Escape Velocity』からのレパートリーに新曲を混ぜたもので、グラスパーのライブでも感心したのだが、プロダクション化した手の込んだアルバムの曲をライブで別物として演奏するその醍醐味を充分楽しませて頂いた。

今回は筆者が単にファンであるという理由からこのシングルを取り上げてみた。筆者にとって特に彼の書くメロディーに特別なものを感じる。彼本人に関する詳しいことは、丁度1年前に書いた No. 237 の記事(→)を是非お読み頂きたい。

<Subconscious Flirtations and Titillations>

このタイトルを英和辞典で引くとかなり間違った意味を教えられる。Subconscious = 潜在意識、Flirtations = いちゃつく、Titillations = 性的刺激、だそうだ。しかしこのタイトルの正しい意味は、「意図せずモーションを掛け、知らずえっちな気分になる」だ。シオ本人のコメントをここに紹介しよう。

“’Subconscious Flirtations & Titillations’ is a sensual composition detailing the sapiosexual interplay between two lovers. The track has a particularly lush soundscape, with its smooth, soaring horn lines, ethereal drum and percussion grooves, euphoric synth pads and sumptuous piano fills, all of which are complimented by a warm, sensual solo trumpet that weaves in and out to mimic the flirtatious game of slap and tickle.”

<Subconscious Flirtations & Titillations>は官能的な作品で、愛し合う二人の間に生まれる知的なインタープレイを描いている。興奮を促すサウンドスケープの上にスムーズかつ高揚するホーンのライン、天空を舞うようなドラムとパーカッションのグルーヴ、幸福感溢れるシンセ・パッド(筆者注:パッドとは持続するシンセのサウンドテクスチャー)と品の高いピアノのフィル。それに加わるトランペットソロは、相手にモーションを掛ける時の押したり引いたりする波を暖かく官能的に描く。(筆者注:原文では「引っ叩いたりくすぐったりする色仕掛けゲーム」と書いてあるが、これを邦訳してしまうとニュアンスがかなり違ってしまうので省略した。)さて、この曲を聴いてみると、シオは本当にロマンティストなのだなあと痛感する。

まずイントロを採譜してみた。

Subconscious Flirtations and Titillations イントロ
Subconscious Flirtations and Titillations イントロ

シオ本人が「lush」という表現をしているように、高揚感満載だ。流行りの DnB の倍速パターン(と言ってもスネアだけをブラシで小刻みに叩いているのでかなり新鮮だ)に対し、ベースは倍速と通常ビートを混ぜたようなパターンで、ここらあたりがもうすでにシオの言う「押し引き」だ。ドラムビートに耳を合わせれば8分音符が16分音符に聞こえたかと思うと、4分音符で期待を裏切る。これに対しシンセだ。これはアルペジエーターを使用して速いパッセージを醸し出しているわけだが、なんと2台使用し、2台めは1台目よりはっきりした音色で3拍目から入る。2台別の楽器を使用しているからか、それとも故意にタイミングの微妙なズレがプログラムされているのか、機械的にならない工夫がされており、80年代のディスコサウンドのような古いサウンドでは全くない。コード進行は単純にF Maj7とEー7と下がるのだが、アルペジエーターのパターンは逆行して上がっているのがお洒落だ。筆者は採譜の際4分の4拍子ではなく、2分の2拍子で表記することを選んだ。これはグルーヴのパルスは2分音符にあり、だからこそベースラインが4分音符を刻んだ時頭打ちのオンビートに聞こえないことと、次のセクションでテンポが半分になった時パルスの位置が持続するからである。

チャンネル中央でグルーヴしていたスネアがLow Pass Filter(ローパスフィルター)で抑えられると同時に左チャンネルに移行したと思ったらなんと右側にドラムトラックが登場し、ツインドラム(オーバーオールの多重録音)となったところでこの曲のヘッド(テーマ)が始まる。シオのトランペットとアーウィンのアルトサックスのユニゾンだ。

Subconscious Flirtations and Titillations ヘッド
Subconscious Flirtations and Titillations ヘッド

クローカー節満載だ。こう言うロマンティックなメロディーが嫌味なく書けるのがシオのすごいところだと思う。筆者はこの赤で示したラインが特にシオらしいと感じる。そしてこのモチーフの発展の仕方だ。1回目はこの装飾音的なラインをオンビートで始めているのでレイドバックして聞こえるが、2回目は今度は変え指を使った装飾音にして「lush」を表し、最後に3拍子シフトとして3回繰り返される。ちなみにこのヘッドが4分音符の3連から始まるところも、この譜面は4分の4拍子ではなく2分の2拍子で書かれているだろうことの理由の一つだ。

ヘッドが終わったところでシオのトランペットソロが始まるが、ここでいきなり半分のテンポになる。ただし前述のようにパルスの位置は動いていない。単純に2分の2拍子の2分音符がパルスだったものが、4分の4拍子の4分音符のパルスに置き換えられただけだ。ただし劇的な効果を狙ってか2台のドラムはパターンでグルーヴするのをやめ、粋なフィルのやりとりで会話形式を取る。興味深いのはスネアの位置だ。バックビートではなく、頭打ちのオンビートなのだ。なぜかこれが気持ちいいのだ。多分4小節フレーズの3小節目にアクセントが置かれているので、大きなバックビートを表しているからだろう。これのおかげで半分の遅さではなく8分の1の遅さになったような錯覚にさえ陥る。

コード進行はF Maj7の代わりにAー7となり、直前のセクションより単純な4度→1度進行になる。ベースラインは実は第二テーマであり、後半でホーンもユニゾンで加わる。

Subconscious Flirtations and Titillations 第二テーマ
Subconscious Flirtations and Titillations 第二テーマ

前述の第一テーマで表された独特な音形がここでも継承されている。意表を突くのはこのラインが終わるところでいきなりホーンが増え、クラスターで思いっきり劇的効果を醸し出していることだ。しかもミックスの品が高く、ビッグバンドのようなパンチを出すような効果は狙っていない。しかもそのまま8小節も延ばすので、あたかもパッドのようだ。このホーンセクションのパッドと共にイントロの2分の2拍子グルーヴが始まり、マイケル・キングのピアノソロが8小節挿入される。ここでの2台のドラムから出されるグルーヴがまたお洒落だ。バックビートが現れると期待する3拍目になんとイントロでベースが用いた付点8分と16分音符のパターンを使用しているのだ。この単純な2コードの2モチーフ構成の曲でシオはかなり細かく且つ奥深くアイデアを練りこんでいる。哲学的とさえ思えてしまう。

ホーンセクションのパッドが途切れたところでデイヴィス・ウィットフィールド(Davis Whitfield)のRhodes(ローズ)でのコンピング(リズム伴奏)が堰を切ったようにガンガンに始まり、シオのトランペットソロが燃え上がる。彼のトランペットの音質は以前よりさらに説得力に溢れるもので、思わず楽器を変えたのではないかと思った。時間がなく本人に確認が取れなかったのが残念だ。ところでこのセクションからの2台のドラムに耳を傾けて頂きたい。ツインドラムと言えば同じパターンでグルーヴするか、一方がメイン、もう一方がオカズとなるのが通例だが、ここでは全く自由奔放に対峙しており、スリル満点だ。そのグルーヴのまま、イントロ後4分の4拍子で演奏された第一テーマがこの2分の2拍子で再現される。その心理的効果は抜群だ。そしてこのテーマが終わったところでいきなり4分の4拍子グルーヴに戻され、またシオの簡単なソロラインにマイケル・キングのピアノソロが加わる。これのキングがむちゃくちゃかっこいい。

Michael King Solo 抜粋
Michael King Solo 抜粋

この赤い矢印で示した3つの音だ。いったいどういう考えでこういうフレーズを構成したのか、とても興味が湧くところだ。最初のA#だが、彼がアクセントを付けてバックビートの位置で演奏していることからとてもアプローチ音には聞こえない。続くB – E – E♭ – Cのラインはまるでラヴェルのようではないか。筆者は生徒に、アウトする時は一時的に移行したそのハーモニーが聞こえるような音列にしなくては、メチャクチャに演奏しているようにしか聞こえない、と教える。アウトのハーモニーを想定するのはコルトレーンのそれだ。だがこのキングのアウトはそんな次元ではない。説明できないが只々かっこいい。

ロバート・グラスパー、故ロイ・ハーグローヴ、シオ・クローカー等、最近のトレンドから学ぶことは、もう個別のソロをフィーチャーするようなジャズ・アルバムの時代ではないのかも知れないということだ。このマイケル・キングのソロにしてもシオのソロにしても、この2台のドラムにしても、自分の腕を誇示するのでなく、この曲にどう貢献するかというソロを楽しませてくれる。反対にライブに行くとガンガンのソロをたっぷり聴かせてくれる。だからアルバムを購入して楽しんだが、これがライブで一体どんな風になるのか楽しみになるのである。


追記

本日2月1日にこの曲のライブ動画が発表された。アルペジエーターをピアノで再現するとは思わなかった。いつものライブと違いソロ部分が大幅にカットされているが、それだけに曲をプロモートしたい意思がはっきり感じられる。お楽しみ頂きたい。

 

ヒロ ホンシュク

本宿宏明 Hiroaki Honshuku 東京生まれ、鎌倉育ち。米ボストン在住。日大芸術学部フルート科を卒業。在学中、作曲法も修学。1987年1月ジャズを学ぶためバークリー音大入学、同年9月ニューイングランド音楽学院大学院ジャズ作曲科入学、演奏はデイヴ・ホランドに師事。1991年両校をsumma cum laude等3つの最優秀賞を獲得し同時に卒業。ニューイングランド音楽学院では作曲家ジョージ・ラッセルのアシスタントを務め、後に彼の「リヴィング・タイム・オーケストラ」の正式メンバーに招聘される。NYCを拠点に活動するブラジリアン・ジャズ・バンド「ハシャ・フォーラ」リーダー。『ハシャ・ス・マイルス』や『ハッピー・ファイヤー』などのアルバムが好評。ボストンではブラジル音楽で著名なフルート奏者、城戸夕果と双頭で『Love To Brasil Project』を率い活動中。 [ホームページ:RachaFora.com | HiroHonshuku.com] [ ヒロ・ホンシュク Facebook] [ ヒロ・ホンシュク Twitter] [ ヒロ・ホンシュク Instagram] [ ハシャ・フォーラ Facebook] [Love To Brasil Project Facebook]

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