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Hear, there and everywhere 稲岡邦弥No. 262

Hear, there & everywhere #17『ベニシア・スタンリー・スミス/音楽という贈り物』

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

Chitei Records B90F 1,650円(税込)

ベニシア・スタンリー・スミス:歌
吉田 省念(exくるり):Guitar & Cello
横山ちひろ(ex渋さ知らズ):Piano, Toy Piano & Arrangement
今井春子(on 3):Piano
京都大原学院の皆さん:合唱

1. Colors (Donovan)
2. Sing (Joe Raposo)
3. 音楽と言う贈り物 (朗読)
4. 風に舞う(作詞・作曲:Venetia Stanley-Smith)
5. Scarborough Fair (イギリス民謡)

録音:Kitayama Music Wonderland
Recorded & mixed by 粕谷茂一 (except M3)
Mastered by 近藤祥昭 at GOKサウンド、吉祥寺・東京
Produced by 横山ちひろ&吉田光利(地底レコード)


インプロ中心の強面レーベルの印象が強い地底レコードからベニシアさんのCDが届けられいささか驚いた。ベニシアさんというのは(ぼくが知る限り)、NHK-BSの人気番組「猫のしっぽ カエルの手~京都 大原 ベニシアの手づくり暮らし」で知られるキャラクター。大原の古民家風日本家屋に住むベニシアさんの四季折々の生活ぶりを紹介する番組だ。ベニシアさんはイングリッシュ・ガーデンなどイギリスの伝統と現地で仕入れる日本の(京都の)伝統をうまく調和させながら営む独特のライフスイタルに惹かれるファンが多いと見え(ぼくもそのひとりだったが)NHK-BSの長寿番組のひとつになっている。なかでもハーブに造詣が深く、ハーブの育て方やハーブ・ティーの作り方がしばしば登場する。それらのシーンに時折りインサートされるのがポエトリー・リーディング。自作の詩の朗読である。単なる叙景ではなく、人生の機微を詠った含蓄のある詩が多かったように思う。アルバム・タイトルにもなっている「音楽の贈り物」という詩がすばらしい。

「音楽は、人間の体と心と魂に触れられる数少ないもののひとつ」
「音楽は、ある意味、言葉を超えています」
「私たちは言葉がなくても祈れるように、音楽という贈り物を授かったのでしょう」(翻訳:竹林正子)

ベニシアさんがこれほどまでに音楽を信ずるにはわけがある。「音楽との出会い」という小文のなかで、父の急死や乳母との離別が重なり悲しみに打ちのめされていた彼女が立ち直るきっかけになったのが聖歌隊で歌うことだった。思春期のパブリックスクールでの体験である。フォークソングを歌う女性トリオも組んだ。収録されている ドノヴァンの〈Colors〉やカーペンターズでヒットしたセサミストリートの〈Sing〉、サイモン&ガーフィンクルで知られる〈スカボロ・フェア〉など、ぼくらの耳にも慣れ親しんだこれらの歌は当時の彼女たちのレパートリーなのかも知れない。とくに、〈スカボロ・フェア〉には歌詞に「パセリ、セージ、ローズマリーにタイム」とベニシアさん好みのハーブが続き、まさにベニシアさんにうってつけのイギリス民謡だ。うまい、へたはさておいて、これが彼女の心からの「音楽という贈り物」なのだ。1950年ロンドン生まれ、今年古希を迎えたベニシアさんへの日本の仲間たちからの贈り物でもある。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

Hear, there & everywhere #17『ベニシア・スタンリー・スミス/音楽という贈り物』」への1件のフィードバック

  • ベニシアさんが今朝(2023年6月21日)神の身元に旅立ったそうです。
    以下は、彼女のCDを制作した地底レコードの吉田社長のFacebookから、です。

    「今朝ベニシアさんが亡くなったそうです。詳しくは全く分からんが、24日が通夜で25日告別式だそう。 かもがわホール 京都市中京区御池通木屋町東入ル上樵木町503-1 075-253-0400
    喪主の長男は多くの人に来てもらいたいのだと。詳しくは電話でもして聞いてね」

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