Hear, there & every where #48 高木里代子『The Piano Story』
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
Steelpan Records
高木里代子(Riyoko Takagi, Piano)
井上陽介 (Yosuke Inoue,Bass)
則竹裕之(Hiroyuki Noritake,Drums)
1.Scherzo No.1 Op.20 (Chopin) 05:03
2.Bésame Mucho (Consuelo Velázquez) 05:03
3.One Night Love (Riyoko Takagi) 04:09
4.Updraft (Riyoko Takagi) 04:13
5.Bubble Bath Story (Riyoko Takagi) 05:16
6.Borboleta (Riyoko Takagi) 04:45
7.September Wind (Riyoko Takagi) 04:09
8.On Green Dolphin Street (Bronisław Kaper) 03:51
9.Freedom Jazz Dance (Eddie Harris) 04:04
10.My Foolish Heart (Victor Young) 04:47
11.Rainbow Voyage (Riyoko Takagi) 05:35
Recording & Mixed by 塩田哲嗣 (Nori Shiota) at Steelpan Records
Mastered by Jett Galindo at The Bakery
Produced by Riyoko Takagi
さる真夏日の昼下がりだった。半蔵門にあるMusic Birdのロビーに高木里代子が現れた。待機していたのは寺島靖國翁と僕。高木はグラマラスな肢体に切り詰めたコスチュームをまとっていた。バストにポイントを置いたトップスと美脚もあらわな超ミニのタイト・スカート。僕は恥ずかしながら高木の存在を知らず初対面。挨拶を交わして番組の録りが始まった。寺島翁(自らを誇り高き老人と称する寺島には相応しい呼び方だと思う)が20年間、ホストを務める2時間番組「ジャズ喫茶」。3人が持ち寄った音源を交互に流しながら感想を述べ合う。最初にかかったのが高木の新作『The Piano Story』から <べサメ・ムーチョ>。感想を求められた僕は「可愛い演奏」と評した。僕にとっての<べサメ・ムーチョ>は、ラテン・コーラスの「トリオ・ロス・パンチョス」が最初。ジュリー・ロンドンを経て、アート・ペッパー版。最近もペッパー最晩年の『網走コンサート』で耳にしたばかりだ。高木はこの曲を寺島翁のリクエストで収録したと打ち明けた(放送で公開したから問題ないだろう)。僕はこの曲が寺島翁のファイヴァリットであることにいささか驚いた。高木の演奏はラテン独特のウタや甘美さを避けたむしろクールな仕上がりになっていた。「可愛い」と評しつつ蛇足として、youtubeに上がっているエンリコ・ラヴァとステファノ・ボラーニのヴァージョン を付け加えた。驚いたのは、僕が「ステファノ」と口に出した途端、彼女が「ボラーニ」と継いだこと。確かに、ボラーニはECMからチック・コリアとのデュオ・アルバムをリリース (『Orvieto』ECM2222,2011)した実力派とはいえ日本でそれほど知名度があるとは思えない。続けて、高木の真髄に迫るべくアルバム冒頭に置かれたショパンの<スケルツォ#1>を聴いた。難曲として知られるこの曲を自らアレンジ、カデンツァ風のイントロからインテンポに入ると急速調で一気に弾き通す。クラシックの出自とテクニックをアピールする目的もあるのだろう。寺島翁には受けなかったが、高木に憧れるピアノ女子が快哉を叫びそうな快演。エレベを持たせた井上陽介のヴォリュームをもう少し上げればさらにドライヴ感やグルーヴ感が上がったのではと惜しまれる(エンジニアはジャズ・ベーシストでもある塩田哲嗣で、レーベルオーナーでもある。彼女は彼のレーベルで3作目のピアノ・トリオ盤となるという)。このレパートリーは上原ひろみにはない高木スペシャルとして得難いものになるのではないだろうか。
高木が持参したクリスチャン・マクブライド・カルテットの新作『Prime』(BMP. 2022) からオーネット・コールマンの<The Good Life>を聴いた後で、寺島翁持参の <Lonely Woman> (『The Shape of Jazz to Come』Atlantic, 1959)を聴いた高木のコメントは「グレちゃいそう」。僕が持参したキース・ジャレットのソロ<Paint My Heart Red> (『Rainbow Colored Lotus』 Polydor, 1995) には「持っていかれそう」の反応。いずれも極めて感覚的な感想ではある。最近、キースのソロ <It’s a lonesome, old town> (『Budapest Concert』ECM)にハマっているという寺島翁は「盛り上がりと美旋律にかける」と否定的なコメントを出したが、高木は、「これは即興演奏ではなく作曲された楽曲、美しいです」と的確な反論。富樫雅彦とリッチー・バイラークのデュオ・ライヴ<Waltz Step>(『Freedom Joy』Trial, 1997) でのイン・テンポからドラム・ソロ〜オープン・リズム〜アウトの展開については、「演奏者のエゴ」と断じる寺島翁のコメントに対し、「どこまで行くのか聴きたかった」と編成上のFOを惜しみ、ミュージシャンらしい関心を示した。
かくして、高木と稲岡の音楽的確執を企んだ寺島翁の酔狂は見事に外れ、むしろ寺島翁の頑なで偏狭な「アメリカン・ソングブック」(スタンダード)固執美学が浮き彫りになる結果となった。
ところで、高木の新作だが、急速調の<On Green Dolphin Street>に度肝を抜かれ、ミディアムの<Freedom Jazz Dance>に肩透かしを食わされるなど、なかなか予想通りには応じてくれない。『The Piano Story』のタイトルが示す通り、作曲にも意欲を示す高木のオリジナルが6曲と過半を占め(オリジナルに否定的な意見を持つ寺島翁はどう反応するのだろう)、クラシックからジャズ・オリジナル、スタンダードを含むリサイタル仕立ての、過剰な感情移入を避けたピアニスティックな等身大の高木里代子を反映したアルバムと聴いた。(文中敬称略)