ジャズ事始め#5 (extra):大友良英 Old and New Dreams 新宿ピットインLIVEレコーディング雑記
text & photo by Moto Uehara 上原 基章
新宿ピットインの年末は、2012年以来<大友良英4日間昼夜8連続公演>が定番となっていて、毎年どのステージもジャズやフリーという枠を超越したアーティストが集う蠱惑的な「大友ワールド」が生み出されていった。
2022年、大友自身が高校時代から大ファンだった山下洋輔とのセッションが企画された。メンバーは大友のギターと山下のピアノに加えて、大友の長年の盟友であるドラムの芳垣安洋と若手サックス奏者の松丸契。山下から多大な影響を受け続けて来た大友と芳垣の二人は緊張しまくっていたのに対し、世代が離れた松丸はリラックスして大胆にブロウしていたのが印象的だったが、セカンド・セットの1曲目に繰り広げられた大友と山下のデュオ「ロンリー・ウーマン」はまさにこの夜の白眉だった。客席にいた私は、終演後大友に「これは是非アルバムにして欲しい!」と伝えたほどだった。翌23年は山下とのセッションは組まれなかったが、24年夏に大友から「年末のピットインで山下さんと山崎(比呂志)さんとのトリオが決まった」と聞き、自分の中で久々にスイッチが入る。そしてリリース先を模索する中で、企画の実現を大きくサポートしてくれたのがJazz Tokyoの編集長である稲岡氏だったのである。「どこかで実現できないですかね?」という乱暴な私の相談に、氏は「どこか探してみるね」と答えてくれ、すぐにDIWレーベルの坂本氏に話を繋いでくれた。そして秋には具体的なプランが動き出していく。当初は<夜の部>の大友×山下×山崎のステージのみをレコーディングする予定だったが、大友からの「昼の部の須川と石若のセットも自費でいいからレコーディングしたい」という希望に対し「それなら昼の部もアルバム出しましょう!」というレーベル側の大英断がくだされ、<Old and New Dreams>のアルバム化計画は大きく前進したのである。
プランが現実化していく段階で、私はレコーディング・エンジニア選びに入った。何人か候補がいたが、やはり私がソニージャズ在籍時に東京やNYのスタジオでマイルスやウェザーリポート、ハンコックやエリントン等の高音質リマスタリング<MASTERSOUNDシリーズ>を一緒に手掛け、今は亡き富樫雅彦とポール・ブレイのデュオによるDSDレコーディング『ECHO』(1999)をレコーディングしてくれた現代の「音の匠」ソニースタジオの鈴木浩二氏を指名した。彼とならスムーズに意思疎通しながら最高の機材環境(ソニーにはNeumannなどのビンテージ・マイクがどっさりある。また今回はSONYの最新鋭音源分離技術も導入している)でレコーディングからミックス、マスタリングまで一気通貫でハイクオリティ・サウンドを創り出せる。これは大友が共演者に寄せる信頼と同じような感覚と言っていいかもしれない。そして新宿ピットインも佐藤良武会長を初めピットイン・ミュージックの品川氏、菊地氏、鈴木店長から大いに協力をいただいた。そう、関係者全員の共通した意識は「新宿ピットインで歴史的ライブ・レコーディングをするぞ!」に尽きるのであった。
<Old and New Dreams>とは、1970年代にデューイ・レッドマン、ドン・チェリー、チャーリー・ヘイデン、エド・ブラックウェル等オーネット・コールマンと共に活動したアーティストがオーネット不在のバンドでオーネットの楽曲を演奏するというコンセプトで結成され、ECMレーベルで何枚かアルバムをリリースしている。高校生時代の大友少年が故郷福島のジャズ喫茶「パスタン」で聴いていた名盤。そのタイトルを2024年末のピットイン公演に付した理由、そして山下と山崎の邂逅を企画した意図を大友はアルバムのセルフライナーでこう語っている。
「2024年の年末、毎年新宿PITINNでやっている4デイズ8連続公演のタイトルを「Old and New Dreams」にしたくなったのは、このアルバムへのオマージュもあるけれど、何より日本に於けるフリージャスの受容と変遷に対する思いを込めたタイトルでもあります。それは私にとっての「不在」に向き合うためと言いかえても良いかもしれない」
「60年代前半、伝説にもなっている銀巴里でのセッション以来出会うことのなかったこの二人の60年ぶりとなる共演を切望したのは、決して私の個人的ノスタルジーからではない。安易な出口を見つけるのでは無く、複雑に絡んだ歴史を承知の上で未来を開いて行く胆力のようなものをこの2人のパイオニアが持っていると確信しているからだ」
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大友にとって、新宿ピットインという「空間」は半世紀近くに亘ってジャズの「原風景」であり、アーティストとしての「最前線」でもあった。それは制作側の私も全く同じ思いだ。今回のライブは遥かに若い世代の須川崇志と石若駿という現代ジャズ・シーンの若手トップランナーとのトリオを収録したOld and New Dreams chapter.1『序』と、大友時代からインパクトを受け続けた山下洋輔と山崎比呂志(彼がプロの仕事に初めて接したのは、山崎のアシスタントを務めたことからだった)の60年振りの共演となったOld and New Dreams chapter.2『破』の2連作は、大友自身が語るように決してノスタルジックな感傷ではない。ここに刻まれた126分の記録は、この国のフリージャズ・シーンの過去〜現在〜未来を見据えた激烈なドキュメンタリーだ。両アルバムには即興演奏とともにオーネットの<ロンリー・ウーマン>とアイラーの<ゴースト>というフリージャズを象徴する名曲と大友の手によるレクイエム的バラード<空が映えた2022年11月28日水曜日>が収められている。同日の昼と夜、同じ曲がこんなにもコントラストの違いを見せてくれることに是非注目して驚いて欲しい。そして、そのサウンド・クオリティを堪能して欲しい。
2024年12月27日に新宿ピットインで刻印された『序』『破』の2枚のアルバムは、大友氏にとってもプロデューサーを務めさせてもらった私にとっても、半世紀の時間と経験を経て再び巡り合うことの出来た「ジャズ事始め」なのかもしれない。
以下、リリース情報;
4/16 2タイトル同時発売
大友良英が紡ぎ出すフリージャズ・シーンの未来
Old and New Dreams Chapter.1 「序」DIW-948 税込¥3000
大友良英 (g)×須川崇志 (b,vc)×石若駿 (ds)
01.Lonely Woman
02.Improvisation#1
03.Improvisation#2
04.Improvisation#3
05.Improvisation#4
06.Ghosts
07.the sky was so beautiful… Wed. Nov.18th 2022
山下洋輔×山崎比呂志デュオ演奏を含む、歴史的一夜を記録した第2章
Old and New Dreams Chapter.2 「破」 DIW-949 税込¥3000
大友良英 (g) × 山下洋輔 (p) × 山崎比呂志 (ds,perc)
01. Lonely Woman 〜 Flutter
02.Improvisation#5
03.Duo Improvisation
04.the sky was so beautiful… Wed. Nov.18th, 2022
05.Ghosts
Produced by Moto Uehara & Otomo Yoshihide
Executive Producer : Ryoko Sakamoto(diskunion/DIW)
Supervisor : Kenny Inaoka(Nadja21)
Recording, Mixing & Mastering Engineer : Koji C Suzuki(Sony Music Solutions Inc.)
Live Recorded at Shinjuku Pit Inn Dec.27 2024
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