小野健彦のLive after Live #492~#497
text & photos by Takehiko Ono 小野健彦
#492 8月14日(木)
合羽橋・なってるハウス
https://knuttelhouse.com
TRY ANGLE ahead:山崎比呂志 (ds) 永武幹子 (p) 須川崇志 (b)
日中の空に幾日振りかの暑い陽射しが戻った今宵、待望久しいお馴染みの合羽橋なってるハウスにて、TRY ANGLE aheadを聴いた。
山崎比呂志(DS)永武幹子(P)須川崇志(B)
今年音楽家生活65年を迎えた我がジャズ界の「オヤジ」たる山崎さんが、気鋭の逸材を迎え自ら表現者としての更なる高みを目指し鋭意推進中のこのプロジェクトは、’24/4/15 同所での初共演以来都下の現場には欠かさず足を運んで来たものの、私自身の思わぬ転倒・骨折入院により前回のギグ(’25/4@新宿PIT INN)は苦渋の欠席となり、結果的には、’25/1 ここ「なってる」以来の待望の再会が叶ったというのがことの次第だった。
果たして、協働する愛すべき後輩達からの刺激を受けた山崎さんは、持ち味の大きな世界観から繰り出す溌剌としたドラミングで、自らとそうして永武・須川両氏を果敢にプッシュしながらユニット全体に自発的な推進力が生まれるよう大胆かつ慎重な「仕掛け」を講じて行った。そのサウンドは、押すところは押し引くところは引くといったやうに終始メリハリの利いたものであり、その文字通りの三つ巴の音塊からは、このユニットの真骨頂とも言える、緩急の自在に亘るスピード感とダイナミクスのコントロールに見せる体幹の強さ。解体された音の連なりの中にあっても自らのメロディを静かに唄うことで得られる残響への強い拘り。更には、何よりも役者やミュージシャン等「板の上に乗る者」に期待される格好の良い見映え等々を色濃く見てとることが出来た。ビートを強く意識しながらもそのビートから解き放たれることで三者の間に鮮やかに生まれゆく時空彩色の所作の妙味にはこのユニットならではの奥義が感じられ、このユニットこそが古今東西のジャズの語法に深く根差しつつ確固たる意志を持って今を瑞々しく生き抜こうとする表現者・山崎比呂志の実像に迫る格好の組み合わせであることを再確認した夜となった。私にとっては、馴染みのハコでのオヤジのような存在との対面に、まさに盆休みに懐かしの実家に帰省した感を強くした一日でもあった。
#493 8月15日(金)
新宿PIT INN
http://pit-inn.com
月刊林栄一8月号:林栄一 (as) 原田依幸 (p) 瀬尾高志 (b)
先週金曜日(8/8)からスタートした10日間に及ぶ夏季休暇中に6本の現場行きを計画し文字通りのLALとなった最終日の今日は、新宿PIT INN昼の部にて、『月刊林栄一8月号』を聴いた。
林栄一(AS) 原田依幸(P)瀬尾高志(B)
「極上の不良音楽」:特集/学校をさぼって、聴きたい音楽。をサブタイトルに持つこのセッションは、冒頭の林さんMC曰く、当初の狙いは、「林さんが若手を体育館裏に呼び出しボコボコにするもの」が、今や反対に「林さんが若手にボコボコにされている」状態で数えること今日が68回目を迎えたとのことであったが、例月平日昼間の開催が、普段「会社をさぼって」聴きに来ることが難しい状況にある私にとって、夏季休暇中の開催は絶好の機会であり、更に加えて普段は同所ではなかなか聴く機会の無い原田さんの参戦とあっては、超満員の聴き人の中に独り在って、おおいなる期待を胸にその開幕の時を待った。果たして、今日のステージは、前後半のセット共に約40分を使い比較的抑制されたトーンの内に三者がフリートークを交える展開となったが、そこでは、強靭な運指により爪弾かれたベースの波動は、どこか懐かしい記憶を呼び覚まし、強打美和音と高速パッセージを巧みに織り成したピアノの鮮やかなコンビネーションは、未来に向けて開かれた前向きな希望の光を暗示させ、直線的な軌道を描きながら全方位からサウンドの核心めがけて鋭角に切り込んだ独特の哀切感を携えたアルトサックスの響きは、現在に安住しすっかりと弛み切った我がボディを鋭く射抜き、疲弊し切ったソウルに手厳しい喝を入れて行った。大都会の地下空間にあって、過去から未来へと繋がる刹那というにはあまりにも短い時間の流れの中で展開された各々が自らのメロディを静かに謳う中で結んだ創造的に過ぎる音の交歓に触れ、平和を享受しつつ安穏な日々を送る我が身の幸福を痛感した「敗戦後」80年の暑い夏の昼下がりの出来事となった。
#494 8月22日(金)
吉祥寺・SOMETIME
http://www.sometime.co.jp/sometime/
「50th Anniversary Special Live vol.2」:山口真文 (ts) 清水秀子 (vo) 関根敏行 (p) 斉藤’クジラ’誠 (b)
+ シットインゲスト: 清水絵理子(p) 続木徹 (p)
吉祥寺SOMETIMEにて、「50th Anniversary Special Live vol.2」:50年の歴史を振り返るトーク&ライブ!!を聴いた。
山口真文(TS)清水秀子(VO)関根敏行(P)斉藤’クジラ’誠(B)+シットインゲスト:清水絵理(P)、続木徹(P)
過日7/25の角松敏生氏(VO)を招いたvol.1に続き早くから予約超満員状態で迎えた当夜。私は馴染みの店長:ゆうこさんのお心遣いにより運良く潜り込めた(ステージを背後から臨む)最後の1席からこのスペシャルな一夜を体感することとなった。当夜は開店黎明期からそのステージに立つクジラさんと秀子(デコ)さんのDIRECTIONによりバンドスタンドのミュージシャン並びに同店に縁のあるゲスト(創業者・故野口伊織氏夫人の満理子氏、同店の内装を手掛けた建築家福井英晴氏、高田馬場intro茂串邦明氏等々)に加え歴代店長(全員女性)等がサムタイム乃至は伊織氏との貴重な想い出話の開陳(トークタイム)を行いながら間にDUO〜QUARTETによるライブタイムを挟みつつそのステージが展開されることとなった。
そんなライブタイムは、「うるさいだけの」ドラムが好みでなかったという伊織氏の当初コンセプトに基づく「ピアノホール」を念頭に置いた(初代ピアニストの)関根さんと(開店当時成蹊大生だった)クジラさんのDUOによる(I Love You 〉でスタートし文字通りの満場のアンコールに応えたデコさんの絶唱による〈What A Wonderful World〉で幕引きとなった全12曲に及んだが、全体を通して強く印象に残ったのは、「周年」に浮かれずに、ジャンルを超えた佳曲の数々を幅広く題に採りじっくりと音を聴かせにかかったセットリストの妙だった。間にブラジル物の〈Like A lover〉を挟みつつアメリカンスタンダードの〈On A Clear Day〉と〈Too Marvelous For Words〉、〈When I Fall In Love〉)を、或いはR&B/ファンクの〈This Masquerade〉にジャズスタンダード〈Love You Madly〉を連ねるなどとしたくだりでは、デコさんのひとつひとつの言葉をクリアーに発声しながら一切の外連味無く音の流れをストレートに客席に向けて届けようとする丁寧な姿勢が随所に垣間見られる一方で、私にはこの夜一番の嬉しい選曲と言えた〈On A Slow Boat To China〉やブラジル物の逸品〈Corcovado〉〈One Note Samba〉等々において繰り出した音域を柔軟に広く使った真文さんの色気と凄味の入り混じった無駄の無い音の運び方からは、この表現者の天性のスィンガー振りを色濃く見てとることが出来、更にデコさんとの掛け合いの中にあっては、デコさんが行間に込めた抒情を丁寧に掬い取って行く音の織り成し方に千両役者の至芸を観る想いがした。関根さん、クジラさんが見せた派手さを極力排した中音域への集中から生まれる落ち着きのあるサウンドの土台作りも聴き所満載だった。繰り返しになるが、「周年」の賑わいの中にあって、今宵この場に集ったワンナイトユニットから発せられた「生成り」の風合いを持つ飾り気の無い音が私には実に心地良かった。そうして、ミュージシャンを筆頭にこの夜のスピーカーの皆さんが口々に語った同店スタッフへの感謝の言葉が実に麗しく感じられた。そんななんとも気持ちの良い夜だった。新宿ピットイン60歳、横浜エアジン56歳、西荻窪アケタの店51歳。追いかけるサムタイムには更なる長寿を目指して頂きたいものだ。
※尚、演奏中の写真は(撮影困難なステージ背後からの私に代わり)スタッフのYOUさんに(忙しいサーブの間を縫って)撮影頂いたものを掲載させて頂きました。
#495 8月23日(土)
本八幡 cool jojo
https://www.cooljojo.tokyo
DUO:古和靖章 (g) 小林洋子 (p)
久方振りの訪問が叶った本八幡cool jojoにて、待望のDUOを聴いた。
古和靖章(G)小林洋子(P)
葉月版LALのテーマのひとつに未知なる表現者との出逢いを設定した私にとって、かみむら泰一氏との”NetteNix”や渡辺隆雄氏等との”M&M”等を通じて積極的な表現活動を行っている古和さんはかねてよりかなり気になっていた存在であり、その氏が大事故に見舞われ手術入院療養を経て約半年振りに私にとってはお馴染みの洋子さんとの3度目の手合わせに臨まれるとの報を受け、おおいなる期待を胸に今日のマチネーライブの現場に駆けつけたというのがことの次第だった。
果たして、まるで今日のふたりの音創りの方向性を推し量るかのような古和さんの思索的なイントロが付された氏のオリジナル曲〈Where Are You Going?〉で開幕した今日のステージでは、間に著名なジャズスタンダード2曲(Tモンク〈Panonica〉、Bエバンス〈Time Remembered〉)を織り込みながらも、アンコールを含めた他の8曲に其々のオリジナル曲を設るという意欲的なセットリストが採用されることとなったが、そこでは、洋子さんについては、約2週間前に他所で聴く機会を得た際に受けた印象と同様に、強靭なタッチから繰り出した和音とパッセージのコンビネーションに抜群の冴えをみせる一方で、今日が初対面となった古和さんについては、独特の歪みのある音色から繰り出した音の連なりから伝統的なジャズのイディオムを踏まえつつ、カントリーロック、プログレロック、デルタブルース、更にはECM風空気感のテイストまでもが香り立ち、この表現者の底知れぬ万華鏡的な懐の深さを感じさせられることとなった。今日多く供されたおふたりのオリジナル曲に触れていると、そこでは充分に考え抜かれたと感じさせられるメロディ、リズム、ハーモニーがありつつも、一旦おふたりの手にかかり、相互に「仕掛け」合いが始まるとそれらの境界線は緩やかに解体されて行く感覚に陥いること度々であった。それは曲自身が時間の経過と共に曲であることの束縛から解き放たれて行ったとでも言い換えられようか。想像力の翼を拡げるきっかけとして機能して行ったオリジナル八品を軸に、付き過ぎず離れ過ぎずの適度な距離感の中に在ってこざっぱりとしていながらも劇的に昂めあったおふたりの交歓の所作の数々に触れ大いなるカタルシスを得た午後のひとときだった。私には今この時点でこそ盤に落とし込むべき音だと強く感じることの出来た創造的なユニットとの稀有な出逢いの現場だったと言える。
#496 8月30日(土)
甲府・桜座
http://www.sakuraza.jp
大友良英 (g) 山下洋輔 (p) 山崎比呂志 (ds)
酷暑は続くがLALは行く。実に’22/4以来、通算三度目の訪問となった甲府・桜座にて、
待望のトリオ公演を聴いた。大友良英(G)山下洋輔(P)山崎比呂志(DS)
遡ること昨年末12/27、新宿ピットイン年末恒例の大友氏による「4デイズ8連続コンサート」にて「Old and New Dreams part2」の旗印の下に集い(中でも山下•山崎両氏による、かの〈銀巴里セッション〉時以来約60年振りの邂逅が特に大きな話題となったが)、更には当日の充実したライブの模様が「Old and New Dreams chapter2「破」盤として記録され永く後世に受け継がれることとなった垂涎の手合わせが、ここ桜座(マスターは、新宿ピットインの元名物店長・龍野’カイブツさん’治徳氏)で再演されたというのがことの次第だった。
果たして、今宵のステージは、遅ればせながらのニューアルバムリリース記念の趣もあってか、満場のアンコールに応えたショートピース以外の本編は、間にインプロヴィゼイション2種と大友氏オリジナル〈空が映えた2022年11月18日水曜日〉を挟みながら、幕開けにOコールマン〈Lonely Woman〉を。締めにAアイラー〈Ghosts〉を配置するという、年末ライブと同様のセット構成が採られることとなったが、当然のことながらその成り行きは似て非なるものとなった。しかしこれは私自身年末ライブの現場に居て強く感じたことであるが、今宵のお三方も其々が背負う金看板が持つ堅苦しさからは一切解放された地点に在って、終始自由闊達な音の迸りを触媒に実りのある会話を紡いで行った。そこで聴かれたのは、散らばったパズルのピースの如く其々が語る独白が刹那の中で次第に同期し一本筋の通った極めて精緻な構造の上に成立する説得力のある文脈を持つ物語へと収斂させる秀逸なる手腕であり、三者のそんなストーリーテラーとしての至芸に圧倒させられ続けた充実の夜だった。
最後に、今宵の2nd.セット冒頭では年末同様に、大友さんMC曰く「自分の無茶振り」で実現した山下山崎両氏による一切の無駄が削ぎ落とされた端正の極みを描いた〈duo improvisation〉が披露されたが、そこで起きた驚きの展開を書き漏らしてはなるまい。山崎さんの「どうぞお先に」のジェスチャーに導かれて流れ出した洋輔さんの音の連なりの中から立ち上がって来たのは、なんと「山下洋輔トリオ」の代表曲のひとつとしても知られる〈キアズマ〉のテーマだった。洋輔さんはそのモチーフをサウンドの表と裏に見え隠れさせながら徐々にゆるやかな畝りを作って行ったが、それを受けた山崎さんの所作がまた見ものだった。音数をかなり抑え硬い打点からのしなやかなドラミングに徹した思慮深い在り様からは、まさに唄えるドラマーの真骨頂ここに有りという印象を受けた。一方で、そんな山崎さんの音創りを時折笑みを湛えつつ満足気な様子で静かに見守る洋輔さんの佇まいも印象的だった。これはいささか失礼な物言いになってしまうかもしれないが、お互い20代で出逢ってから約60年、「トガシ」でも「モリヤマ」でもなく、大友氏の思いもかけずの号令によりひょっとすると忘却の彼方から突如立ち現れた「ヤマザキ」さんに自身の表現者としての細胞が強く沸き立たされているのではないか、幸運にも打ち上げの場にも参加させて頂き、(日本酒のせいだけではなかろう)やや上気した洋輔さんの達成感に満ち溢れた御顔を見るにつけ、そんな邪推迄もしてしまった暑い夏の盛りの忘れ難き甲州の夜だった。
#497 9月14日(日)
町田・ニカズ
https://nicas.pinoko.jp/nicas/
「光の中のジャズ」Gentle Trio :さがゆき (vo) 元岡一英 (p) 宮野裕司 (as/cl/fl)
少しく無沙汰が続いたお馴染みの町田ニカズ・日曜日昼の恒例企画:「光の中のジャズ」にて、待望のGentle Trio を聴いた。元岡一英(P)宮野裕司(AS/CL/FL)さがゆき(VO)中でも先ずは、6月に重度の腰椎骨折に見舞われ約2ヶ月間の活動休止を余儀なくされた、私にとってはかけがえの無い友人であるゆきさんとの3カ月振りの再会が嬉しいところとなったが、佳曲〈the gentle rain〉に想を得て命名され昨年10月に同所を出航、同年3月の第二回寄港を経て今日が三回目の手合わせとなったこちらのトリオは、今日も其々が有する芸達者振りを如何無く発揮して、全14曲に亘るオールアメリカンスタンダードソングブックを「小唄端唄の粋」に通じる世界観の内へと鮮やかに纏め上げていった。懐が深くしなやかで抱擁力のある元岡さんの音の運び。サウンドの随所にピリリとしたスパイスを感じさせた宮野さん独特のペーソスに溢れた音の連なり。更には大怪我の痛手を微塵も感じさせないゆきさんの尻上がりにドライヴがかかって行ったいつも以上に堂々とした表情が際立った唄いっ振り。といったやうに。そこでは、単に音のアンサンブルの域を超えた表現者同士の厚い人間性のアンサンブルの妙味を色濃く聴いてとれる瞬間が多々訪れて、聴いているこちらの頬までもが緩むこと度々であった。