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小野健彦の Live after LiveNo. 302

小野健彦の Live after Live #318~#323

text & photos by Takehiko Ono 小野健彦

#318 4月14日(金)
横浜関内・馬車道「上町〈カンマチ〉63」
http://kanmachi63.blog.fc2.com/
渋谷毅 (p) 市野元彦 (g) 外山明 (ds)

今宵は、’21/11以来、実に約500日振りに横浜関内・馬車道にある「上町〈カンマチ〉63」を訪問した。先ずは何より、ご亭主佐々木さんとの再会が嬉しいところ。そんな今宵のステージには、聞けばこちらもコロナ禍中久しぶりの邂逅となる名盤『Childhood』の吹込みもある御「3」方が登場した。渋谷毅(P) 市野元彦(G)外山明(DS)。
しかし最近の特に渋谷さんの充実振りには眼を見張らされものがある。旺盛なライブ活動に加えて、新作リリースも昨年12月から今年3月にかけて、以下の4作品が相次ぎ、そのいずれもが聴き応えのあるものである事実には今更ながらこの表現者の創造性の深淵を見せつけられる想いがしているのは衆目の一致するところであろう。
〈渋谷さんの近作〉
助川太郎さんとのライブ盤『グッドマンズ』、LUZ DO SOL5作目『雨あがり』、OWL WING RECORDレーベルに於ける2作目『PIANO SOLO LIVE』、仲野麻紀さんとのライブ盤『アマドコロ摘んだ春』等々。
そんな、まさに「時の人」とも言える渋谷さんであるが、周囲の賑わいとはまるで遠いところに在って、今宵も気負わず、衒わずに、あくまでも訥々と説得力のある節回しを展開してくれた。聞けばこの御三方でのカンマチ出演はお初とのことであったが、店内に漂う空気感との同調はいかんせん心地良く、聴いていて音の連なりと気の揺らぎの境が絶妙にぼやけて行くこと度々だった。ジャズ・スタンダードも、市野氏オリジナル曲も、そうしてジャズ・ジャイアンツ(S.スワロー、C.ミンガス、L.コニッツ、W.ショーター、T.モンク等々)の佳作も皆、三者の奏でる音数は決して多くはないが、逆にそれがあまりにも豊かで落ち着きのある佇まいを持つ音像の印象を強く際立たせて行く。メロディもリズムも極限まで削ぎ落とされそのエッセンスだけで対峙する必要最小限の語彙で成り立つ無駄話の一才無いお喋りの応酬。
「3」が、鮮やかに分解され尽くしたところから新たに生まれ行く表情豊かな音達のタペストリーに心根を柔らかく捕えられた、そんな素敵な夜だった。
渋谷さんのエンディング・コールに対して満場の惜しみない拍手が送られるなか聴こえてきたのは、渋谷さんのソロ・ピアノによる至高の〈danny boy〉。

 

#319 4月22日(土)
合羽橋・なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
追悼 松風鉱一:原田依幸 (p) 中尾勘ニ (tb,ss,as) 横山知輝 (b)

最早、桜の木もすっかり葉桜に覆われてしまったこの時期、大変遅まきながら今年初めて原田依幸氏(P)の音に触れるべく合羽橋・なってるハウスを訪問した。今日のステージには同所では昨年12月以来2度目となる以下の興味深い組み合わせが登場した。
因みに今宵のサブタイトルは-追悼 松風鉱一(sax)氏ー原田依幸 (P) 中尾勘ニ(TB.SS.AS)横山知輝(B)。中でも特に私のお目当ては、今日がお初となる中尾氏。
COMPOSTELA、STRADA、ふいご等々のユニットにおける表現活動を通して、チンドン、クレズマー、ジプシー音楽、フォルクローレ等の大衆民俗音楽を横断しつつジャズ・イディオムの中に自らの美を結実させて来た孤高の存在との印象(音源を通してであるが)を受けた以前よりおおいに気になっていた氏が、「美の錬金術師」たる原田氏とどう対峙し、更にそこに同所の現店長でありつつ自らの表現者としての活動を意欲的に推進中の横山氏(愛称:横チン)がどう絡んで行くかに期待も大きく膨らむ中で音が出た。
先ずは原田氏の透徹の最弱音に導かれた1stセット。
次第に燦々としたパラグラフへと展開する音の流れに対して、中尾氏はトロンボーンを、横山氏は弓弾きを中心にゆったりと自らの呼吸を委ねて行く。そうしてこのセットも終盤にさしかかり、原田氏がこの方独特の輪郭も明快な急速パッセージを繰り出すと、一挙に潮目が変わり、ソプラノに持ち替えた中尾氏の抽象的なフレーズが畝り、横山氏のベースが唸りを上げながら三つ巴が静かな孤を描いたところでこのセットに幕が降りた。

続く約30分のブレイクの後の2ndセット。
先ずは原田氏と横山氏二人による思索的なトーンのDUOからスタート。そこから凡そ10分くらい経った頃であったろうか、両者の気の畝りが次第に強くなった頃合いを見てそれまで客席後方で静かに佇んでいた中尾氏が舞台に進みアルトを手に取り吹き込んだフレーズが呼び水となり、場は一旦得も言われぬ寂寥感に包まれるも次第にその熱量はボルテージを上げそれに刺激された他のふたりを交えた三位一体は鮮烈の辺境を突き進みながら、大詰めは原田氏による従前にも増した目の覚めるような高速パッセージと、場の気を鮮やかに切り裂く激烈の和音が打ち鳴らされる中今日のステージに幕が降りて行った。

今日のステージ全体を通して、一夜の中に筋書きの無いドラマを描いた原田氏のストーリーテラーとしての卓越さと、今まさにここに生まれ行くドラマの中にあって、味のあるバイプレイヤー振りを見せつけてくれた中尾、横山両氏の動きが極めて「効いて」いた。終演後、三人の会話からは今夏終わり辺りの再会の声も聞こえて来た。この伸びしろも大と感じられるトリオの再演は実に楽しみだ。

 

#320 4月27日(木)
合羽橋・なってるハウス
https://knuttelhouse.com/
井野信義&永田利樹 Bass Duo

今宵は、年初から数えると既に四回目の訪問となった合羽橋・なってるハウスにて待望の井野信義氏と永田利樹氏のベースDUOを聴いた。同所ではこれが五回目の共演となるこちらのおふたり、過去には O.コールマン、C.ヘイデン、(ヴィオラ・ダ・ガンバ)のM.マレー、富樫雅彦、齋藤徹等々の楽曲を題に採って来たと聞いているが、今宵を前にした永田氏によるSNS上の前口上:「井野さんからの今回は即興主体に、との提案を受け、原点回帰のつもりで胸を借りる」との発言を受けてこの当代有数の表現者おふたりの音創りの行方や如何にとの期待も大きく高まる中、音が出た。
果たして、共に約40分を駆け抜けたおおいに聴き応えのある音列の攻めぎ合いを通してこの稀代のインプロヴァイザーふたりはまさに創造性の深淵を辿るように必要最小限の音数の中でとてつもない色気と気品に律せられた音像の軌跡を描いてみせてくれた。私の表現力が貧しく、対義語の羅列にて誠に恐縮であるが、強から弱へ、濃から淡へ、そうして硬から軟へ、緩から急へ、更には鮮から滲へ、といった具合に刻々とその肌触りは変貌を遂げ、我々の眼前には沢山の景色が走馬灯の様に浮かんでは消えて行った。
演者の前に据えられた楽譜のパラグラフを端緒に〈ブルース〉やドヴォルザーク〈家路〉が顔を出す場面もあったが、大半はがっぷり四つの即興音楽が展開された今宵のステージは終始しなやかな弦捌きによるメリハリのあるアクセントに貫かれた両者から発せられる刺激的な旨味のコントラストも際立つ圧巻の手合せだったと言える。


#321 4月29日(土)

Jazz Coffee & Whisky 町田 Nica’s (ニカズ)
http://nicas.html.xdomain.jp/
大森明 (as) カルテット w/小池純子 (p) 三嶋大輝 (b) 村田憲一郎 (ds)

今宵は馴染みの町田ニカズにて初対面となる大森明氏(AS)のカルテットを聴いた。w小池純子(P)三嶋大輝(B)村田憲一郎(DS)。
さてここで冒頭から話が横道にそれるが、よく他のひとから「小野さんはLALを通して方々のライブハウスに神出鬼没しているがどこが一番好きなのですか?」という質問を受けることがあるが、これはなかなか答えに窮する問いであり、言うまでもなく、どのハコもそのご亭主同様に生き物であり、その日の演者とお客様の塩梅等でご機嫌が微妙に変化するのは自明の理であるため、どこが一番などとは易々とは言えないというのが実情である。但し私のような身体の不自由な者にとっては交通アクセスの利便性は大きな要素であり、その意味では最寄りの本鵠沼駅からまるで散歩の延長線のやうに1時間以内で行くことのできるここ「ニカズ」には現マスターであるピアニスト元岡さんの慧眼光る魅力的な番組作りとも相まって度々足が向くという訳である。
さて前置きが随分と長くなってしまった。話を前に進めよう。
今日からスタートしたGWにあってともするとどこか浮ついた気分になる中オーソドックスなジャズにどっぷりと触れたいとこの日この刻のワンホーン・カルテットに狙いを定めたのであるが、果たして今宵私の眼前で繰り広げられた音創りは、バンマスの統率力の妙味もあり、まさにそうした私の期待に違わぬ一本気な音の軌跡を描きその外連味のないストレートな音の連なりからは円熟の境地には収まりきらない溌溂とした爽やかささへ感じられること度々であった。大森氏のやや翳りを帯びた伸びやかなトーンから紡ぎ出される落ち着いた節回しは終始強い説得力を持ち、支えるリズム隊もまとまりの良さを随所で見せながら小気味良くバンマスをプッシュして、畢竟グループ全体が一丸となって心地よくサウンドして行った。
正攻法で仕立てられたスタンダードやビバップ〈M.デイビス、C.パーカー等〉/ハードバップ〈L .モーガン、H.シルバー)の著名曲はいずれも端正な表情を纏い趣味が良く、更には全18曲中で4曲を占めた大森氏のオリジナルはメロディとリズムの関係性に捻りのあるアレンジを効かせた好感の持てる佳曲ばかりであった。今宵のステージ全体を通して、演者と客席の間にあって発せられた全ての音が活き活きと動き出して行った様が何より痛快だった。


#322 5月1日(月)

横浜・希望ヶ丘  Jazz Live House CASK(カスク)
https://jazzlivecask.wixsite.com/cask-kibougaoka
後藤輝夫 (ts)「Fool’s Paradise」w/佐津間純 (g) 田山勝美 (p) 高梨道生 (b ) 小泉高之 (ds)

今宵は横浜・希望ヶ丘 CASKにて、ジャズ・ロック・ソウル・ブルース等々のフィールドを股にかけ精力的な表現活動を展開している後藤輝夫氏(TS)率いる「Fool’s Paradise」を聴いた。w:佐津間純(G)田山勝美(P)高梨道生(B)小泉高之(DS)。

私にとって小泉氏以外は今日がお初の表現者であり、嬉しいご対面に浸る中での幕開け。
果たして、後藤氏曰く「今、一緒に演奏して一番幸せな仲間達」とのステージは、冒頭のご機嫌な4ビートで繰り出した〈body & soul〉と雄大なイントロ(ルバート)に続けてサンバ調に仕立てた後藤氏のオリジナル佳曲〈friendship〉から、5人の織り成す大きな畝りを伴うビートが腰に響きその乗りの良さに唸らされた。いかんせんサウンド全体が気持ち良く弾むのだ。思わず改めてそのアンサンブルに耳を凝らしてみた。するとそこには決して大味ではなく、各人の極めて繊細な仕事振りが光っていることが聴いてとれた。既に長きに亘るバンド活動を続けている間柄ながら、メンバー同士の会話が上滑りする瞬間は皆無であり、いついかなる時も、誰かが発したお喋りの糸口を皆が当意即妙にキャッチし、新たなより佳き流れへ変容させようとする強い意志を感じさせるドライヴ感に満ち溢れた職人芸の数々が冴えた。
今宵は各人の多彩な音楽的土台を背景としつつジャズ・チューンからは〈old folks〉〈blues on the corner〉〈love letters〉等の著名曲が文字通り様々なテンポ設定にて披露されたが、特に2ndセットでは、応援に駆けつけた客席のミュージシャン(p:朝倉由里さん& 廣田ゆりさん、vo:藤野めぐみさん) をセッションに快く招き入れるなど懐の深さも見せながら、それが総じてバンドとしての引き出しの多さを見せつけることとなり、結果として、快心のショーケースに繋がったと感じた。

#323 5月5日(金)
都立大学 Jazz Cafe Dining Bar Jammin’ (ジャミン)
http://www.jammin-meguro.sakura.ne.jp/
さがゆき (vo/g) duo w/ 中牟礼貞則 (g)

今宵は高田ひろ子氏(P)とのDUOチーム:「Peaceful Dreams」による新作『Try your wings』を携えた関西圏へのリリース記念ツアーを成功裡に終えたばかりのさがゆき氏(VO/G)のライブを訪問した。現場は2度目の訪問となった都立大学ジャミンで、今日のステージは同所での手合せも長い中牟礼貞則氏(G)とのDUO。しかし改めて思い返すと私がこれ迄に触れたゆきさんの現場の中でDUO 編成の何と多いことか。以下にその共演者を順不同に羅列すると、高田ひろ子氏(p)山崎弘一氏(b)広瀬淳ニ氏(b)ファルコン氏(g)加藤一平氏(g)高木潤一氏(g)八木のぶお氏(hmc)登敬三氏(ts)等々錚々たる面々が居並ぶことになる。そこに今日は日本ジャズ界の「宝」とも言うべき中牟礼氏が加わったのだから堪らない。果たして、ゆきさん自身が今日の昼間に急に思い立ち冠したタイトル「ムレゆき実験室」の下、全14曲〈1st7曲、2nd6曲+enc〉のオール・スタンダード・プログラムをゆきさんは中牟礼氏を前にガッドギターを抱きながら文字通り一球入魂、各楽曲を丁寧に唄い込んで行った。そんな純真無垢なゆきさんの音創りに対する意気を感じてか中牟礼氏のギタープレイからはメラメラと燃え盛るような熱っぽさを内に強く感じさせる静かな気高さが際立って感じられた。サブタイトルの「実験室」ではないが、1st セットではどこか探り合いの印象を受けたふたりの呼吸感も2nd セットに入ると俄然間合いを掴む距離感も縮まりふたりの動きがピタリと同期する瞬間が増加して、それが場にスリルを呼び込むこと度々であった。

今宵のステージ全体を通して、対峙する相手の発する音の背後にある人間性をも含めてその愛全体を受け止める類稀な感受性を遺憾なく発揮するゆきさんと、そんな後輩の微笑ましい音創りを存分に楽しもうとする懐の深さをまざまざと見せつけた中牟礼氏がふたりで描いた大きな世界観で楽曲の旨味を我々聴き人に提示しようとする冒険心と遊び心が同居しつつ顕著に現れた稀有なひとときだったように思う。実はこちらのDUOは先月他所にてLIVE-RECしており、聞けば今宵との楽曲重複は無いとのことだったためその肌触りは異になろうが、今はこのおふたりの「実験前夜」に出会える日がなんとも待ち遠しい。しかし、今改めて振り返り、創造的な行為とは、慌てず騒がず静かに進行して行くものだということを今更ながら痛感させられた宵だった。

尚、終演後.演者二人の会話を聞いていると中牟礼氏が再演に大層乗り気になられており、8/18(金)に同所での再演が決定した模様だった。新作CD発売同様にこちらもおおいに楽しみだ。

 

小野 健彦

小野健彦(Takehiko Ono) 1969年生まれ、出生直後から川崎で育つ。1992年、大阪に本社を置く某電器メーカーに就職。2012年、インドネシア・ジャカルタへ海外赴任1年後に現地にて脳梗塞を発症。後遺症による左半身片麻痺状態ながら勤務の合間にジャズ・ライヴ通いを続ける。。

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