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Jazz Right NowColumn特集『クリス・ピッツィオコス』No. 207

ニューヨーク、冬の終わりのライヴ日記

text & photos by 齊藤聡(Akira Saito)

2015年3月末。昨年来のニューヨークは雪が降っていた。早速、1週間乗り放題の地下鉄チケットを入手して準備万端。

3月28日

「The Stone」は、実験的・前衛的な音楽に提供された空間であり、ジョン・ゾーンがディレクターを務めている。飲み物ひとつ出ず、着席は先着順。開場時間ぎりぎりに着いたとき、既に立ち見客で一杯になっていた。目当てはマイラ・メルフォードの新グループ「Snowy Egret」(白鷺)。メルフォードのピアノに加え、ロン・マイルスのコルネットとリバティ・エルマンのギターが創出する物語性と透徹感、ツトム・タケイシのベースによる激しい擾乱。

30分ほど歩いて、地下の「The Cornelia Street Cafe」に潜り込むと、隣にベースのジョン・エイベアが座っていた。彼がリーダーのグループでは、サックスの新鋭デイナ・スティーブンスが吹いている。巨体から繰り出される彼のテナーは、悠然と放るのにホップする江川卓の剛球を思い出させる。

3月29日

チャイナタウンの「Downtown Music Gallery」はクセの強いレコード店で、棚には平積みでCDがぎっしり。主人のブルース氏とも早速うちとけてしまう(その後遭うたびに、「今晩は誰を観るのか」と訊かれることになった)。ここでは毎日曜に即興演奏家のインストア・ライヴをやっていて、今日はアンドリュー・ディアンジェロのアルトサックス・ソロ。集まった客と饒舌にお喋りをしては、強烈な息の圧でびりびりと管を震わせた。

ディアンジェロの後に演奏するマルコ・カッペリのソロギターに後ろ髪を引かれながら、前日に続き、「The Stone」へ急ぐ。マイラ・メルフォードが、今度はマーティ・アーリックとデュオで演奏するのだ。アーリックのサックスとクラリネットは意外なほどエアを含んでおり、それによる音色は豊かだった。前日のグループの緊密な演奏とは対照的に、この長く活動しているデュオは、隙間の大きい即興演奏を愉しんでいるようにみえた。

さらに、老舗の「Village Vanguard」。今夜は、オリヴァー・レイク、レジー・ワークマン、アンドリュー・シリルというレジェンド3人が組んだグループ「Trio 3」が登場する。武術の達人のようにキレるシリルのドラミングは依然素晴らしいものだったが、それ以外にはさほどの感銘を得られなかった。最近の同グループが、ヴィジェイ・アイヤーなど活きの良いピアニストを入れている狙いは、刺激剤なのかもしれない。

3月30日

「Smoke」のバーカウンターに座り、ピアノのオリン・エヴァンスがリーダーを務める「Captain Black Big Band」を観る。彼のブルースには力強いシンプルさがあり、また、グループにはのびのびとした自由さがあった。この近くには「デューク・エリントン通り」があり、面白いことに、隣に座った若者はエリントンの自伝を携えていた。

地下鉄で、ダウンタウンの「55 bar」。「The Bloomdaddies」は、サックスもドラムスも2人ずつのイケイケのバンドである。シーマス・ブレイクのテナーは野太く、クリス・チークのテナーは甘酸っぱいような独特の音を出す。酔客のお喋りは吹き飛ばされた。チークは、先日亡くなったチャーリー・ヘイデンに捧げた演奏(つまり、ヘイデン抜きの「Liberation Music Orchestra」)のCDが近々出るんだと教えてくれた。

ウェスト・ヴィレッジには多くのライヴハウスがあり、どちらかと言えばメインストリーム寄りのジャズを指向する「Smalls」もそのひとつだ。「55 bar」から走って駆け込むと、アリ・ホーニグとエドマール・カスタネーダとのデュオが既に盛り上がっていた。もう23時を過ぎているのに立ち見である。ホーニグのドラムスはまるでラップの言葉のようだ。そして、カスタネーダが弾くハープが圧倒的な技術を見せつける。ちょうどカスタネーダの誕生日だったようで、休憩時間も終始和やかな雰囲気。

3月31日

ブルックリンの住宅街を歩いていくと、「Shapeshifter Lab」がある。六本木の「スーパーデラックス」を思わせる、がらんどうの空間だ。ここで、スティーヴ・リーマンが、エレクトロニクスとドラムスとのトリオを組んだ。彼は感情の昂りを見せることなく、淡々と理知的なアルトとソプラノサックスを吹いた。ドライさに、常ではないものが宿っていた。

ここでは、別のグループで、大注目のアルトサックス奏者、クリス・ピッツィオコスも吹いた。彼の音は、時に鳥のささやきのようであり、時に身体から内臓までを吐き出すような苛烈さもあった。そのあと場所を変え、同じブルックリンの「Don Pedro」というバーに移動。ドラムスとのデュオで、身体を前後に激しく揺すり、30分、ひたすらに吹き続けた。音の強度と振幅の大きさに、その場の誰もがバーで飲むのをやめてステージ前に歩み寄って彼のブロウを凝視し、威圧されていた。本人に訊いてみるとほとんど独学だという。とは言え影響を受けたサックス奏者はと訊くと、アンソニー・ブラクストンやジョン・ゾーンの名前が出てきたが、明らかに彼のアルトは異質なものだ。まだ24歳、突然変異か。

4月1日

再び「The Stone」。ルーカス・リゲティ(現代音楽のリゲティの息子)が、フリージャズの大物マリリン・クリスペルと共演する。リゲティのドラムスが激情に流されず彩りをみせる工夫をする中で、クリスペルのピアノは、音と音との間の静寂による張り詰めた緊張感を創りだし、そして、哀切極まりないソロを弾いた。

5分歩き、学校のような建物にある「Arts for Art」。ちょうど、アンドリュー・ドゥルーリーのグループ「Content Provider」が演奏をはじめるところだった。シンプルに精力的に叩くドゥルーリーのドラムス。教室のような部屋は天井が高く、ベース以外はアンプなし。ドゥルーリーは部屋全体がタイコのようだと喜び、イングリッド・ラウブロックとブリガン・クラウスのサックスが共鳴していた。当初の予定にあった、サックスのチャールズ・ゲイルの客演がなくなったのは実に残念だった。

4月2日

「Jazz Standard」で、ランディ・ウェストン89歳の誕生日祝を兼ねた「African Rhythms Sextet」。ウェストンの泥臭いピアノも、ビリー・ハーパーの粘っこいサックスも健在。

さらに「Village Vanguard」において、トム・ハレルが同じトランペットの新鋭アンブローズ・アキンムシーレと組んだ新グループ「Something Gold, Something Blue」。アキンムシーレのソロは、誰もが溜息をつくほど輝かしく完璧。一方、ハレルの音は震え、雲の中でイメージが形を成していくようなファジーなもので、過剰なほど人間的だった。滞在期間中もっとも感銘を受けた演奏である。

4月3日

夕刻、ブレイク中の歌手ベッカ・スティーヴンスの出身校ニュー・スクールにおいて、無料のトークとライヴ(アカペラ)があった。集まった人は大学関係者ばかり。贅沢というべきか。

夜は、「Arts for Art」において3つのグループの演奏。ジョー・モリスは、ヴァイオリンとのデュオで、休む間もなく微分的な音で埋め尽くすカラフルなギター・プレイを展開した。

そして、ジョシュ・シントン(バリトンサックス、バスクラリネット)、イングリッド・ラウブロック(テナーサックス)、ヴィンセント・チャンシー(フレンチホルン)の3人の管による、やはりアンプなしの共演。聴き手が共鳴箱の中でうなりに巻き込まれるような快感だ。終わった後、チャンシーがサックスのふたりに「会話をありがとう」と話しかけていた。

興奮おさまらず、グレッグ・ハッチンソンのグループを観ようと「Smalls」に移動すると、仰天するほど長蛇の列。結局ソールドアウトで入ることもできなかった。ギグも直前に発表されたのに、みんな熱心である。デイナ・スティーブンスのプレイをもう一度観たかっただけに、こればかりは残念だった。

ところで、今回は何度も、音楽ジャーナリストだという夫婦とライヴスペースで遭遇した。出遭うたびに顔を見合わせて笑ってしまった。カタロニア出身の彼らと、日本から出かけて行った当方とが、その場限りの音楽をもとめて同じ時空間を共有するという愉快さは、ニューヨークの強烈な磁場によって生まれるものにちがいない。「The New York City Jazz Record」誌も、頻繁に、「ニューヨークでは、毎晩がジャズ祭だ」と煽っている。

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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