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Reflection of Music 横井一江No. 250

Reflection of Music Vol. 65 片山広明


片山広明 @渋谷 7th Floor 2003
Hiroaki Katayama @Shibuya 7th Floor, Tokyo, February 12, 2003
Photo & text by Kazue Yokoi 横井一江


とある忘年会の帰り、あまり人気のない道を歩いていたら、私の数十メートル前を酔っ払いとおぼしき人が蛇行しながら歩いていることに気がついた。その姿を見ながらずっと歩いていたら、ドルフィーの<ストレート・アップ・アンド・ダウン>が頭の中でループし始めて、そこに片山広明のサックスの音がふと脳裏をかすめていった。『アウト・トゥ・ランチ』(Blue Note)原盤ライナーノートで、A. B. スペルマンが<ストレート・アップ・アンド・ダウン>について、酔っ払いの千鳥足を連想させると書いていたことはつとに知られる。片山のサウンドが浮かんだのは、ずっとずっと前、たぶん20年ぐらい前かもしれないが、酒豪の彼が高瀬アキ・セプテットでこの曲を吹く姿を観ていたからなのだろう。

昨2018年11月、突然飛び込んできた片山広明の訃報。肝臓が良くないことは以前から耳にしていたが、享年67は早すぎる。7月ぐらいに新譜『片山広明 HAPPY HOUR/LAST ORDER』(地底レコード)をリリースしていたので、まさかその数ヶ月後に亡くなるとは想像しておらず、それなりのペースで演奏活動を続けているとばかり思っていた。しかし、今考えてみれば、バンドは「ハッピーアワー」で、タイトルは「ラスト・オーダー」である。彼自身はこのアルバムが最後のリーダー作になると予見していたのだろうか。もっとも、その後の10月に関島岳郎(tuba)、藤掛正隆(ds) との『堅いトリオ / 堅 KEN』(Fulldesign Records)をリリースしていることを後から知ったのだが。

「生活向上委員会大管弦楽団」、梅津和時の「D.U.B.」から、林栄一との「デ・ガ・ショー」、「CO2」、短命に終わった板橋文夫 (p) 井野信義 (b) 芳垣安洋 (ds) との「キャトル」、そしてスタープレイヤーだった「渋さ知らズ」、あるいは忌野清志郎などとの共演他、熱心に彼を追いかけていた訳ではないのだが、折に触れてライヴやCDで彼の演奏に接してきた。いつもひと吹きで片山だとわかる音色、そして演歌も彼が吹くとその情動がブルースになる。ジャンルに拘泥しない自由さ、サウンドでドラマを表現し得る才があった。もう随分昔になるが、ライヴの帰り際に「面白かった…」と言ったら、「僕、面白かったと言われると嬉しいんだ。よかったと言われるより」と返ってきたことを思い出す。随分と前だが、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハが「日本にもペーター・ブロッツマン のように吹くサックス奏者がいるだろ」と言うので、誰のことかと思ったら片山のことだった。確かに、音楽的にはかなり違うけれども、豪放なサウンドのダイナミズム、一見無頼なその独特の雰囲気など通じるところがある。どちらも酒好きで(プロッツマンは止めたそうだが)言い知れぬ格好良さがあった。

写真は、2003年に渋谷の7th Floorで撮影したもの。その頃、片山は7th Floorで「Instant Groove」というライヴ・シリーズを続けていた。毎回異なった人選でライヴの内容も様々だったが、この時の共演者は藤井郷子 (p)、田村夏樹 (tp)、内橋和久 (g, daxophone, etc) という顔合わせで完全即興演奏。エモーションと知性が交錯する演奏で、片山の懐の深さを感じたことと共に、藤井とのデュオでは、当時参加していた藤井郷子オーケストラでいつも難解な譜面を渡される意趣返しではないだろうが、即興では一日の長ありと彼がイニシアチヴを取っていたことが印象に残っている。

訃報を聞いた時に、遠い記憶の中からなぜか蘇ってきた出来事がある。メールス・フェスティヴァルに「渋さ知らズ」で出演した時、たぶん2000年だったと思う。午前中に別会場で行われるスペシャル・プロジェクトでの演奏が終わった後に顔を合わせたら、「おね〜さん、ビール買ってきて」と言うのだ。本会場のテントに行けばビールを売っているブースはあるが遠いし、その日は休日だったので、たいがいの店は休みである。そんな日も営業している小さい個人商店には何度かそこを訪れた人でないとなかなか行き着けない。うん、丁度いいヤツがいたゾという訳で、直感的ながらも誰に頼めばよいかを心得ている確信犯である。酒飲み本性違わずとはよく言ったもの。そういうところは、彼の音楽や行動もまた同じく、無頼のようで実は計算づくの知能犯だったりしたのだ。片山の場合、独特の味わいのある野太いテナー・サックスの音だけではなく、お酒にまつわることも思い出されるのは、ステージを離れている時はグラスやボトルを片手にしている姿を多く見てきたためなのかもしれない。それにしても、、、私の誕生日に逝かなくても…。毎年思い出すではないか。

心からご冥福をお祈りすると共に、無類のサックス吹きに献杯!

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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