追悼 ジョン・ラッセル
text by Takeo Suetomi 末冨健夫
イギリスの即興シーンで、デレク・ベイリー以降最も重要だったギターリストのジョン・ラッセルさんが1月19日に亡くなられた。随分前から体調が悪いのは聞いていて、最近ではこの日が来る覚悟は出来ていたのだが、実際の訃報に接して体から力が消え失せてしまった。
ジョンさんは、1954年ロンドン生まれ。私と5歳違い。ちょっと旅立つのが早すぎやしませんか?
ジョン・ラッセルさんは、17歳でロンドンの即興シーンに登場し、リトルシアタークラブ(ジョン・スティーヴンスが運営に携わっていた。)で演奏を始め、デレク・ベイリーに1年間師事しギターを学んだ。ジョンさんのギターの演奏スタイルは師匠のベイリーに負うところが多いのは確かだ。だが、ジョンさんは、師匠とは当然違う資質を持っている。ベイリーは、恒常的なグループを持とうとはしなかった。特定のミュージシャンと継続的に長く共演を重ねる事も無かった。さしずめ、子連れ狼か座頭市かの道の歩み方か。だが、ジョンさんはエヴァン・パーカー、ジョン・ブッチャーらと長年共演を重ねている。さらに重要なのは、1991年から続くMopomoso(MOdernisn– POst MOdernism – SO what?の略)や、1980年代初頭から始めたFêteQuaqua(この原型は1973年頃から始まる。)といったソロからラージ・アンサンブルの即興演奏のコンサートを途切れることなく彼が中心となって継続し続けた組織者の面だ。ベイリーのカンパニーにも通じるところがあるが、カンパニーでは同じミュージシャンを基本的には2度呼ばない。一回限りの真剣勝負。そこで発生するスリルにわくわくするのだ。一方のMopomoso/ FêteQuaquaでもカンパニーのような一回生の真剣勝負も聴けるが、恒常的なアンサンブルも出演する。一回限りに重きを置くか否かでは、即興演奏への考え方やアプローチは大きく違って来る。
パーカー、ラザフォード、ベレスフォード、コックスヒルといった著名なミュージシャンに混ざって、名前を聞いただけではどんな演奏をするのかも我々日本人には皆目分からないようなミュージシャンまでが、大勢ここで演奏している。それを動画に撮りYouTubeの番組でいつでも見れるようにするといった現代のメディアも積極的に活用している姿勢も先見の明があった。これらから即興音楽を広く世間に発信し、演奏家と聴衆を増やす姿勢には頭が下がる。
ジョンさん自身の音楽、演奏は師匠ベイリーのような相手を切り捨てるような鋭さ(90年代以降はベイリーもそのような殺気は鞘に納めるようになったが)は無い。他者やアンサンブル全体の邪魔をしない程度の主張はする。調和を大事にする演奏と言える。フリー・ジャズの戦いの音楽とも、70年前後からしばらく続く、喧騒を良しとするフリー・ミュージックとも違う地平を早くから眺めていたのがジョンさんだった。
ジョン・ラッセルさんのギターの特徴の一つに、ハーモニクス・倍音の豊かさがある。これは師匠のベイリーにも同様の事が言えるのだが、前衛<ノイズと言う図式から思い浮かべるような、さぞかしノイジーで刺激的な音を放出しているものと思われるかもしれないが、ジョンさんのギターの音は鋭さも勿論なのだが、倍音が豊かな美しい音を大事にしているのだ。ベイリー以上にジョンさんのギターからは豊かな倍音が常に立ち上がっている。ベイリーのソロを聴いていると、ちょうど60分になったところで目覚まし時計のタイマーが鳴りだし、やおら演奏をやめるといったものがあった。これは、彼の演奏はどこまでも道行の過程であると言う事だ。だが、ジョンさんのソロの演奏の最後は、終止形を思わせる形をもって演奏を終了させることが多い。それを持って彼の演奏スタイルは旧態に属すると見るや否や。即興演奏でも終わらせ方は重要だと私は考えている方だ。一方で、サウンドインスタレーションのような常に持続し続ける音の形態にも惹かれるし、偶然性や不確定性の音楽にも惹かれる。そう、ジョンさんの音楽は偶然の作用で音楽を作っているのではない。
そんなジョンさんのアルバムの中でも、ソロ・アルバム「hyste」(psi 10.06/2009年録音)をお勧めしたい。St Peter’sと言う教会のナチュラルな響きも美しいギターのソロが聴ける名作。多くのギター・アルバムの中でも屈指のアルバムだと思う。
先年、ちゃぷちゃぷレコードでは、豊住芳三郎さんとジョン・ラッセルさんの千葉と大阪でのライヴ録音からセレクトしてCD「無為自然/Empty Spontaneity」(CPCD-010)を制作・リリースする事が出来た。ジョンさんのアルバムをプロデュース、リリース出来て大変光栄に思っている。
Mopomosoも含め、膨大な即興演奏の録音が残っているはずだが、ジョンさんの演奏も含めて1枚でも多くのCD,LPの形にして残して欲しいところだ。YouTubeだけでは満足しない私のような古い人間もまだまだ多い(ハズ)。2つのスピーカーを前にしてジョンさんの音楽と対峙する聴き方を古いとは言わせないぞ。は、ジジイの世迷言か?
ジョンさん、現世では実際にお会いする事ができませんでしたが、あの世ではemailなんぞではなくて実際に会ってお話ししましょうね。
合掌。(ちゃぷちゃぷレコード オーナー/プロデューサー)
2021/01/22
*CDレヴュー(望月由美 )
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-25208
末冨健夫(すえとみ・たけお)
1959年生まれ。山口県防府市在住。1989年、市内で喫茶店「カフェ・アモレス」をオープン。翌年から店内及び市内外のホール等で、内外のインプロヴァイザーを中心にライヴを企画。94年ちゃぷちゃぷレコードを立ち上げ、CD『姜泰煥』を発売。95年に閉店し、以前の仕事(貨物船の船長)に戻る。2013年に廃業。現在「ちゃぷちゃぷミュージック」でライヴの企画、子供の合唱団の運営等を、「ちゃぷちゃぷレコード」でCD/LP等の制作をしている。リトアニア NoBusiness Recordsと提携、当時の記録を中心としたChapChap seriesをスタート、第1期10タイトルに続き、2020年秋から第2期がスタートした。