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R.I.P. ペーター・ブロッツマンGUEST COLUMNNo. 304

追想ペーター・ブロッツマン #1 by 八木美知依

text by Michiyo Yagi  八木美知依

 

“Hello, my little sister.” そう呼んでもらえる事はもう2度とない。
イカつい顔のおじさんが初めて私をそう呼んだのは、確かポール・ニルセン・ラヴ(ds)とのトリオの2度目のヨーロッパ・ツアーのために集合した時でした。「妹」と呼ばれるなんて、いま思えば光栄だけど、その時はびっくりしました。彼は照れ臭そうな笑みを浮かべて私の前をスタスタと歩いて行ったのを覚えています。

フリー・ジャズの巨匠ペーター・ブロッツマンが2023年6月22日、ドイツ・ヴッパータール市の自宅でこの世を去りました。私は去る7月5日、コペンハーゲン・ジャズ・フェスティヴァルでサックス奏者ロッテ・アンカーさんとデュオをしました。彼女もブロッツマンと親しかったので、「ペーターがいなくなったなんて信じられない」と言うと、ロッテはペーターの口癖を真似て“Na ja…”と答えました。この夜の演奏はごく自然に彼に想いをはせるものとなりました。
生ける伝説であったブロッツマン。雄叫びのような音色と豪快なライン。共演者のどんなささやかな変化も聴き逃さない繊細さ。会場の響きさえも楽器の延長として操れる技術。彼から学ぶことはあまりにも多かった。
ペーター・ブロッツマンへの追悼文を書かせて頂くのは恐れ多いと感じています。私よりも彼の音楽や人生に詳しい人は数多くいらっしゃる。名前だけは知っていたものの、私が初共演させて頂いたのは2002年。わずか20年の付き合いでしたが、短くとも濃密な経験でした。その回顧録のようなものとして書き記していければ、と思っております。

私とペーターを引き合わせてくれたのはドラマーの羽野昌二さんでした。幾度も共演しているお二人に私が加わるというトリオ・ギグ、場所は横浜のジャズ・スポット・ドルフィー。お店に入るとすでにサウンドチェックが始まっており、羽野さんが叩いていらして、ペーターは物静かに聴いていました。続いてペーターがテナーをケースから取り出して「ボン!」と一発鳴らし、その音の大きさに驚きました。
いざ本番、もちろん出だしから完全即興です。まずはペーターがソロを取りました。もちろん音圧が凄いのですが、私は彼のサウンドをとても美しいと思いました。続いて私と羽野さんのデュオ、そして羽野さんのドラム・ソロという展開だったと記憶します。その羽野さんの独奏の最中、私はちょっと変化を付けようと思い、21絃箏の絃の間にドラム・スティックをねじ込み、それをもう一本のスティックで「ガシャ~ン」と叩くと、羽野さんが驚いた顔をして一瞬演奏を止めて「今のは何だ」という表情で辺りをキョロキョロと見回し、再びソロを叩き出しました。しばらくして私が再度「ガシャ~ン!」とやると、羽野さんは再び演奏を止めてしまい、“NOT MY MUSIC!”と鬼の形相で叫んだのです。一瞬、場内騒然。すかさずペーターが吹き出し、何とかファースト・セットが終わりました。
休憩中、羽野さんが何を怒っているのかさっぱり分からないまま調絃をとっていると会場に来てくれていた(評論家やプロデューサーでもある)夫のマーク・ラパポートが駆け寄ってきて「何やっとるんね。あそこに入っちゃいけんよ」と怒っています。
「だってフリー・インプロヴィゼイションでしょ?何がいけないの?」
「彼らはフリー・ジャズをやっとるんじゃ。フリー・ジャズは根底にジャズがあるけぇ、法則もあるんよ」
「法則があったらフリーじゃないじゃない!」というようなやり取りは、ただの夫婦喧嘩でした。

フリー・ジャズとは完全にフリーではなく、ちゃんとルールがあるのだと初めて知ったあの日。何とかセカンド・セットが無事終了すると、羽野さんがご自分の言動に対して謝罪して下さいました。たぶん私の方は無知であるがために謝らなかったと思います。結果として「完全即興」という大きなテーマの元で演奏するからには、もっと勉強しなければならないと思いました。
後でマークから聞いたのですが、私と羽野さんがステージ上で「喧嘩」をしていた最中、ペーターは私たちの様子を見ながら必死で笑いを堪えていたそうです。その後ペーターさんから声をかけて頂き、様々な場所で共演する事になるとは、この時は夢にも思いませんでした。(続く)

 


八木美知依  Michiyo Yagi   箏、21絃箏、17絃箏、18絃箏、エレクトロニクス、voc
邦楽はもちろん、前衛ジャズや現代音楽からロックやポップまで幅広く活動するハイパー箏奏者。故・沢井忠夫、沢井一恵に師事。NHK邦楽技能者育成会卒業後、ウェスリアン大学客員教授として渡米中、ジョン・ケージやジョン・ゾーンらに影響を受け、自作自演をその後の活動の焦点とする。世界中の優れた即興家と共演する傍ら、柴咲コウ、浜崎あゆみ、アンジェラ・アキらのステージや録音にも参加。ラヴィ・シャンカール、パコ・デ・ルシアらと共に英国のワールドミュージック誌『Songlines』の《世界の最も優れた演奏家50人》に選ばれている。

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