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R.I.P. ペーター・ブロッツマンGUEST COLUMNNo. 305

追想ペーター・ブロッツマン #2 by 八木美知依

text by Michiyo Yagi  八木美知依

 

お盆真っ最中の今年の8月中旬、私は“Featured  Artist”としてドイツのCologne Jazzweekに、更に“Artist in Residence”としてオーストリアのJazzfestival Saalfeldenに招かれ、ハミード・ドレイクを始めとする、尊敬する音楽家たちと共演してきました。とても名誉なことであると当時に、この評価は少なからずペーター・ブロッツマンのおかげであることも実感しました。

ファンが集う各会場はもちろん、演奏者やプレスが集う食堂やバーでは必ずペーターの話がされ、あちこちにペーターが表紙を飾る雑誌も置かれていました。永遠の不在を確信したものの、やはりまだ信じられない気持ちでいます。2月に渡欧した際、ベルリンからペーターに電話し、「たぶん夏にケルンに行くので、オフの日にヴッパータルまでに会いに行くからね」という約束をしたのが、彼との最後の会話となってしまいました。

さて、ペーターとポール・ニルセン・ラヴとのトリオ結成のきっかけは2006年、ノルウェーのコングスベルグ・ジャズ・フェスティヴァルに絡むちょっとしたアクシデントでした。本来はこの前年に東京のスーパーデラックスで初共演したポールとインゲブリクト・ホーケル・フラーテン(b)とのトリオで出演する予定だったのですが、寸前になってインゲブリグトのダブル・ブッキングが発覚。同フェスにペーターも出演することが分かっていたので、ポールにペーターとのトリオを提案したら即OK、続いてペーターに連絡してお願いしたら快く引き受けてくれました。

会場は野外、街の真ん中の広場でした。爆音の二人に対し、私も無我夢中で弾きまくりました。そして、ノルウェーの涼しい風に乗って瞬く間に汗が飛んで行き、今となっては青く爽やかな思い出です。

コングスベルグ・ジャズ・フェスティヴァルでのペーターとの思い出は他にもあります。フェスに先立ってペーターがグローブ・ユニティ・オーケストラに復帰するとの噂が流れていたので、コングスベルグに到着早々、半信半疑でグローブ・ユニティが出演しているという古いレンガ作りの会場Energimølla へ行くと、すでに演奏が始まっているのに、入り口の横でペーターが葉巻を蒸しているではないか。同行していた夫のマークが「あれ?一緒にやるんじゃないの?」と尋ねると、ペーターは「こんな古い音楽はもうやらねえよ」と。復帰の噂は全くのデマでした。私が「中で聴かないの?」と尋ねると、「外で十分だ」と。いかにもハードボイルドなブロッツマン節に聞こえるかも知れないけど、実はその場にいること自体、彼の人情深さの証明だったと思います。終演後、いつの間にか会場内に来ていたペーターが旧友たちに声をかけ、いつまでも談笑している姿が忘れられません。

また、彼とハン・ベニンク(ds)とのデュオ公演も心に焼き付いています。素晴らしい名人芸から多大なインスピレーションを得ることが出来ました。

翌2007年の秋、Brötzmann / Yagi / Nilssen-Loveとしての初めての欧州ツアー(ノルウェー、スウェーデン、オランダ、ハンガリー、ドイツ)が実現しました。最終日はドイツ、ショーンドルフ市のClub Manufaktur。ここでのライブ音源は後にジム・オルークのマスタリングにより『Head On』(Idiolect、08年)として特別限定盤でリリーススしました。ジャケット写真はサウンドチェックの寸前、17絃箏の調絃を思案中の私をペーターが客席から撮ったものです。

ツアーは毎日が移動と本番、しかも世界最強級の2人と共に演奏するのだから大変だった…というよりも、よくぞ未熟者の私と毎晩演奏してくれたものだ、と感謝しかありません。今日は良かったとか、良くなかったとか、ペーターから何の感想もないまま、ひたすら続く音楽の仕事は、不安とか疲れも感じる時すらなく、自分で考えて演奏するのみでした。
ツアーの最終日、ペーターは初めて聴衆に向かって私を紹介して賞賛してくれました。驚いてペーターの顔を見ましたが、彼が私を見ることはありませんでした。

翌年、ノルウェー国立コンサート協会Rikskonserteneの招聘でBrötzmann / Yagi / Nilssen-Loveによるノルウェー10都市ツアーが行われました。このツアーには北欧を代表するマスタリング・エンジニア、アウドゥン・ストリーぺが音響技師として同行し、全公演をレコーディングしてくれました。演奏を重ねて行くにつれて私の耳はペーターの音色や息遣いに敏感になり、ポールのドラミングも細分化して聴く事ができるようになり、トリオとして上手く噛み合ってきました。

しかし、即興演奏ではお互いの演奏が噛み合いすぎて面白くない事も多々あります。ペーターもポールもその匙加減が見事でした。とにかく前年とは違うサウンドになったのは間違いありませんでしたが、日増しにペーターの機嫌は悪くなっていったのです。(つづく)

 

写真:ノルウェー・コングスベルグ・フェスティヴァルにて(筆者提供)


八木美知依  Michiyo Yagi   箏、21絃箏、17絃箏、18絃箏、エレクトロニクス、voc
邦楽はもちろん、前衛ジャズや現代音楽からロックやポップまで幅広く活動するハイパー箏奏者。故・沢井忠夫、沢井一恵に師事。NHK邦楽技能者育成会卒業後、ウェスリアン大学客員教授として渡米中、ジョン・ケージやジョン・ゾーンらに影響を受け、自作自演をその後の活動の焦点とする。世界中の優れた即興家と共演する傍ら、柴咲コウ、浜崎あゆみ、アンジェラ・アキらのステージや録音にも参加。ラヴィ・シャンカール、パコ・デ・ルシアらと共に英国のワールドミュージック誌『Songlines』の《世界の最も優れた演奏家50人》に選ばれている。

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