特集『今、ロバート・グラスパー』
ロバート・グラスパーのCDデビューは、2004年である。それから10年後に録音したアルバム『カヴァード』(今年6月リリース)は、極めて戦略的な意味合いを持つ。2013年と2014にグラミー賞を受賞したアルバムを通じて獲得したヒップホップ/R&B系のファンに「ジャズ・トリオを紹介するために」、それもジャズの曲ではなく、「彼らがよく知っている曲を通じてジャズを好きになってもらう」ことを意図して制作されたのだ。アルバム・タイトルの『カヴァード』は、ロバートの過去のアルバムを通じてファンによく知られた曲をアコースティックなジャズのピアノ・トリオでカヴァーしたアルバムという意味を持つ。しかし、単に商業的な戦略だけではなく、人種問題に関するメッセージを含め時代背景を盛り込むことも忘れてはいない。
トリオ・アルバムのリリースに合わせるかのようにロバートがヒップホップ/R&B系のバンド、ロバート・グラスパー・エクスペリメントを率いて来日、単独公演の他にクラシックのオーケストラとの協演も企画された。マーケットには新作CD が投入され、現場にはグラミー受賞バンドが...。追いかけるように、「9月にはトリオでの来日」も発表された。久しぶりに洋楽全体がざわめいている。ヒップホップもR&Bもジャズもクラシックも巻き込んで...。(稲岡邦弥)
ロバート・グラスパー 略歴
Robert Glasper
piano, keyboards, synthesizers, composer, producer
1978年4月6日、テキサス州ヒューストン生まれ。
母親の影響で、一家が住む教会でピアノを弾き、ゴスペルやジャズ、ブルースといった音楽に触れる。青年期に入り、地元のハイスクール・フォー・ザ・パフォーミング・アーツへ入学。卒業後、マンハッタンのニュー・スクール・ユニヴァーシティに入学。在学中にクリスチャン・マクブライド、ラッセル・マローン、ケニー・ギャレットなどとギグを行う。その後、ニコラス・ペイトン、ロイ・ハーグローヴ、テレンス・ブランチャード、カーメン・ランディ、カーリー・サイモン、ビラル、Qティップ、モス・デフなど、ジャズ~ヒップ・ホップまで幅広い分野の面々と共演する。
2003年、デビュー・アルバム『モード』(フレッシュ・サウンド・ニュー・タレント)をリリース。 2005年、ブルーノートと契約。同年、移籍第1弾『キャンバス』をリリースし、ジャズやゴスペル、ヒップホップ、R&B、オルタナティブなロックなどのエッセンスを取り入れた革新的なスタイルで、各方面から高い評価を得る。 2007年、ジャズとヒップホップを結びつける究極のピアノ・トリオ作『イン・マイ・エレメント』を発表し、ブルーノートの新世代ピアニストとしてさらに注目を浴びる。2009年、よりアコースティック志向の“トリオ”とよりヒップホップ志向の“エクスペリメント”の自身が推進する2つのバンドを1枚に集約した、グラスパー本来の姿を投影した話題作『ダブル・ブックド』を発表し、グラミー賞にもノミネートされた。
2012年、初の“エクスペリメント”のみで構成された『ブラック・レディオ』で第55回グラミー賞ベストR&B賞受賞。続く2013年、『ブラック・レディオ2』収録の<神の子供たち>で第57回グラミー賞ベスト・トラディショナルR&Bパフォーマンス賞受賞。
2015年6月、エクスペリメントで来日、単独公演の他、西本智実指揮イルミナート・シンフォニー・オーケストラと共演。9月には、新作『カヴァード』のトリオでブルーノート・ジャズ・フェスティバルに来日予定。
映画関連では、マイルス・デイヴィスの伝記映画『マイルス・アヘッド』のスコアを手がけ、ニーナ・シモンの生涯を追ったドキュメンタリー映画『What happened, Miss Simone』の公開に合わせてプロデュースしたトリビュート・アルバム『Revisited』(RCA)がまもなくリリースされる。
特集 今、ロバート・グラスパー
・ライヴ・レポート「ロバート・グラスパー・エクスペリメント」徳永伸一郎
・コンサート・レポート「ロバート・グラスパー・エクスペリメント×西本智実シンフォニックコンサート」神野秀雄
・CDレヴュー『ロバート・グラスパー・トリオ/カヴァード』悠雅彦
・CDレヴュー『ロバート・グラスパー・トリオ/カヴァード』多田雅範
・楽曲徹底解剖『ロバート・グラスパー・トリオ/カヴァード』ヒロ本宿
*初出:2015年6月28日 Jazz Tokyo #209