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特集『私のジャズ事始』

『ライブ・アンダー・ザ・スカイ』と『ケルン・コンサート』 浮田美奈子

「私のジャズ事始」というテーマについて、少し私は困惑した。というのも私が聞く音楽はかなりジャンルレスで混沌としており、ジャズとの出会いのキッカケが判然としなかった。

記憶を辿ってみた。私はクラシック原理主義の音楽教師の家に生まれたので、幼少期から主にピアノの教育を受け、親の厳格すぎる指導に10歳頃大反発をした。

12歳以降、私はクラシックは続けながらも当時大ブレイクしたYMOを聴きながら、レッド・ツェッぺリン、ローリング・ストーンズ、トム・ペティやザ・ポリス時代のスティング、ボズ・スキャッグスらに強い影響を受けた。当時のボズのバックバンドはTOTOのメンバーが務めており、特にドラムのジェフ・ポーカロに驚き、彼の参加アルバムを通してラリー・カールトンやリー・リトナー、スティーリー・ダンといった人達を知った。

それは後に渡辺香津美、大村憲司といった人達への興味に繋がり、さらに私の高校時代は空前のフュージョン/クロスオーヴァーブームであったので、国内のフュージョン系バンドや、ウェザー・リポートやデヴィッド・サンボーン、ハービー・ハンコック、ブレッカー・ブラザーズ、スティーヴ・ガッドといった人達を自然に知った。また渡辺香津美(g)、坂本龍一(key)、矢野顕子(key,vo)、向井滋春(tb)、清水靖晃(ts)、本多俊之(as,ss)、村上ポンタ秀一(ds)、小原礼(b)、ペッカー(perc)の「KYLYN BAND」(1979年)を遡って聴き、これには大きな影響を受けた。

また、高校時代にテレビで見た「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」の放送は、Jazz という音楽に親しみを覚えた大きなキッカケでした。大学時代にやっと実際に行き、マイルス・デイヴィスはじめとした凄いメンバー達の演奏を屋外で聴いた、あの空間の雰囲気を感じた経験は本当に大きかった。87年にあった「ライブ・アンダー・ザ・スカイ」と同じよみうりランドイーストであった六本木ピットイン10周年ライブも、強い印象が残っています。オルケスタ・デル・ソルや渡辺貞夫バンドなどの演奏、吉田美奈子と富樫春生のデュオ、そしてなんといっても「KYLYN」バンドの再結成の興奮と熱気で会場は少し異様な雰囲気だったのを今もよく覚えています。

ただ、Jazzという音楽で最も衝撃的な体験は、社会人になって聴いたキース・ジャレットの「ケルン・コンサート」でした。私の家ではピアノの音は生まれた時から20数年生音が鳴っていた訳ですが、その感覚を根底から覆された。尽きることのないキースの湧き出る発想と演奏は、私が知っていたピアノとは全く違う物でした。音楽はもっと自由にやっていいのだと、それまでの私の音楽の呪縛が解けた瞬間でした。

ただ、最近歳をとって痛感するのは「子供の頃に叩き込まれた教育は根深い」という事。結局、自分が街中で聞いて気になった音楽などを後で調べると、大概クラシックを学んだ事がある人が殆どです。なのでECMレーベルに所属するアーティストは私の精神の根底の部分と深く繋がる事が多いようです。

最終的に私は今、ローティーンの頃から聴いたスティングのギタリストを30年以上務める、ドミニク・ミラーの応援をしています。彼がECMから出した2枚目の『Absinthe』に深い衝撃を受けたのが大きな動機です。彼もまたクラシックをベースに持ちながら、世界でも類を見ないほど多様な音楽を身につけた人です。そのバックグラウンドの音楽の混沌さが私と似ているのかもしれません。


浮田美奈子 Minako Ukita
厳格なクラシック音楽教師の家庭に育つ。自身も2歳半から大学卒業までピアノとフルートを学ぶ。得意だったのはフランス近代作曲家。同時に13歳で洋楽ロックやJAZZにも傾倒し、バンド活動を行う。感動したものであればどんな音楽ジャンルも問わずに聴くが、基本的に実際に会場で聞かなければ真価は解らないと思っている。現在ドミニク・ミラー本人の承認の元、Dominic Miller_Fan Page JAPANを運営。

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