『Ella in Berlin / Mack the Knife』 齊藤聡
高校生のとき、角川春樹の映画『キャバレー』のテレビCMが頻繁に流れていた。マリーンが歌う<Left Alone>、「あんた人間じゃないよ」「俺はやくざなんだよ」、オトナの映画。それから五木寛之の小説『青年は荒野をめざす』にも惹かれた。ジャズトランぺッターを志す小市民家庭の息子が自分を鍛えるために旅をするビルドゥングスロマンである。(これがナット・ヘントフ『ジャズ・カントリー』の翻案であることに気付いたのは、ずっとあとになってからだ。)
田舎にはジャズなんてどこにもないし、闇、都会、恋愛(のようななにか)を机に向かって想像するのみだった。朝から晩まで受験勉強に明け暮れていた。
なにがきっかけだったか、大学に入ってからエラ・フィッツジェラルドの名盤『Mack the Knife – Ella in Berlin』を聴いてみた。華やかで、表題曲ではギャングの色男のことを愉しそうに歌っている。ああこれだと思った。クルト・ヴァイルもベルトルト・ブレヒトもそれで知った。
なんどもなんども聴いたはずなのに、最近レコード盤を手に入れて久しぶりに再生してみると、当時はエラ以外の楽器の音がまったくこちらに届いていなかったことがわかる。そういうものだろう。