新宿のジャズ喫茶『DIG』に驚いた 後藤雅洋
私が「ジャズ」を初めて意識したきっかけは明瞭に覚えています。まだ高校生の頃、その頃私が所属していた柔道部の友人から「新宿に新しいジャズ喫茶が出来たから行ってみよう」と誘われたのが始まりでした。その店はベテラン・ジャズ・ファンなら知らぬ人はいない、写真家中平穂積さんが1961年開業した名店、『DIG』でした(現在は『DUG』として営業中)。
「ジャズを意識した」と書きましたが、正確には「ジャズ喫茶に驚いた」、というべきかもしれません。お客はみな真剣な顔をしてスピーカーに向かい、誰も口を利かない。普通の喫茶店ならありえない光景が広がっていたからです。
私たちもそれにならってスピーカーに向かっていると、連れの友人がボソりと「コルトレーンだな」とつぶやいたのです。レコ―ド・ジャケットも見ず、ましてやメロディさえ判然としない、私にとっては「騒音」に近い演奏でどうしてミュージシャンの名前がわかるんだろう?この不思議もまた大きな驚きでした。
以来私の中で、「ジャズって奇妙な音楽だな」という思いが心の片隅に宿ったものの、すぐにジャズが好きになったわけではありません。60年代当時の若者の例にならい、まずはアメリカン・ポップスに親しみ、同じクラスのこちらはロック・バンドをやっていたイギリス帰りの友人の影響でソウル・ミュージックにはまり、霞町(今の西麻布)界隈のディスコに通っていたのですね。
そして20歳の時父親が、「おまえ、遊んでいるなら店でもやってみたらどうだ」と、父が経営していた休業中のバーを任せられたのです。そのとき、当初は親しんでいるロック、あるいはソウル・ミュージックの店にしようかと思ったのですが、若者特有の「背伸び心」で、「なんかロックなんかよりエラそうなジャズ」をやろうと、勢いで「いーぐる」を開いちゃったのです。
ですからジャズの知識はからっきし。その代わり、ジャズに詳しい友人たちの助けを借り、いろいろなミュージシャンのアルバムを聴くうちしだいしだいに「ジャズの泥沼」に嵌り、今に至っているのですね。それにしても、あの時『DIG』に行っていなかったら今の『いーぐる』は無かったわけで、「出会い」というのは面白いものですね。改めて中平さんに感謝です。
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後藤雅洋 ごとうまさひろ
1947年、東京生まれ。中等部から慶應義塾で学ぶ。慶應義塾大学商学部在学中の1967年、四谷にジャズ喫茶「いーぐる」を開店、現在に至る。1988年『ジャズ・オブ・パラダイス』を上梓以来、ジャズ評論でも著書多数。近著(監修)に『ゼロから分かる!ジャズ入門』(世界文化社)。最新刊は『ジャズ喫茶いーぐるの現代ジャズ入門』(シンコーミュージック)