#06 『スガダイロー Little Blue/Summer Lonely』
text by 定淳志 Atsushi Joe
VELVETSUN PRODUCTS(VSP-0016)
スガダイロー(p)、Mr.Lonely Blue(sax)、池澤龍作(dr)
Disc 1
1. RAG TIME
2. キアズマ
3. 一丁入り
4. The Man I Love
5. Alabama Song
6. Round Midnight
7. Misterioso
8. 大名行進曲
9. 花水月
Disc 2
Summer Lonely Part1
Summer Lonely Part2
recorded july 2017
この1枚というより、この1曲、を選ばせてもらった。むろんアルバムとしても素晴らしいのだけれど、Disc 1 の6曲目<Round Midnight>にとどめを刺す。
おなじみのピアノイントロがムード満点に奏された後、満を持して、アルトサックスによるテーマメロディーがのっそりと登場する。1944年にこの曲が初めて発表されてから70年以上、数多の手練れたちが幾多の名演を残し、ジャズ史上もっとも高名な曲の一つとして知られているが、この演奏はそのどれとも異なる超絶解釈だ。あの有名なテーマメロディーがこのように演奏されたことは、おそらくかつてなかったにちがいない(なお曲のアレンジはスガのアイデアだそうである)。曲そのものは経時的に坦々と進行しながらも、まるで深闇に輪郭が溶け込んでいるような独特な音が、ドップラー効果のように行きつ戻りつ遠ざかったり近づいたりするような感覚で、冒頭7音の残像を延々と引き伸ばす。まさに<Round Midnight>の彷徨を体現したかのような演奏だ。ベクトルは違えど同曲の歴史的名演の一つであるジョージ・ラッセル『Ezz-thetics』におけるエリック・ドルフィーを想起させ、曲は違うものの(アルバムタイトルからの連想もあるが)アルバート・アイラーの<Summertime>をも引き寄せる。
なおアルバムは、Disc 1 が Mr.Lonely Blue のオリジナル曲<Rag Time>に始まり、山下洋輔作の<キアズマ>やスタンダードナンバー、メンバーのオリジナルなどの“曲”が演奏され、Disc 2 はインプロ/フリージャズとなっている。全編にわたって Mr.Lonely Blue こと松本崇史のアルトサックスが強烈な閃光を放っており、レイドバックというのとは少し違う、オンタイムに対して引きずるような粘りつくような独特のタイム感(こういう演奏ができる人は日本にはもちろん、世界的にもあまり多くなく、その頂点にいるのが林栄一である)と、とても肉声的というか、サックスというのは人が発した“声”なのだという当たり前のことを説得力をもって再確認させてくれる音色が実に蠱惑的である。高速回転する万華鏡のようなリーダー・スガのピアノと池澤龍作のドラムによるタペストリーに、異物感満載で疾走するアルトサックス(しかもスガと同様、バップの素養をしっかり感じる)の対比がまた美しい。
山下洋輔の正統継承者として自他ともに認めるスガダイローが、山下トリオ以来(というか、セシル・テイラー・トリオ以来)伝統のピアノトリオ編成(ピアノ・サックス・ドラム)で丸々1作品を製作したのは、意外にも初めてではないだろうか。スガの音楽を聴くといつも、大概のことがやりつくされたと思われているフリージャズ(に限らず、ジャズ全般)に、まだまだ巨大な可能性が広がっていることを知れて、うれしくなるのだ。
スガダイロー、Mr. Lonely Blue、池澤龍作、松本崇史