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インプロヴァイザーの立脚地No. 300

インプロヴァイザーの立脚地 vol.6 岡川怜央

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡 and m.yoshihisa (noted)
Interview:2023年3月5日(日) 飯田橋にて

エレクトロニクス奏者の岡川怜央は突然シーンに出現した。それが突然にみえるのは、かれが内なる声に耳を傾けて個人としての急激な進化を遂げたからである。

 

音楽好きになった

1992年、東京生まれ。流行りの音楽を聴き始めたのは中高生のころ、周囲の影響によってだった。日本のポップス、さらにそのミュージシャンたちがラジオで紹介する洋楽。そのころ手に取った『rockin’ on』2006年9月号の「90年代ベスト・ディスク100!」特集を頼りに、CDを買い漁る日々を送った。ここまでは「音楽好き」としての経験である。

それまで特に音楽を意識して聴くことはなかったが、音には敏感だったのかなと振り返る。テレビのブラウン管のハム音やVHSデッキの作動音、家の向かいのクリーニング工場から一日中漏れ聞こえる工業的な音。おそらくそういった環境音からなにかの影響を受けていた。

高校生のときにはアヴァンギャルドが好きになった。英国のナース・ウィズ・ウーンド(ノイズ・コラージュ)、フィンランドのパン・ソニック(電子音響)。昼食のためのおこづかいの多くはCDに消えていった。

音の採集から音づくりへ

東洋大学経済学部を卒業した岡川はいったん就職したが、環境に慣れることができず、心身を壊した。かれはその会社を辞め、クリニックに通いつつ、家の中に籠ったままにならないよう散歩を習慣とすることにした。

その際、iPhoneで気になる音を録りはじめた。鳥の声、工事現場の音、子どもの声。ただ会議用の録音アプリを使っただけである。はじめは目的意識など毫もなかったが、録音データがたまってきて、なにかを作ってみようと思いついた。その成果をBandcampにアップした(『black mass』、2014年)。

思いつきのきっかけがなかったわけではない。ナース・ウィズ・ウーンドだってコラージュでサウンドを作っていた。だがそれは意識のどこかに残っていただけであって、手法として真似をしようなどとは思っていなかった。この時点でも、Bandcampについては作品の保管場所という程度の認識に過ぎなかった。

2014年に岐阜のレーベル「obakekoubou」から声がかかり、翌年protocellという名義のもと、『Shipwreck Poetry』というCDを発表した。その後、岡川はサウンドファイルをいくつか好きな海外レーベルに送ってみた。無駄だったとしても別に失うものもないし、という気分だったという。やがて、アメリカ・メーン州のレーベル「Glistening Examples」から反応があり、『The Notional Terrain』をリリースすることになった。2017年、25歳のときである。

音づくりから演奏へ

『The Notional Terrain』のCD-Rを受け取った岡川は、東京・水道橋のFtarriを初めて訪れ、納品させてもらえないかと打診した。FtarriはCD・レコード店だが、実験的・前衛的な音楽のライヴも頻繁に開催する場所でもあり、またアルバムをリリースするレーベルでもある(Hitorri、Ftarri、Meenna)。岡川はリスナーとしてFtarriのことを知っていた。

驚いたことに、店主の鈴木美幸から「演奏やってみない?」との言葉をもらった。年末の12月30日に新人を集めたライヴ企画があり、ひとこま入ってみないかという打診だった。もともと音楽好きとして互いに知っていた電子音楽の平木周太や、ラジオを楽器として用いるラヂオEnsemblesアイーダらとともに、ソロで初めての即興演奏を行った。「Improvised Music from Japan」シリーズなどを通じて日本の即興音楽シーンに刺激を与え続けてきたオーガナイザー・鈴木ならではの企みだといってよいだろう。

演奏に臨むにあたり、岡川は、録音した素材は使わないこと、作品づくりに使ってきた機械を演奏に使うことを決めた。かれはコンタクトマイクをエフェクターにつなげ、がたがたという物音や機械に触ったときの通電音をその場で発生させ、反復させたり音を変化させたりする演奏を行った。終演後、鈴木が「また呼ぶよ」と声をかけてくれた。

フリー・インプロヴィゼーション

つまり、初めての即興演奏のときから、岡川は即興演奏と作品作りとを根本的に異なるものと認識していたことになる。それだけではなく、音を聴く、採取する、つくる、そして即興演奏するという変化のたびに、かれが意識を転換してきたことに驚かされてしまう。しかも急速な変化である。

Ftarri体験のあと、岡川はオシレーターを購入した。一定の周波数のトーンを出す発振器であり、シンプルでありながらシンセサイザー的な使い方もできる。これまでよりも複雑な演奏にも臨めるようになった。

一方でサンプリングした素材は作品づくりだけに限定し、今後も演奏には使わないと決めている。それは過去に録ったものであり即興演奏ではないからだ。たとえば大城真が演奏場所の外にマイクを立て、その音を演奏に使ったことがあったが、そのあり方とは異なるというわけである。だから、岡川にとって即興演奏とは予め準備することを最小化し、その場で出した音に集中するものだ。

ソロで即興演奏をおこなった当初は全体の構成や流れを意識していたというが、デュオやトリオも試すようになって別の要素にも気付かされるようになった(最初の機会は、ギターの秋山徹次、打楽器の野川菜つみとのトリオ演奏であり、やはりFtarriで演奏した)。それは相手の音に反応できること、あるいは反応させられることである。これを通じて演奏に向かうスタンスについても試行錯誤した。相手の音に反応するばかりの受動的な演奏ではなく、もっと自分からアクションをかけてゆくような演奏。以前にやったことを繰り返さない演奏。潔く、シンプルでミニマルな演奏。そのために相手のタイミングに対してつねに意識を集中させ、それを聴いて音を出す。

もちろん「勝ち負け」ではない。その場の空間において音がパーフェクトに近いものか、そうでなければ足りない部分が良くなるような働きかけをすべきではないか、と考えている。そうなると別の悩みも生じた。全体を俯瞰しすぎるあまりに守りに入り、空間の足りない部分を補うにとどまってしまうことがあった。しかし、そのようなことも気にならなくなってきた。

秋山徹次(ギター)は岡川との共演について、自分自身が「ジミヘンを逆回転・速度半分にしたような演奏」をしているのに岡川があくまで冷徹であり、そこがおもしろかったと話した(*1)。岡川はその感想に対して、秋山は特殊な演奏家だから変に寄ると駄目だと思ったのだと振り返る。とはいえ半歩下がって楽をするのではなく、数歩進んでなにができるか。そのためにかれは音圧を高くし、ドローンのように低音を響かせた。結果的に素晴らしい演奏となった。

岡川は、さらに強い緊張感のある演奏、エネルギーを集中させた演奏をしたいと考えている。

レーベル

すずえりと遠藤ふみがトイピアノで共演したライヴをFtarriに観にいったとき(2022年)、客としてすごいと思い、なにかアクションを起こそうと思ったという。いつものように鈴木は録音していた。仮に鈴木がFtarriからリリースしないのであれば、自分が出そうと考えた。岡川が、レーベル「zappak」を立ち上げたきっかけである。

ただ、自分が出演して演奏するよりも自分以外の音楽家たちの演奏や共演が気になるようになってしまったことは、ちょっとこわいところだとも呟く。

他のインプロヴァイザーたち

自分と同じか少し下の世代に伸び盛りのインプロヴァイザーたちがたくさんいて、意識しているという。たとえば、遠藤ふみ(ピアノ)、阿部真武(ベース)、本藤美咲(サックス)、岡千穂(ラップトップ)、鈴木彩文(エレクトロニクス、ヴォイス)、蒼波花音(サックス)といった面々。

遠藤ふみがベーシストとよく共演していることから、織原良次、西嶋徹、甲斐正樹、大熊紺らも気になる存在だ。あるいは河野円や竹下勇馬といったサウンドアート寄りの人たちも好きだと話す。

(文中敬称略)

アルバム紹介

(*1)本連載 vol.5 秋山徹次
https://jazztokyo.org/interviews/improviser/post-84126/

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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