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InterviewsNo. 326

#288 ピアニスト 小橋敦子

Interviewed by Kenny Inaoka via syber media, May 2025

JazzTokyo:新作『Porgy』のリリース、おめでとうございます。何作目になりますか?

小橋:14作目です。アムステルダムに来て今年でちょうど20年、とても感慨深いです。

JT:ベースのトニー・オーヴァーウォーターとは何作目ですか?

小橋:4作目です。トニーとの最初のアルバム『ヴァーゴ』はピアノ、ベース、トランペットでの録音、その 後、彼とのデュオで『クレッセント』と『ア・ドラムシング』の2作をリリースしています。

JT :前作の評価が高かったようですね。

小橋:『クレッセント』は、コルトレーンの楽曲をベースとピアノで演奏するという意外性が注目されたのか、2023年度のオランダ・エジソンアワードにノミネートされました。このアルバムはドイツでの評判もよく、2022年のドイツ批評家大賞 Der Preis der deutschen Schallplattenkritikにもノミネートされています。どちらも受賞は逃しましたが。

JT:今回のアルバムは去年の帰国ツアーのトリオにクラリネット・サックス奏者のマイケル・ムーアが参加しています。ドラムスのあとマイケルについて簡単に説明していただけますか?

小橋:セバスティアンは沖縄在住のオランダ人ドラマーで、林正樹さん、海野雅威さん、石井彰さんなど、日本のアーティストとの共演も数多く行っています。また、オランダのギタリスト、ジェシ・ファン・ルーラーとの日本ツアーをはじめ、日欧のミュージシャンとのコラボレーション企画にも積極的に取り組んでいます。マイケル・ムーアは、オランダ在住のアメリカ人クラリネット/サックス奏者で、1982年からアムステルダムを拠点に活動しています。彼は、ミシャ・メンゲルベルクやハン・ベニンクとともに、オランダの即興音楽集団「インスタント・コンポーザーズ・プール(ICP)」で長年活躍してきました。また、即興音楽やフリージャズからアメリカン・ソングブックの解釈まで、幅広い音楽性で知られています。これまでに、リー・コニッツ、ケニー・ウィーラー、フレッド・ハーシュなど、多くの著名なミュージシャンと共演してきました。また、若手アーティストとのコラボレーションにも積極的に取り組んでいます。今回のレコーディングでは、彼ら二人の参加によって音楽に新たな自由と活力が加わり、より豊かな音色と質感を持つ作品に仕上がりました。

JT:サイトに「ストリーミングの時代になぜCD?」の問いかけがありますが、これは曲(トラック)単位ではなくアルバムとして聴いて欲しいというアピールでしょうか?

小橋:もちろん、それも理由の一つです。私たちミュージシャンは、録音後にアルバムの曲順や曲間の無音の長さなど、アルバム・シークエンシングに多くの時間をかけます。これらはアルバム全体の音楽の流れを作るため、とても重要です。そのため、アルバム全体を通して聴いて欲しいという思いがあります。さらに、CDやLPといったパッケージには、音だけでなく、デザインや質感、コンセプトなど、アルバム全体のストーリーが詰まっています。フィジカルな媒体を通じて、手に触れることのできるものから伝わる特別な感覚が存在すると感じています。これは、詩集や短歌、俳句集などはデジタル画面ではなく、本を手に取って読みたいという感覚に似ているかもしれません。(短歌や俳句は縦書きでないと流れが感じにくいですし。)時代遅れと笑う人もいるでしょうが、そういう時代に生きてこれてよかったなと思います。
今回のアルバム『PORGY』のアートワークは、オランダのグラフィックデザイナー、Esther Noyonsによるものです。彼女は、オランダの演劇やダンスカンパニーのポスターを数多く手がけ、独自の美的感覚で知られています。その作品は、アムステルダム市立美術館のグラフィックデザイン・コレクションにも収蔵されています。『PORGY』のジャケットデザインは、彼女が私たちの音楽を聴きながら構想を練り、懐かしいスピログラフから着想を得たものですが、この幾何学的なパターンは、視覚的にも音楽的にも豊かな広がりを感じさせます。ヨーロッパ盤のデジパックは、三面構造のトリプティック形式を採用し、どこか屏風を思わせる日本的な趣も感じられます。一方、日本盤ではディスクの色を変えるなど、細部にまでこだわりが詰まっています。音楽とデザインが調和したこのアルバムを、ぜひ手に取って楽しんでください。

Jt:もうひとつ、ガーシュインの<I Loves You, Porgy>のバリアントでアルバムが構成されているとのことですが、この曲を素材に選んだ理由と併せて意図を具体的に説明願えますか?

小橋:ある日何気なくピアノに向かってふと指先が拾ったこの冒頭の5音の旋律(ファ・ラ・ド・ミ・ソ)が不思議なほど頭から離れませんでした。この5つの音はドアのチャイムや館内放送の合図で聞こえるあの音です。そんな単純な音から次々と美しい旋律が紡ぎ出される。このガーシュインの魔法にかかってしまったのです。もちろん<I Loves You, Porgy> はニーナ・シモン、ビリー・ホリデイ、マイルス・デイヴィス、ビル・エヴァンスらの名演を通じて親しんできた曲でしたが、あらためてそのシンプルでピュアな美しさに魅せられました。そこで、この曲をどうしても演奏したくなった。ただし、自分たちの独自の方法で。単にインプロヴァイズするのではなく、この曲から派生したバリアント(変異種)を生み出したら面白いだろう、と。 曲のシンプルな構成を生かしながら、メロディーライン、コード進行、トナリティー、リズム・・・それらに自分たち独自の自由な発想を練りこんでいきました。全く違った曲想を持った作品がいくつも生まれましたが、このアルバムにある全ての曲は、どれもガーシュインの<I Loves You, Porgy>に通じています。

JT:また、スピリットとして古典の「守・破・離」に触れられています。能を構成する「序・破・急」ほど耳にしないコンセプトですが、どのような意味合いを持ちますか?

小橋:守破離(しゅはり)は、一説によると14世紀の日本の能楽者、世阿弥が提唱したと言われていますが、「守(しゅ)」は伝統を守ること、「破(は)」はその型を破ること、そして「離(り)」はそれを超越することを意味し、修行の過程を示すといわれています。何ごとにも当てはまるのかもしませんが、考えてみるとジャズはまさにこういった過程を経て変化し、発展してきたように思います。オーネット・コールマンなどはその典型だな、と。NYに住んでいた頃に教えを受けていたスティーブ・キューンも「ジャズの歴史、伝統をよく理解し基本を学び、その上で人の真似でない自分のスタイルを探りながら、さらにオリジナリティーを発揮させていくことが大切」と言っていました。不思議なことに、ジャズと日本の伝統芸能とはどこか本質的に共通点があるような気がします。即興の一期一会もそうですけれど・・・。

JT:今回のアルバムに限っては使用ピアノや録音の詳細データが省略されているのですが。

小橋:あ!忘れていました。今回は自分たちのオリジナル曲が多かったので、そのタイトルを付けるのに気を取られていたせいかもしれません。ピアノはスタインウェイでした。

JT:今回は助成金を得てのアルバム制作だったようですね。

小橋:はい、今回のアルバムは、嬉しいことにオランダの助成金(2か所から!)によって制作が実現しました。私たちの制作動機、コンセプトに賛同してくれ、こうして日本人の私にまでレコーディングへのサポートがあるオランダという国に大感謝です!しかもジャズで!アーティストが自分たちの思いに沿って自由に表現できる作品をつくるためには、こうしたサポートが必要なのだ、ということのようです。でもこれからはこういった助成金も削減の傾向にあります。ヨーロッパは軍事費に力を入れなくてはならず、アートへの予算は年々減ってきています。それでも、日本に比べればまだまだ良い方ですが。

JT:リリースはヨーロッパが先行するようですね?

小橋:ヨーロッパではオランダのJazz in Motion レーベル(distributed by Challenge records) から5月2日にすでに発売されていますが、日本盤はスタジオ・ソングス レーベルから6月4日に発売されます。

JT:このカルテットでのコンサートの予定はありますか?

小橋:カルテットではなくトニーとのデュオですが、​​​​この7月のノースシー・ジャズフェスティバルに出演することになりました。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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