#155 Aron Talas; アーロン・タラーシュ(アーロン・タラス)
ハンガリー・ブダペストの生まれ。フランツ・リスト音楽アカデミーでジャズ・ピアノとジャズ・ドラムを学ぶ。2013年、ハンガリーの国内コンペでトリオで「最優秀ジャズ・コンボ賞」、同年、「ジュニア・プリマ」受賞。演奏地は日本、ギリシャ、ドイツ、ポルトガル他、共演ミュージシャンは、デイヴ・リーブマン、ニルス・ペッター・モルヴェル、アイヴィン・オールセット、ゾルタン・ラントス、コーネル・ファケタ=コヴァチ他。
2015年、モントルー・ジャズ・ピアノ・コンペのファイナリストの一人。
現在、フランツ・リスト音楽アカデミーの伴奏ピアニスト。コダーイ・ヤーノシュ大学ジャズ・ドラム科講師。
最新作は、2017年4月発売の『Aron Talas Trio / Floating island』
http://www.arontalas.com/
Interviewed by Kenny Inaoka (Jazz Tokyo) via e-mails, March 2017
♪ トリオのデビュー・アルバムを自主制作した
JazzTokyo(以下JT):新作『Floating Island』 はセルフ・プロデュースの自費出版ですか?
アーロン・タラーシュ(以下、アーロン):基本的に自費制作です。レーベルがCDの製造コストを負担してくれました。僕がコンサートでの即売のために200枚引き受けました。このスキームが最近一般的なやり方ですね。政府のコンペで出費の半分は償却できましたが。
JT:ハンガリー国内では録音に投資してくれるジャズ・レーベルを見つけるのは難しい状況ですか?
アーロン:僕はむしろ国外で見つけたかった。ハンガリーは小さい国(注:人口:約1千万人)で、ジャズ・ファンは一握りというところかな。
JT:ジャケットにディストリビューターとして日本のガッツ・プロダクションの名前が印刷されていますが、ハンガリーではディストリビューターを見つけるのも難しい状況ですか?
アーロン:ディストリビューション、プロモーション、マネージメント、ブッキング、PR、つまりすべてミュージシャン自身がやることになります。
JT:録音スタジオの状況はどうですか? 選べるオプションはありますか?
アーロン:僕らが使ったハンガリー放送の第6スタジオは素晴らしいスタインウェイのあるアコースティックの良いホールなんだ。ヘッドフォーンを使わないで、トリオがバンドとして演奏して録音したかったので、文句なしにこのホールを選んだんだ。
JT:このトリオがブダペストのジャズ・クラブで演奏しているYouTubeを観ましたが、このトリオはレギュラー・バンドですか?
アーロン:そうです。
JT:トリオ組むようになった経緯を教えてください。何年くらい演奏しているのですか?
アーロン:まだ僕が学生だった7年前にあるコンテストにバンドで出場したんだ。その時、Gyarfase(ヤーフェース)というシンガーの伴奏で、ベーシストのJozsef Barcza Horvath(ヨーゼフ・バルツァ・ホールヴァス)とドラマーのAndras Mohay(アンドラシュ・モハイ、学校の先生だった)が出演してたんだ。
彼らの演奏を聴いてすぐ、いつか絶対彼らと演奏するんだと心に決めたんだ。それから4年後、彼らと念願のトリオを組んだんだ。ところがその夏アンドラシュが急逝してしまって..。しばらくして、あるバンドでドラマーのAttila Gyarfas(アッティラ・ヤーフェース)に出会ったんだ。二人ともトラだったんだけど。彼のプレイがすっかり気に入って、2015年から一緒に演奏することになった。だから、このトリオでは2年間演奏したことになる。
JT:メンバーを簡単に紹介してもらえますか?
アーロン:ヨーゼフはクラシックの訓練を受けたベーシストで、グスタフ・マーラー・オーケストラで演奏していたんだ。ハンガリーではファースト・コールのジャズ・ベーシストで、エリック・トゥルファスtpやジョシュア・レッドマンts、グレッグ・ハッチンソンdsらと演奏している。
アッティラはオランダで学び、オランダのジャズ・シーンでデビューしたドラマーで、ヨーロッパ各地で演奏している。共演者はディック・オーツss、フィリップ・ハーパーtp、ティム・リースなど。
JT:収録した 11曲は全て新曲ですか、馴染みの曲も入っていますか?
アーロン:すべて録音のために書き下ろした新曲ですが、録音の前に何度かライヴで演奏しました。
JT:録音はスムーズに進行しましたか?
アーロン:セッションは2日ちょっとかかったけど、スムーズに進行したと思います。
JT:曲のタイトルはリスナーが何かを想像できる象徴的なものになっていますか?
アーロン:タイトルは曲が完成してから付けているので何かをイメージできると思います。少なくとも僕の中では...。
♪ オリジナルを演奏するインスト・バンドの生活は容易ではない
JT:ハンガリーでのジャズ・スクールの状況はどうですか?
アーロン:ハンガリーの教育課程は3段階あり、エレメンタリ—(初等科)、セコンダリー(高等科;コンセルヴァトワールともいう)、そしてユニヴァーシティ(大学)です。但し、ジャズ科のある大学は3校しかなく、その中で学位を取得できるのはフランツ・リスト音楽アカデミーだけです。
JT:ジャズ・クラブはどうですか?
アーロン:よく知られているのは、ブダペスト・ジャズ・クラブとオパス・ジャズ・クラブの2ヶ所だけです。この2つのクラブはそれぞれ独自の雰囲気があり、外国の有名バンドがよく出演しています。他にもジャズ・バンドが出演していた小さなクラブはいくつかありますが、何れにしてもジャズ関係はすべてブダペストに集中していますね。
JT:ジャズ・ミュージシャンはどうですか?
アーロン:どこでも同じだと思いますが、いくつかのシーンがありますね。
JT:ジャズだけで食べていけるのですか?
アーロン:ほとんどのミュージシャンが、教えたり、ポップスをやったり、アレンジの仕事を受けたり、あるいは音楽に関係のない仕事をやるなど、掛け持ちですね。可能性はいくつかありますが、演奏だけ、とくにオリジナルだけを演奏するインストのバンドは、ジャズで生活するのは容易ではありません。
JT:ロビー・ラカトシュを知っていますか? 彼の国内での活動はどうですか?
ロマ(ジプシー)音楽は今でも人気がありますか?
アーロン:個人的には面識がありませんが、彼はハンガリーではあまり演奏する機会がありませんね。ブラッセルに住んでいると思いますよ。
JT:ECMからアルバムをリリースしたギタリストのフェレンツ・スネットバルガルはどうですか?
アーロン:よく知られていると思います。
JT:世界中の音楽ファンは、ハンガリーの生んだ偉大な音楽家たち、リスト、リゲティ、バルトーク、コダーイらに感謝しているわけですが、もちろんハンガリー国内でも尊敬されていますよね。
アーロン:もちろんです。それから我々のファーク・ミュージックも忘れることはできません。とくにバルトークやコダーイへのフォークの影響は大きいですからね。僕は安易なクラシックとジャズの融合は意図的に避けていますが、トリオではコダーイの美しい<エピグラム 7>に着想した曲を演奏していますよ。
JT:あなたから届いた郵便に貼ってあった切手を見て驚きました。切手というのはメッセージを伝える有力なメディアになり得るものだと。それ自体は国旗の真ん中をくり抜いた800フリントの切手ですが、真ん中に穴の空いた国旗の持つ意味は計り知れないですよね。ハンガリーの悲痛なしかし果敢な歴史を思い出させてくれました。
アーロン:じつはあの切手は無料で配布されたものですが、僕は躊躇なくあの記念すべき国旗のデザインを選びました。真ん中に穴の空いた国旗は1956年の革命のシンボルです。
♪ もっ多くの人たちにオープンにジャズに接してもらいたい
JT:音楽一家に生まれましたか?
アーロン:いいえ。
JT :最初に音楽に興味を持ったのは何歳の頃ですか?
アーロン:ミュージシャンになろうと決心したのはもっと後になってからですが、音楽に興味を持ったのは14歳の頃だと思います。
JT:楽器を演奏し出したには?
アーロン:6歳の時に初等科に入り、そこで、リコーダーとピアノ、パーカッションを学びました。
JT:ジャズに興味を持ったのは?
アーロン:初めはロックバンドのドラムを叩いていたのだけど、レッスンを受けに出かけたジャズ・ドラマーの先生が貸してくれたレコードが、デイヴ・ウェッケル・バンド、チック・コリア、ビリー・コブハム、ジョシュア・レッドマン・エラスティック・バンドらだったのでフュージョンに入りました。オスカー・ピーターソン、チャーリー・パーカー、ホレス・シルヴァー、マイルス・デイヴィスらのメインストリームに興味を持ち出したのはその後のことでした。
JT:音楽アカデミーで学んだのは?
アーロン:ブダペストのフランツ・リスト音楽アカデミーで学んだのはジャズ・ピアノとジャズ・ドラムです。
JT:ピアノとドラムの両方を学んだ理由は?
アーロン:バンドのサウンドに興味があり、アレンジを学べばもっと明確になるのではと思いました。ほとんどのジャズ・ミュージシャンはメインの楽器は何であれピアノは必須で、時にはドラムも演奏するものと認識していました。それに理論書はほとんどピアノで解説していましたしね。僕の場合はピアノがメインになり、次いでドラム、今では完全にピアノ中心ですが。
JT:公開の場で、あるいはプロとして初めてジャズを演奏したのは?
アーロン:17歳の時だったと思います。
JT:好きなピアニストやジャズ・ミュージシャンを教えてください。
アーロン:たくさんいるなあ。影響を受けたアルバムでいうと、ビル・アヴァンス/アローン、ジョシュア・レッドマン/モメンタム、ブラッド・メルドー/ハイウェイ・ライダー、オスカー・ピーターソン/サムバディ・ラヴズ・ミー、ジョン・コルトレーン/ジャイアント・ステップス、チェット・ベイカー/シングス...。
JT:何らかの形で特定のピアニストに影響されたと思いますか?
アーロン:そうだね。誰かの特定のアルバムを長く聴き続けていると多少なりともそのピアニストの影響を受けるのは当然のことだろうと思います。その人の音楽上のアイデンティティは、多少の差はあってもあれこれのミュージシャンの無数の影響が集積されたものではないでしょうか。
JT:来日の経験はありますか?
アーロン:6年前に、佐世保市の近くのハウステンボスのホテルで2週間ピアノを弾いていました。いいところでしたよ。
JT:最後に夢を語ってください。
アーロン:いつの日かもっと多くの人々がジャズにオープンに接してくれるようになったらと思います。ジャズを聴いていた時に僕が体験した魔法にかかったような瞬間を多くの人たちに体験してもらいたいのです。