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InterviewsNo. 264

Interview #206 フランス・デ・ロンド(サウンド・エンジニア)
Frans de Rond (sound engineer)

フランス・デ・ロンド
Frans de Rond (sound engineer, founder & producer of Sound Liaison)

1963年アムステルダム生まれ。幼少の頃から電気、機械、オーディオに興味を持ち、十代の頃はベースギターに夢中になる。ハーグの王立音楽院 The Royal Conservatoire The Hague で録音技術とジャズ・ベースを学ぶ。卒業後、数々のスタジオで録音エンジニアとして研鑽を積み、その後独立。現在の仕事場はヒルバーサムにあるMCO (Muziekcentrum van de Omroep)  studio 2。音楽のレコーディングの他、ラジオドラマ、TV、ライブ・コンサート録音などその仕事ぶりは多岐にわたる。近年、ダウンロード・ミュージック・レーベルSound Liaison を立ち上げ、MCOスタジオ2(旧ヒルバーサム ヴァラ スタジオ studio Vara)でのスタジオ・ライブコンサートを企画するなど、ミュージシャンとリスナーを繋ぐ架け橋として活躍中。

http://www.fransderond.nl/
https://www.soundliaison.com/
https://www.mcogebouw.nl/ 

Interviewed by Atzko Kohashi at MCO studio 2 in Hilversum on March 9th, 2020
Photos:  Courtesy of Frans de Rond & Het Muziekcentrum van de Omroep


―CDが売れない、コンサートの数は減る一方、この状況でミュージシャンは生き残れるのか?

―低予算で自主レコーディングをするバンドが増え続けるが、音のクオリティーはだいじょうぶだろうか?

―無料ダウンロードやストリーミングが氾濫する世の中、ミュージシャンとリスナーの関係はどうなっていくのか?

―音楽を創る人、音楽を聴く人がもっと近づき、支え合っていけないものだろうか?

こんなことを考えて新しい試みをはじめた録音エンジニアがいる。

ヒルバーサムからリスナーに「音」を発信し続けるフランス・デ・ロンドに話を聞いてみた。

Muziekcentrum van de Omroep (MCO) in Hilversum, Netherlands


Atzko Kohashi (AK): 録音エンジニアのあなたが、ダウンロード・ミュージック・レーベルをスタートさせた経緯を聞かせてください。

Frans de Rond (FDR): アイデアは10年ほど前、すでにもうオランダでもCDが売れなくなってきていた。ミュージシャンたちの悩みをよく耳にしていたから、音楽で食べていくのはますます大変になっていくと感じた。コンサートの数は減る一方、CDも売れない。余程の有名ミュージシャン以外はCDを自主制作していた。低予算での録音、ホーム・レコーディングするミュージシャンすらいた。僕は大のジャズファンだから、彼らにとってレコーディングが自分の音楽性の大切な表現手段であることはよくわかっている。こういう状況の中でレコーディングの質がどんどん落ちていきはしないかと不安になった。この先ジャズはどうなっていくのだろう...と危機感を覚えた。

AK: そこで、オランダ特有のギルド精神のように、ミュージシャンと録音エンジニアであるあなたが力を合わせて何かしようと考えたのですか?

FDR: オランダでは今も同業者間での結束は固い。ミュージシャンと録音エンジニアの関係もそうだ。彼らは僕のことをもう一人のバンドメンバーのように思っている(と僕は感じている)。 音楽を創る上での一つのチーム、お互い大変な時は助け合うのが当然だ。幸い僕の仕事場はルーム・アコースティックの良さで知られるMCO のスタジオ2、ピアノはスタインウエイだし、木製の床や壁、天井の高さから生まれる音響は最高だ。このスタジオで優れたミュージシャンに質のよい録音のチャンスを与えてあげたいと思った。

AK:  でもリスクのあることだし、躊躇しませんでしたか?

FDR: 僕はアシスタントは使わない、ただ一人で仕事する録音エンジニアだ。だから、レコーディング作業だけじゃなく、スタジオでのセッティングから、コーヒーを出したり、食事の出前を頼んだり、終わった後の掃除・片付けまで全部一人でやる。ワン・マン・カンパニーだから何でも自分で。この間もドイツからレコーディングに来たクライアントが「そんなことまで自分でやるのかい?!」と驚いていたよ。でも、だから一人で何でも決められる。リスクも一人で負えばいいから、いろいろ挑戦しやすい。自分一人で責任を負えばいいからね。もし大きなレコード会社や大きなスタジオの雇われ社員だったらこうはいかないだろうね。

AK: レーベル名 Sound Liaisonサウンド・リエイゾンはどういう意味ですか?

FDR: Liaisonには絆、架け橋といった意味があって、ミュージシャンとリスナーを繋ぐということ。Sound Liaison は僕と、友人でベーシストのPeter Bjornildとの二人でやっている。Peterはミュージシャンをよく知っているので、アーティストの発掘に大いに貢献してくれている。

AK: ミュージシャンとの契約はどうなっていますか?

FDR: 最初はSound Liaisonがスタジオ代と録音にかかる経費を負担する。つまり僕らはその分を無償で投資するんだ。ミュージシャンは無料で音響のよいスタジオで高音質レコーディングができる。その後、ダウンロード配信の売り上げがブレーク・イーブン・ポイント、つまりスタジオ代と録音費用を越えたら双方に利益が生じる。利益はミュージシャンと折半することにしている。ダウンロードの売り上げが多ければ、彼らも僕たちも共にハッピーというわけだ。

AK: つまりレーベル側がスタジオ代とエンジニアリング経費を負担、ミュージシャンは演奏料を負担、ブレイクイーヴンになったところで双方で利益を分配、ということですね。JTの編集長の話では、このスキームはかつて日本のEWE (East Works Entertainment) というレーベルがやっていたそうです。EWEはCD制作だったそうですけれど。私もそうですが、今でもCDが必要だというミュージシャンが多いのでは?

FDR: ミュージシャンが形のあるものに拘る気持ちはよくわかるけど、CD制作にはコストがかかる。スタジオ代、レコーディング+ミキシング+マスタリング費用、CDプレス代、ブックレットの印刷、ジャケットの写真にデザイン料...ダウンロードならCDをつくるコストが省けるうえ、店頭で販売する手間もない。何より在庫を抱える心配がないから、リスクを最小限にできる!僕らのサイトを見ればわかるが、アルバムのアートワーク(デジタル)もあるし、ライナーノーツも字数制限なし、音源データもきちっと記録している。そこが Spotify や Youtube とは大きく違う点だ。もっとも、ミュージシャンが希望すれば、彼らの費用負担でCDをつくる権利も残している。

AK: Sound Liaison のウエブサイトには High-Resolution Audio Recordingsとでていますね。ハイレゾ音源にこだわる理由は?

FDR: 録音エンジニアとしていい音で録りたいと思うのは当然のこと。Sound LiaisonではフォーマットはDXD, PCM, DSD, FLACとリスナーのニーズで選べるようにしてある。ダウンロード形式でスタジオからダイレクトに送り出されるものは、CD化するときのように圧縮されていないから、マスター音源と同一だ。僕は録音現場の証人として、スタジオで聞こえる実際の音にできるだけ近いものをリスナーに届けたいと思っている。マスター音源はそういう意味では唯一無二のものだからね。臨場感をそのまま届けたいんだ。

AK: 現在のアルバム数は?業績はどうですか?

FDR: やっと30タイトルに。業績はアルバムによってそれぞれだけれど、ミュージシャンにもリスナーにも満足してもらっている(と思う)。まだまだ売り上げ好調というわけではないけれど、やりがいは十分感じている。ステップ・バイ・ステップでやっていければいい。でも利益が出たら僕はそれをすぐ新しい機材に投資しちゃうから、なかなか余裕はないけどね。

AK: あなたにとってよい音とはどういうものと考えていますか?

FDR: ミュージシャンがそこで演奏している姿が見えるような、ピアノのキーが沈み込むのが見えるような、ビジュアルな音を録りたいと思っている。

AK: ハーグの王立音楽院で録音技術を学んだそうですが、当時はすでにデジタル録音だったのですか?

FDR: 僕が音楽院で勉強し始めたちょうどその年、1986年にCDが登場した。ある日、先生が教室にCDを持ってやってきた。僕らはみんな唖然としたよ。あんな小さなもの一枚に全てが収録され、途中で裏返す必要もないんだから!クラス中が興奮したよ。「奇跡だ!」ってね。

 AK: たしか、CDはオランダのフィリップスが考案したものですよね。

FDR: オランダのフィリップスと日本のソニーとの共同開発だ。画期的だったのがソニーのPCM F-1、それを使って僕は初めてデジタル録音をしたのを覚えている。

 AK: CDの収録時間の決定は、当時の大賀ソニー社長、この方はプロのバリトン歌手だったそうですが、ベートーヴェンの第九を収録できる時間にしたいということで79分に決められた経緯があるとJTの編集長から聞いたことがあります。このおかげでキース・ジャレットのソロの即興演奏がストレートで収録できた!ECMにとってこれがCDの最大のメリットだった、と。レコードですと、A面フェード・アウト〜B面フェード・インというのがとても感興を削いだのだとか。CDだと通して聴けますからね。ECM最初のCDは「ケルン・コンサート」でした。

FDR: 確かに、続けて聞けるのはCDの大きなメリットだ。でも、人間の耳にはレコードA面、B面合わせて最大50分くらいが集中して聴くのにちょうどいいという説もあるようだけど。

AK: Sound Liaison での録音方法には何か特色がありますか?

FDR: 最近はワンポイント録音に力を入れている。(他の方法で録ることももちろんあるけど。)ワンポイント録音 の自然で臨場感ある音が気に入っている。今までにNeumann、Shure、AKG、Sennheiserなどのマイクを使ってきたけど、米国のJosephsonに出会ってから考えが変わった。Josephsonのマイクだとクロストーク(楽器同士の交わる音)がとても自然に聞こえる。クロストークはエンジニア泣かせで、なるべく避けようとする人もいる。そのためについ立てを立てたり、それぞれの楽器が別のブースでプレイすることもある。そうすればクロストークに煩わされずに綺麗な音に録れるが、何となく響きが冷たくも聞こえる。Josephsonのマイクを使い始めてから、僕はこのクロストークは雑音ではなく、ライブで聴いてわかるように臨場感を感じさせるのに一役かっていると思うようになった。よりリアルに、その場にいるような自然な音を再現できる。

AK: ワンポイント録音だと、全ての楽器が一緒に混ざって録音されてしまうわけですから、後でミックスしたり編集したりできないでしょう?ミュージシャンは嫌がりませんか?

FDR: アナログ時代は、エンジニアにとってもマイクのセッティングは命がけ、ミュージシャンも後で編集ができないからその時の集中力が勝負。ある意味で、ワンポイント録音はアナログ時代の純粋さに共通しているかもしれない。ミュージシャンもエンジニアの僕も緊張感があっていい。それが音に現れていると思うな。確かに、レコーディングに臨むミュージシャンの態度が変わったように思う。

AK: やり直しの聴かない演奏、緊張感、臨場感、そこから、スタジオにオーディエンスを入れたライブレコーディング&コンサートへのアイデアが生まれたのですね?MCOのスタジオ2で行われている「JAZZ in 2」という観客を入れた公開録音コンサートがそれですね。

FDR:  MCOはオランダで最も古いラジオ放送局スタジオなんだ。1932年にアムステルダムにあったヴァラ・スタジオ(Studio VARA) がこのヒルバーサムの広大な屋敷に移転された。そのヴァラ・スタジオが次第に放送局音楽施設になった。50年代~60年代にはアメリカからスタープレイヤーがやって来て、ラジオの公開録音、レコーディングが頻繁に行わていたらしい。エラ・フィッツジェラルドと JATP のラジオ公開録音が行われたのもこのスタジオ2。エリック・ドルフィーの Last Date のレコーディングもこのヴァラ・スタジオだ。64年当時の公開録音の写真が残っている。だからこのスタジオの公開録音コンサートは僕の発案というわけではない。昔からやっていたこと。今はラジオ放送の衰退で、ラジオ番組で公開録音はやっていない。せっかくのこの由緒あるスタジオがあるのにもったいない!そこからアイデアが出てきたんだ。最高のアコースティックのスタジオと僕の録音技術で、もう一度あの頃のように公開録音で人を集めたいとMCOに掛け合った。もっとも MCO はオランダのメトロポールオーケストラ、ラジオフィルハーモニックの本拠地でもあるから、クラシック音楽のコンサートは頻繁に企画されているが、ジャズは対象ではなかったから。

AK: ヒルバーサムのヴァラ・スタジオは日本人のジャズファンの間でもよく知られています。確か、ビル・エヴァンス トリオもVARAでレコーディングしていますね。最近になってリリースされた 『Another Time – The Hilversum Concert』もそのはずです。ラジオの公開録音番組 Jazz Actieでのライブ録音だとか。

FDR: あ、そうだっけ?当時はラジオ公開録音番組が盛んな頃だったしね、JATPが来た時の写真もある。

AK: それが今、Jazz in 2としての公開録音コンサートが復活したわけですね。で、今のJazz in 2はどんな感じですか?

FDR:  2カ月に一度のこのコンサートはすでに4年目だけど最近はほとんど満席だ。リスナーの多くは日ごろレコードやCD はよく聴くけど、それがどうやって録音されたかというのは全く知らない。昔のラジオの公開録音番組は今はないから、録音スタジオがどんなところかも知らない。そういう人たちが JAZZ in 2 のコンサートで僕のスタジオを訪れて、生の音がどんなものか、そして今まで聴いていたものがどんなふうにして録音されたかを知って本当に驚く。コンサートの後はコントロール・ルームに来てもらって、その日のコンサートを録音したばかりのものを聞かせるんだ。みんな驚くよ。僕らにとっては当たり前のことだが、リスナーにとっては大きな驚きだ。そんな好奇心からか、公開録音コンサートは好調だ。ミュージシャンにとっても音響のよいスタジオ、真摯なオーディエンス、そして音質のよい録音、願ってもないことだろう。そして僕自身も、リスナーの反応を直に見ながら彼らがどんな音を、どんな音楽を聴きたがっているのかを知ることができるから勉強になるしね。

AK: 出演ミュージシャンはどんな人たちですか?

FDR: そりゃ50年代、60年代のようにアメリカからスターミュージシャンなんてとても呼べない。今はオランダのミュージシャンが殆どだ。国内の有名なミュージシャンたちも出演しているけど、ピーターと僕は新しい才能を見つけ彼らに活躍の場を与えたいとも思っている。最近は噂を聞いて自分たちのバンドをプログラムに入れて欲しいと言ってくるミュージシャンも多くなってきた。

AK: 最後にあなたの夢を聞かせてください。

FDR: 僕は録音エンジニアだけれど、音楽はライブで聴くのが一番だと思っている。仕事がら僕はいつもスタジオでミュージシャンの生の音、正直な音を聴くことができる。本当に素晴らしいよ!(たまにそうでない人もいるけど)。だから僕が録音したアルバムを聴くリスナーにも、スタジオで僕が聴いているのと同じような音を聴かせたいと思う。そして、彼らが僕の録った音を聴いて、ミュージシャンたちの本当の音、生の音、ライブ演奏を聴いてみたいという衝動を感じてもらえたら最高さ!ライブのコンサートに行くリスナーが増えれば、ミュージシャンも嬉しい。チケットも売れる。良いレコーディングの機会も増える。僕もその利益でもっと良い機材を手に入れ、より良い録音ができて、リスナーがさらに興味を持って...って具合にね。ミュージシャン、スタジオ、リスナーの絆が強まっていけばいいなあ。そうすれば、ジャズがすたれることもないだろう。

Sound Liaison からリリースされた作品例

このインタヴューを終えてふと思ったのは、日本には素晴らしい録音スタジオがたくさんあったなあ...と。今、そのスタジオはどうなっているのだろう?かつて幾つもの名演、名録音を生み出したスタジオは今まだ存在しているのだろうか?静かに眠っているスタジオがあるのなら、またこんなふうに生き生きと活用できないものだろうか?

インタヴューの日から何日も経たないうちにヨーロッパにもコロナウイルス感染の脅威が襲ってきました。現在(3月21日時点)このMCOのビルディングにあるスタジオは全部閉鎖されています。再開の見通しは今のところまだたっていません。レコーディングは全てキャンセルされ、予定されていた Jazz in 2 も見送られました。レコーディングやコンサートを予定していたミュージシャンも途方に暮れています。

今は誰もがこの困難な時が収束する時をひたすら待ち望んでいます。音楽家が、思い切り自由に演奏できる日が早く来ますように、と。

 

 

小橋敦子

小橋敦子 Atsuko Kohashi 慶大卒。ジャズ・ピアニスト。翻訳家。エッセイスト。在アムステルダム。 最新作は『Crescent』(Jazz in Motion records)。 http://www.atzkokohashi.com/

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