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Interviews~No. 201

#099 Jeff Cosgrove ジェフ・コスグローヴ / drummer

ワシントンDC生まれ。
昨10月、敬愛するドラマーのポール・モチアンの楽曲をカルテットで演奏したアルバム『Motian Sickness~The Music of Paul Motian~For the Love of Sarah』を自費出版した。

Interviewed by Kenny Inaoka(稲岡邦弥/JT)
November 2011
Photos:Courtesy of Jeff Cosgrove

JT:Cosgrove(コスグローヴ)という名前は日本人には馴染みが薄いのですが、ネットにあたってみたところ、かなりヒットしました。しかもJeff Cosgroveも決して少なくない。Cosgrove家のバッググラウンドを明かしてもらえますか。

Jeff:Cosgroveというのは南アイルランドに多い名前なんだ。1920年代初期、父方の祖父が子供の頃、アイルランドのコークからマサチューセッツのボストンに移住してきて、父や叔父たちが造船所で働き出した。70年代に入って僕の父がワシントンDCに移った。

JT:現在もワシントンDCに?

Jeff:いや、今はウェスト・ヴァージニアのシェファーズタウンに住んでいる。ワシントンDCから65マイルほど北に上がった所だ。美しい由緒ある街で、大学があり、ミュージシャンやアーチストが大勢住んでいる。

♪ モチアン・シンドローム

JT:新作CD『Motian Sickness』のタイトルを目にして正直なところドキっとしました。もちろん、Motion Sickness(乗り物酔い)にひっかけたタイトルということは分かったのですが。Motian(モーシャン/モチアン、ポール)が重篤な状態にある、ということを耳にしていたので。
このアルバムを制作するきっかけは?

Jeff:僕自身ドラマーとしてポール・モチアンをディグしリスペクトしてきたわけだけど、彼は単なるドラマーではなく作曲家としてもとても優れているということに目が向く。リーダーとしてバンドも率いてきた。つまり、トータルな音楽家として評価すべき人なんだ。彼の楽曲を研究しているうちに、彼の作品集を制作すべきである、という結論に達しのだけど、構想から実現までに3年半かかった。

JT:モチアンの音楽にもっとも惹かれるところはどこですか。

Jeff:エモーションとスペースだ。エモーションは彼の楽曲に共通した魅力で、しかもうまくバランスが取れている。なかには細かい動きをする曲もあるが、多くは流れが大きくメランコリックな雰囲気を持っている。結果としてどの曲もリスナーのエモーションに訴えかけてきてくるのだが、そのキーとなるのはメロディなんだ。
たとえば、<ザ・ストーリー・オブ・マリアン>についていえば、メロディがとても美しく、ほのぼのしていてインスパイアされるんだ。マリアンというのはポールが愛していたか、とても気にかけていた女性ではなかったかと思う。そう思わせるほどメロディが魅力的で訴えてくるものがあるんだ。一方で、<ザ・ストーリーテラー>という曲は、やんちゃでフォークロア的なニュアンスが強い。趣きはまったく違うんだが、同じように強くエモーションを動かされるんだ。強力なメロディはときに不安感を催させることすらある。ポールの音楽は理論的なしばりに則ったものではなく、ポール自身の心、エモーションから出たものなんだ。僕の目指している音楽そのものでもあるんだ。

JT:とくに好きなアルバムを挙げると?

Jeff:過去10年間、ポールのリーダー・アルバムはすべて手に入れてきたし、サイドメンとして参加したアルバムも1枚1枚コレクションに加えてきた。一種の「モチアン症候群」といえるかも知れない。僕の関心はいつの日かポールのあるレヴェルにまで達したいということだった。もちろん、ポール自身にはなれないことは分かっている。ポールはドラマーとして、また作曲家として独自のヴォイスを持っているからね。僕をインスパイアし続けてくれたポールの音楽には本当に感謝している。今回のレコーディングで少しは応えられてはいると思うんだが。

好きなアルバムはたくさんあるけど、とくにというと、『トリビュート』(ECM,1974)、『ル・ヴォヤージュ』(ECM,1979)、『アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』(WinterWinter,1996)、『サウンド・オブ・ラヴ』(WinterWinter, 1998)だね。ライヴ盤とスタジオ録音が2枚ずつ入ってる。

『トリビュート』は、モチアンのパーカッショニストとしての側面を捉えている。彼がゴングを多用し、伝統的なジャズの奏法で得られる以上のテクスチャに富んだ演奏をしているのがたまらなく好きだ。このアルバムはドラマーが生み出すとても美しいサウンドが最大の魅力だ。ギタリスト(サム・ブラウン/ポール・メッツケ)がスペーシーな演奏をし、メロディを生かしているのも良い。モチアンの楽曲として好きなのは<ヴィクトリア>で、演奏が好きなのは<ウォー・オーファンズ>(オーネット・コールマン作曲)だ。

『ル・ヴォヤージ』は、ポールのサウンド自体に惹かれている。彼のドラミングのタッチそのものにとてもインスパイアされるんだ。バンド・メンバーが楽曲の良さを生かし切った演奏をしている。サックス(チャールズ・ブラッキーン)とベース(J.F.ジェニー=クラーク)、ドラムスのインタープレイに想像力をかき立てられる。それぞれが自分の役割を充分心得ていて相手のスペースを侵すことなく、結果として楽曲と個々の演奏を美の極致に導いている。サウンド処理にスペースがあってモチアンがパーカッショニストのように扱われ、オーヴァートーンを生かした録音はクラシック音楽を聴くような楽しさをもたらしてくれるんだ。

『アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』には本当にインスパイアされる。ビル・フリゼールとジョー・ロヴァーノとのこのトリオはいつもライヴが最高なんだ。<ジ・アウル・オブ・クランストン>は、このヴァージョンが好きだね。セッションに先立ってメンバーにチャートに付けて参考用に送ったのはこの演奏なんだ。この演奏に秘められたエネルギーは繰り返し聴きたくなる魅力を秘めている。モチアン、ロヴァーノ、フリゼールが生み出すケミストリーは間違いなくどの曲にも特別なマジックをもたらしている。<サークル・ダンス>は聴きながらメロディを口ずさんだり、ステップを踏んだりしている。

『サウンド・オブ・ラヴ』もモチアン/フリゼール/ロヴァーノのライヴ盤で、このトリオの初めて買ったアルバムだ。NYのヴァージン・メガストアで楽曲に興味があって手に入れたのだが、NYからの帰途、繰り返し6回は聴いたね。正直なところ、モチアンの作品集を録音しようと決心したのはこのアルバムを聴いたからなんだ。<マンボ・ジャンボ>には唸ったね。誰かと演奏したい衝動を抑え切れなくなった。<ミステリオーソ>はアンサンブルの美しさだね。

♪ チャートはモチアンから直接手に入れた

JT:もちろんポール・モチアンの作品集を手がけた例はなく、譜面集はおろかフォリオも出版されていませんよね。譜面はどうしたのですか?

Jeff:とても緊張したけど、ピアニストの友人に後押しされて、ポールに電話を入れたんだ。彼は、マンドリン、ヴィオラ、ベース、ドラムスという編成を聞いて興奮していたよ。自分の作曲能力についてはとても控えめだったけどね。譜面のこともあるけど、ポールと音楽について何度か話しているうちにとてもインスパイアされるものがあった。

JT:選曲はどういう基準で?

Jeff:ポールが提供してくれたチャートは30曲以上あった。選曲にあたってはポールがドラマーとして録音していない作品というのが基本としてあった。あとは僕がとくに興味のある楽曲を全体のバランスを考えながら選曲していった。

JT:<フォー・ザ・ラヴ・オブ・サラ>には特別な思いがありそうですね。

Jeff:そうだね。たまたま僕のワイフの名前がサラだったから。彼女の存在なくしてこのプロジェクトは実現しなかったといっても過言ではないよ。僕がくじけないようにいつも励ましてくれたんだ。

JT:録音した楽曲の好きなヴァージョンを教えてもらえますか?

Jeff:メンバーに参考用に選んだヴァージョンを教えよう。

1.Dance – Dance (ECM 1977)
2.Conception Vessel – Conception Vessel (ECM 1972)
3.The Storyteller – One Time Out (Soul Note 1990)
4.From Time to Time – Motian in Tokyo (Winter & Winter 1992)
5.The Story of Maryam – The Story of Maryam (Soul Note 1984)
6.Mumbo Jumbo – Motian in Tokyo (Winter & Winter 1992)
7.Arabesque – Holiday for Strings (Winter & Winter 2002)
8.For the Love of Sarah – One Time Out (Soul Note 1990)
9.The Owl of Cranston – The Story of Maryam (Soul Note 1984)
10.One Time Out – One Time Out (Soul Note 1990)

♪ メンバーは皆、一期一会の間柄

JT:レコーディングに参加したメンバーとはレギュラーで演奏しているのですか?

Jeff:そうではない。僕がひとりずつ独断で選んだ。例えば、マンドリン・プレイヤーはバーリントン(ヴァーモント州)の “ディスカヴァー・ジャズ・フェスティバル” のプロデューサーからの紹介なんだ。ジェイミー・メイズフィールドというんだが、何度か彼のフェスに起用されていて、僕は2010年のフェスで彼の演奏を聴いて即決した。ジョン・ヘバートはNYで活躍する僕のお気に入りのベーシストのひとりだ。電話で打合わせただけで、顔を合わせたのはレコーディングのスタジオが初めて。参加する予定だったヴァイオリン奏者がヨーロッパ・ツアーで都合つかなくなり、ヘバートの紹介でヴィオラのマットに変わったんだ。マットはこのプロジェクトに大乗り気でね、2010年11月のヴィレッジ・ヴァンガードでのモチアンのセッションで初めて顔を合わせた。だけど僕らはスタジオで<アラベスク>を演奏するまで一音も合わせたことすらなかったんだ。ちなみに、<アラベスク>は最初に録音した曲で、しかもワン・テイクで上げたんだ。とにかく彼らの創造力は驚異的で、僕のインスピレーションをかき立ててくれたんだ。

僕はこのプロジェクトに3年半をかけたと伝えたけど、その過程で2、3他の編成をトライしたこともあったんだ。しかし、思うような結果は出なかった。たとえば、ブルーグラス系のミュージシャンの場合は、僕らの音楽に要求される柔軟性や即興性に対応できなかった。準備の時間はほとんどミュージシャンの選択に費やされたといっても過言ではないね。ポールの楽曲の持つ美しさをどのように表現できるか、その一点にかかっていた。結果的には完璧な人選ができ、仕上がりにも充分満足しているよ。

JT:ジャズ・アルバムでマンドリンというのには意表を衝かれましたね。

Jeff:僕は以前からマンドリンの音色が好きだったということがまずある。さらに、ポールの楽曲をリサーチしていくとマンドリンがポールの音楽にとてもフィットするように確信を持つようになったんだ。マンドリンの音色が持つ暖かみがポールの楽曲のコードやメロディをとても生かしてくれた。とくにポールの音楽に特徴的なフォーキッシュな側面がね。

JT:アレンジは?

Jeff:スタジオでのヘッド・アレンジだ。全員でね。皆、ギグやツアーでとても急がしく、リハーサルの時間は持てなかった。スタジオで録音の前に、曲ごとに話し合いながらアレンジを決めていった。結果的には皆のアイディアが結集されて素晴らしいアンサンブルが生まれたと思っている。<アラベスク>や<コンセプション・ヴェッセル>はワン・テイクだからね。テイクや新曲の前に素早く話し合ってアレンジを決めただけだけど、演奏はとてもナチュラルに流れていった。

メンバーはレコーディングのために一度だけ集まって、セッションが終わったら皆、散っていった。でも幸い、来年1月にワシントンDCのケネディ・センターで再会セッションをすることになったんだ。できれば、このメンバーで何度か演奏できることを念願しているよ。

JT:君も知っている通りポールは面会謝絶の状態が続いている。延命処置も拒みながらね。ポールはこのCDを聴いたのだろうか?

Jeff:CDが手に届いた時、真っ先にポールに送った。彼も忙しい人だから。電話ではいつも結果を楽しみにしているよ、と励ましてくれたんだ。僕らはすくなくともこのCDを通じてポールの音楽のエッセンスは伝えられたと自負してるんだ。

JT:ポールに奇跡が起きることを一緒に祈ろう。


*編集部より
(2011年)11月23日、ポール・モチアンの逝去が伝えられました。白血病で入院中、肺炎を併発したとのこと。延命措置を潔しとせず、尊厳死を選択したという事実に彼の強い意志を感じました。ビル・エヴァンス・トリオのドラマーという名声に甘んじる事なく、つねに前進と挑戦を続け、ジャズ界に多大な功績を残したポール・モチアン氏に心から感謝し、哀悼の意を表したいと思います。編集長 稲岡邦弥


♬ CD紹介(多田雅範)
https://jazztokyo.org/reviews/cd-dvd-review/post-54829/

初出:JazzTokyo #169 (2011.11.27)

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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