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InterviewsNo. 299

Interview #257 ウォルフガング・ハフナー

18歳の時に、伝説のトロンボニスト、アルベルト・マンゲルスドルフに見い出されて音楽活動を開始。これまでに16枚のリーダーアルバムを発表するほか、パット・メセニー、ボブ・ジェイムス、リー・リトナー、ジョー・サンプル、ラリー・カールトン、チャック・ローブ、チャカ・カーン、ジョニー・グリフィンら数多くのトップ・アーティストたちから重用され、400枚超のアルバムに参加。世界的ドラマーのウォルフガング・ハフナーが3年振りのスタジオ・アルバム『Silent World』(ACT)を発表した。2月にプライヴェイトで来日した彼にインタヴューをすることに成功。ビル・エヴァンス、ティル・ブレナー、ニルス・ラングレン、ドミニク・ミラーらの豪華ゲストを迎えて作り上げた『Silent World』のコンセプトや、そこに込めた想い、今後の予定などを聞いた。

Interviewed by Kazune Hayata 早田和音  in Shinagawa Prince Hotel February 3, 2023

 

――アルバム『Silent World』は、スタジオ・アルバムとしては、『カインド・オブ・タンゴ』以来3年振りの作品ですが、このプロジェクトがスタートしたきっかけをお話しいただけますか?

スタートしたのは2020年。COVID-19のパンデミックがきっかけになって生まれたアルバムだ。ただし当初はアルバムを作ろうと思って始めたものではない。自然発生的に生まれたアルバムだ。

――それはどのようなことでしょうか?

パンデミックが始まったのが2020年春。当初は先行きもまったく見えず、何をしてよいのか分からない状態だった。突然、すべてのライヴ・スケジュールやツアーの予定がすべてキャンセルされ、することが無くなり、街もロックダウン。できることといえば、家で料理を作ったり、音楽を聴いたり、テレビを観ることくらい。最初の2~3週間はそうやって過ごしていた。ところが、そのうちにこんなふうに過ごすのはいいことではないと気付き、ピアノを弾くことにしたんだ。そうしていると、驚いたことに自然にいくつものメロディが浮かんでくるようになった。そうして書き上げていった作曲をひとつのアルバムにまとめたものだ。

――ということは3年がかりの作品ということですね。

その通りだ。ありがたいことに時間は潤沢にあったのでね(笑)。思えば、私は今年で57歳。あちこちのクラブでの演奏をしながらアルバムを作って、海外ツアーに出るという生活を30年以上続けている。世界がひっきりなしに動き続ける中で、私も忙しく演奏活動を続けていた。ところが世界がまるで機械の電源でも抜かれたように突然に動きを停止したんだ。ベルリンやニューヨーク、東京、どこもかしこも、それまで人や乗り物が行き交い騒音が溢れていた世界に静寂が訪れた。アルバム『Silent World』はそうした世界を音楽で表現するという試み。静寂で平穏な世界を描いている。

――アルバムを聴いて最も印象的に思ったのは、とてもポジティヴな空気が流れていることです。

ありがとう。そういうふうに感じてもらえて嬉しいよ。パンデミックやそれに伴うロックダウンなどで世界経済や交通がストップしたのは本当に辛いことではあったけれど、こうして一旦ストップしてしまうと、それまでの世界が性急に過ぎたのではないかとさえ思えてくる。そんな中でツアーやライヴ活動から離れた僕には、これまでの人生を振り返る時間も生まれたし、自分の音楽を見つめ直すこともできた。自分が本当にやりたいことが何なのをじっくり考え、自分の好きなもの、目指すものをはっきりと自覚することもできた。一種のカタルシスさえ感じたほどだ。とても有意義な時間だったと言えるね。そのマインドがアルバム全体に反映されているように思う。

――作曲は順調に進んだのですか?

とても順調だった。最初に書いた曲は「Here and Now」だけど、この曲は、ピアノを弾き始めて直ぐに思い浮かんだメロディを曲にしたもの。世間でよく言われる、降りてきた曲だ。僕の作曲方法は、ここにこのハーモニーを入れてみようとか、この辺でこういうグルーヴを入れようとか、そういうふうに計画的な感じで作るわけではない。瞑想して感じ取ったままに作曲するタイプ。音楽が私を導いてくれる流れに従って書き進めるんだ。以前はツアーやライヴなどの合間に、今日はここまでにして仕事に出掛けよう、というように時間を区切りながら書かなければならなかったけれど、今回はじっくり作曲に没頭できたのでとても快適に進めることができた。

――そうした楽曲がそれぞれ密接に結びついて、ひとつの音楽ストーリーを描いているように感じました。

それは嬉しいね。このアルバム自体がひとつの曲だと考えてもらってもいいと思う。このアルバムには、この3年間に作曲した約20曲の中から11曲を選び出して演奏しているのだけれど、収録する際には楽曲ひとつひとつのイメージだけでなく、それらが有機的に結びついて大きな流れを生み出すことができるよう、全体像を思い浮かべながら注意深く進めていったからね。僕は世代的にもアルバム派の人間。EPのような短い曲をあちこちから選び出して聴くのではなく、1枚のアルバムをじっくり聴くタイプだ。いつも1時間くらいの音楽の旅をする感覚で聴いている。良いアルバムというのは、いったん“プレイ”のボタンを押したら直ぐさまその世界に引き込まれ、“ワオッ!次はどうなっていくんだろう?”と思いながら最後まで聴き切ってしまう作品。決して途中で“スキップ”や“早送り”のボタンを押すことのできないアルバムだ。リスナーの皆さんをそういう音楽の旅にお連れしようと思って作ったアルバムだ。

――演奏メンバーも素晴らしいですね。ジモン・オスレンダー、トーマス・スティーガーらのレギュラー・トリオだけでなく、ビル・エヴァンス、ティル・ブレナー、ドミニク・ミラー、ニルス・ラングレンというゲスト陣がアルバムにアクセントを添えているように感じました。

ビルやティル、ドミニク、ニルスは僕の昔からの親友。いずれも独自の音色とテイストを持ったアーティストだ。このアルバムはひとつのストーリーを持っているけれど、その中で彼らの存在感のある演奏でストーリーにメリハリを付けようと考えてのものだ。

――その演奏の基盤になっているトリオについてお聞かせください。ジモン・オスレンダー&トーマス・スティーガーとあなたのトリオ演奏がとても見事に溶け合っています。

ジモンは2017年頃から参加してもらっている。若いけれど、彼独自のテイストを持っているうえに柔軟性にも富んだピアニストだ。トーマスはジモンから薦められて参加してもらったベーシスト。このふたりを迎えたトリオが私の現在のレギュラー・トリオだ。

――アルバム『Silent World』はとても美しいトリオ演奏「Forever and Ever」で締め括られています。この演奏を聴くと、このトリオのアルバムも聴いてみたいと思うのですが、そのご予定はありますか?

とても興味深い質問だね。実は数年前までは、もうそろそろこのトリオのアルバムを作ろうと思っていた。それを変更して『Silent World』の制作に移ったんだ。

――方向転換された理由は?

先ほど話した「Here and Now」の作曲がきっかけだ。あのメロディは、最初に話したように自然に思い浮かんだメロディなのだけれど、その時、ビル・エヴァンスの張りのあるサックスの音色とアルマ・ナイドゥの美しい声も一緒に頭の中に聴こえてきた。旋律とサウンドがセットになって現れたんだ。その時に、このアルバムはアルマの歌声やホーンを加えたサウンドで作り上げようと決心したのが理由だ。ただし、ピアノ・トリオのアルバム・プランが消えたわけではない。近い将来、そちらのアルバム制作にも取り掛かるつもりだ。

――楽しみにしています。それでは、今後の御予定をお聞かせください。

今年3月に、ジモン・オスレンダー&トーマス・スティーガーとのトリオにアルマ・ナイドゥとトランペットのセバスチャン・スタニツキーを加えた5人で『Silent World』のツアーを開始することになっている。ヨーロッパを中心に回る予定だ。日本にも来年には伺おうと計画しているので楽しみにしていてください。

 

 

 

 

早田和音

2000年から音楽ライターとしての執筆を開始。インタビュー、ライブリポート、ライナーノーツなどの執筆やラジオ出演、海外取材など、多方面で活動。米国ジャズ誌『ダウンビート』国際批評家投票メンバー。世界各国のメジャー・レーベルからインディペンデント・レーベルまで数多くのミュージシャンとの交流を重ね、海外メディアからの信頼も厚い。

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