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InterviewsNo. 303

Interview #263 タツ青木

Text and photos by Akira Saito 齊藤聡
Interview:2023年6月6日(火) 四ツ谷にて

渡米まで

タツ青木は、シカゴ在住のベーシストであり三味線奏者でもある。1958年に東京・四谷荒木町の料亭「豊秋」の長男として生まれた。もとより花街であり、かれの家もかつては芸者を抱える置屋だった。そのため幼少時から三味線や太鼓など芸事に慣れ親しんだ。

早熟な若者だった。それも実家に任侠道の人たちが出入りしたり、父親が新東宝のプロデューサーであったりしたことと無縁ではない。中学生になると、アングラアートのパフォーマンスが繰り広げられる場所に出入りするようになった。「銀粉を身体に塗ったストリッパーにサックスや三味線が共演するような変ちくりんなパフォーマンス」なんかも記憶にある。そして、文学の安部公房、音楽の武満徹、映画の勅使河原宏らがそこにはいた。勅使河原には「なにかやるんだったらヨーロッパだ」と鼓舞された。

ただ、青木はアメリカの実験映画に憧れた。シカゴ美術館ではスタン・ブラッケージやペーター・クーベルカといった先鋭的な映画作家が教えているというし、音楽のほうではAEC(アート・アンサンブル・オブ・シカゴ)やサン・ラーが登場してきていた。ソウルやブルースなどの影響が強かった日本にあって、青木にとってかれらはとても刺激的な存在だった。そんなこともあって、青木はシカゴに渡ってみた。

シカゴでの出会い

もとより青木はビートルズ、はっぴいえんど、シュガーベイブ、サディスティック・ミカ・バンドなどを意識して、バンドでエレキベースを演っていた。アコースティックベースも、ヤマハで教えている人に借りては演奏していた。だから、シカゴではまずブルースやジャズのクラブに出入りしてベースを弾いた。

そんなときに、シカゴのインディレーベル・Southport Recordsのプロデューサー兼ピアニストのブラッドリー・パーカー・スパロウと知り合った。スパロウはアヴァンギャルドの面々とギグをよく演っていて、「共演してみないか」と言って、サックスのヴォン・フリーマンやギターのジョージ・フリーマンを青木に紹介してくれた。かれらは兄弟で(ヴォンが兄)、サックスのチコ・フリーマンはヴォンの息子である。

ヴォン・フリーマン、ジョージ・フリーマン

ヴォン・フリーマンと演ってみると、どちらかといえばハードバップ的というのか、ジャズのメインストリームに近いという印象を覚えた。もちろんすばらしいサックス奏者であり、2枚ほど共演して吹き込んだりもしたが、青木と音楽的なウマが合ったのはジョージ・フリーマンのほうだった。ジョージは今年(2023年)、96歳になった。

ジョージはブルース的でありながらアヴァンギャルドで、「変ちくりん」でもあった。普通のピックを使わず、箪笥の金属製の丸ノブを使ったりもして、そのためスライドギターのような音が出ていた。青木にとってはメンターのような存在だ。かれのアーカイヴ録音はSouthport Recordsからリリースされたばかりであり(『Everybody Say Yeah!』)、青木もそこでベースを弾いている。

フレッド・アンダーソン、Velvet Lounge

同じシカゴ・アヴァンギャルドのサックス吹きではあるが、フレッド・アンダーソンの個性はヴォン・フリーマンのそれとはまったく異なっていた。晩年にも70歳を過ぎたとはとても信じられないほどの耐久力で吹きまくっていた。

かれはVelvet Loungeで月に1回演っており、客としてAACM(Association for the Advancement of Creative Musicians)系の面々がやってきた。そんなわけで、ムワタ・ボウデン(リード)、エドワード・ウィルカーソン・ジュニア(リード)、ニコール・ミッチェル(フルート)らと知り合うことができたし、フレッドがロスコー・ミッチェル(リード)やドン・モイエ(ドラムス)を紹介してくれた。AECのマラカイ・フェイヴァース(ベース)、ジョセフ・ジャーマン(サックス)、ミッチェル、モイエとそれぞれアルバムを作ったことを、青木はラッキーだと思っている。最近ではダグラス・ユワート(多楽器奏者)とデュオを吹き込んでもいる。

だからVelvet Loungeは青木にとってスクールのようなものだ。なかでもニコール・ミッチェル、エドワード・ウィルカーソン・ジュニア、ジェフ・パーカー(ギター)の3人は天才だと言ってよいだろうと青木は話す。なお、ニコールは青木が主催する太鼓のコンサートにも出演してくれている。青木も参加したニコールのアルバム『Mandorla Awakening Ii: Emerging Worlds』は傑作だ。

シカゴの特徴

青木からみれば、東京やニューヨークでジャムセッションやギグをやっても「上手い奴」ばかりで音楽エリートたちの「production value」があるという感覚だ。シカゴにはそのようなものがなくて、こんな人が演ってもいいのかという場合がよくある。それがシカゴの音楽の原動力であり、発展途上のバンドが多い。そのような者たちがフレッドのもとに集まった。

このことは重要だ。東京やニューヨークではクラブのクオリティはあっても発展させる場所が少ないだろうというわけだ。これを青木に言わせれば「everything is processed」。そのためにおもしろい音楽的価値やバンドが出てきにくいシステムだ。シカゴはいい意味で泥くさく、「整理されていない」のだ。発展途上が受け入れられるシーンであり、未熟者を連れていってもよい。これは音楽に限らない話で、シアターのカンパニーも同様だという。

だから、青木も自分自身のベースが受け入れられたのだろうと話す。フレッドもハミッド・ドレイクも青木のベースのことを「太鼓のようだ」と評した。それも、青木の音楽的出自がロックであり、ジャズの言語を持たないからだ。シカゴでなかったらこのように出てくることもなかっただろう。Southport Recordsのプロデューサーのお墨付きをもらったことも幸運だった。

そのような意識はリスナーにもあって、シカゴ・ブルース・フェスティヴァルを観に来た日本人が「下手だった」と言って帰っていくことがままある。青木に言わせれば、「かれの音はそういう音なんだよ」。つまり誰が演っているかが重要なのであって、それこそが「body of work」なのだ。たとえばベース奏者のロン・カーターだってピッチが批判されることが多いが、青木はカーターのイントネーションが曖昧なところが好きだと話す。チェロならヨーヨー・マのほうがパブロ・カザルスより上手いけれどパブロにはオーガニックな魅力がある。津軽三味線であれば高橋竹山より吉田兄弟のほうが上手いけれど、上手すぎる、と。

シカゴの新しい世代

シカゴでの活動をバックボーンとして、エクスペリメンタルの領域で新世代が出てきている。杉本舞(アルトサックス)、江口弘史(ベース)、青木希音(太鼓)などはおもしろい存在である。

青木希音はタツ青木の娘であり、2021年にリリースした太鼓のソロアルバム『No Traffic in Space』はミニマリズム的なサウンドスケープでもある野心作だ。彼女は32チャンネルのスピーカーを使ったインスタレーションを手掛けてもいる。青木自身は、娘には組太鼓ばかりをやらせた反動だろうと笑う。

これまでシカゴにも人種的な意識や差別が常にあって、かつてはアジア人は黒人と共演しても白人とは一緒に演らなかったという。青木の世代でもそうだった。しかし新世代のアジア人たちは白人とも普通に一緒に演っているよと話す。

アジア的なもの

シカゴでの活動は長いわけだが、青木は自分自身についてアジア的なものがどうしてもあるのだと話す(「お米チック」と)。だから「シカゴ・アジアン・アメリカン・ジャズ・フェスティヴァル」を続けてきた。毎年11月半ばに開催しており、28年目にあたる今年(2023年)は、ロサンゼルスを拠点とするサックス奏者のオオバ・ヒトミや尺八奏者のデヴォン・オサム・ティップ(ニコール・ミッチェルの弟子筋にあたる)らが出演する予定だ。

The Miyumi Projectは青木がアジア系・アフリカ系アメリカ人たちを集めて始めたプロジェクトであり、結成から25年ほど経った。これまでにベスト盤を含め6枚のアルバムをリリースしており、じつにユニークなサウンドだ。中にはオノ・ヨーコ集『Skylanding』という試みもある。青木は常にプロジェクトを取り仕切っており、メンバーはそのときによって変わる。最近は希音も参加している。

シカゴのヴェニュー

Velvet Loungeが無くなってからも、もちろんシカゴには良いヴェニューがある。ジャズ系ではJazz Showcase、Green Mill、Andy’s Jazz Club、それに加えて先鋭的なところではConstellationとElastic Arts。いちどはなくなったが復活したHotHouse。小さいけれどもHungry BrainやComfort Stationも刺激的。パフォーミングアート系ではLinks HallやHigh Concept Labs。MCA(シカゴ現代美術館)は大掛かりなステージ。

青木が芸術総監督を務める「司太鼓」は太鼓道場であり、演奏ができるスペースも準備しているところである。いまもVelvet Loungeのドアは道場に飾ってある。近藤等則(トランペット)、ハミッド・ドレイク(ドラムス)、青木が参加したフレッド・アンダーソンのアルバム『LIVE VOL.V』のジャケットアートにもなっているものだ。

(文中敬称略)

Fred Anderson Trio at Norhsea Jazz Festival(2000年)

 

司太鼓

齊藤聡

齊藤 聡(さいとうあきら) 著書に『新しい排出権』、『齋藤徹の芸術 コントラバスが描く運動体』、共著に『温室効果ガス削減と排出量取引』、『これでいいのか福島原発事故報道』、『阿部薫2020 僕の前に誰もいなかった』、『AA 五十年後のアルバート・アイラー』(細田成嗣編著)、『開かれた音楽のアンソロジー〜フリージャズ&フリーミュージック 1981~2000』、『高木元輝~フリージャズサックスのパイオニア』など。『JazzTokyo』、『ele-king』、『Voyage』、『New York City Jazz Records』、『Jazz Right Now』、『Taiwan Beats』、『オフショア』、『Jaz.in』、『ミュージック・マガジン』などに寄稿。ブログ http://blog.goo.ne.jp/sightsong

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