アーカイヴECM 「アイヒャーのクリスタル・サウンド」菅野沖彦
ECMレーベルを初めて聴いたのは、チック・コリアのソロ・アルバムによってだったと記憶する。月並みに表現すれば、ひどく明確な一音一音の粒立ちと、ソリッドな音、シャープな音像、透明なソノリティは、新鮮で強烈なものだった。私の仲間の多くは、この録音を高く評価して、これぞ現代のジャズが求めていた音だという意味の発言を異口同音にしたものだった。私も彼等の意見とは基本的に一致する直感的印象をもっていたようだが、それを現代のジャズが求めている音というものが理解できなかったといったほうが正直だろう。あまりにも茫漠としたそのイメージは私にはなんらの実感も与えなかったのである。むしろ、私は、現代に生きるマンフレート・アイヒャーという人間、ジャズ・プロデューサーの内面が表現された音という意味にそれを勝手に解釈しなければいられないほど、その音は個性的であった。
私は勝手に、アイヒャーのクリスタル・サウンドと呼んでいたものである。日を置いて、例のチック・コリアとゲイリー・バートンのデュオ・アルバムに『クリスタル・サイレンス』というタイトルがつけられているのを見てびっくりした記憶がある。どういう動機や意味から、このアルバムに『クリスタル・サイレンス』というタイトルがつけられたかは知らないが、私にはそのタイトルは、まさにアイヒャー氏の音の世界を表現しているように感じられてならないのである。断って置くが、私は、アイヒャー氏とはもっとも意見のあう録音制作の仲間であることを、彼とミュンヘンで会って以来、先日の来日時にも、私の家で夜を徹して語って確認している。そして、彼の仕事には大きな敬意と憧れをもっているものだ。
*初出:「ECM booklet」1975
菅野沖彦 Okihiko Sugano
録音プロデューサー。オーディオ評論家。1932年、東京生まれ。
「朝日ソノラマ」編集長を経て、オーディオラボ社設立、多数のクラシック/ジャズ・レコーディングを手がけ、『セシル・テイラー / ソロ』(TRIO)他、最優秀録音賞受賞。
1976年、『キース・ジャレット / サンベア・コンサート』(ECM) 録音担当。著書に『新レコード演奏家論』(ステレオサウンド)他。