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R.I.P. 近藤等則No. 271

追悼 近藤等則 JamRice 岩神六平

text by Roppei Iwagami 岩神六平

トランペットの近藤等則の訃報が駆け巡っている。

初めて目にしたのはピットイン・ティールームで、まだ近藤俊則だったころ、ドラムの土取利行とのデュオだった。当時日本のフリージャズ界を席巻していた山下洋輔トリオを彷彿とさせるエネルギッシュな演奏で、山下トリオの演奏スタイルをよくとらえていた。現場もよくご一緒したものだが、ジャズの現場もあれば浅川マキのバンドでも欠かせない存在だった時期がある。海外でも活躍し、スクラッチやノイズ、アンビエントをいち早く取り入れた先鋭的な活動を展開する。

富樫春生: key、酒井泰三: guitar、Яeck: bass、山木秀夫: drumsからなるIMAバンドを結成し活躍するが、エレクトリック化も進みその頃からだんだん疎遠になっていった。僕のような旧世代人にはせっかく生楽器の良い音を持っている人のエレクトリック化は、勝手な一ファンに立ち還ってみればマイルスをはじめどうも受け入れがたいこともあるものなのだ。

それはさておき、僕が山下洋輔の事務所を任されジャムライスという会社を立ち上げた最初のレコーディングがあるのだが、その名(タイトル)も『JAM RICE RELAXIN’』、演奏はJam Rice Sextetでメンバーは山下洋輔: piano、坂田明: alto sax、ジェラルド大下: tenor sax、近藤等則: trumpet、望月英明: bass:小山彰太 : drumsで、アルバム両面にまたがるフリージャズのレコードだった。その後色々と近藤等則とは付き合いがあって、ヨーロッパに移住する時だったか、まだその前のツアーに出かけるときだったか忘れたが、東京を経つまさにその時、新宿南口の跨線橋の上(要は南口のあたり)で落ち合って何がしかのまとまったギャラを渡したことがある。これはその後顔を合わすたびに感謝されたものだが、5年前にドラムの山木秀夫、LUNA SEAのギターSUGIZOとのライブを本当に久しぶりに渋谷QUATTROに見に行った時は関係者に取り巻かれていてゆっくり話すことはできなかった。

又、時々色々と思いだすこともあるだろう。謹んでご冥福をお祈りします。


岩神六平
山下洋輔のマネジメント「ぐがんプロダクション」、同じく「テイク・ワン」のスタッフを経て1977年「JamRice」設立。その後 JamRice を退いてロック系に転身、RIKUO、The Groovers、戸川純、P-Modelのパブリシストと並行して岩神六平事務所として多方面にわたるコンサート制作を行う。現在JamRiceに出戻り中。

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