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R.I.P. ミルフォード・グレイヴスNo. 275

追悼 ミルフォード・グレイヴス by 川口賢哉

text by KenYa Kawaguchi 川口賢哉

最初にミルフォードさんと、ニューヨークで会話した時、彼が自分を認識していたことに、少なからず驚いた。確かに、その少し前の、ストーンでの彼のライヴに、日本人が二人だけいた、ということを、土取利行さんから後に聞いたのだが。彼は日本、特に白州での思い出を、とても深く留めており、その話をやめなかった。自分が彼を知ったのは、間章氏の本を読んだからである、と伝えると、彼のテンションは高まり、間章氏の批判をはじめた。彼は続ける、ある観客が彼のドラムセットの運搬を手伝おうと、彼の機材に手をかけた瞬間、間章氏は、彼の機材に触れるんじゃない、と強い口調で、その観客を怒鳴りつけた、と言うのだ。自分は少し考えた、そして、彼は、決定的なことを言った。間章氏は、全く心が閉ざされた人間だった、と。自分は知っていた、間章氏がその文章の中で、ミルフォードさんは、最後のフリー・ジャズ・ミュージシャンとして、彼自身の強さの中で孤立していくだろう、と呟いていたことを。間章氏の眼はもう、ハン・ベニングさんの方へと、向かおうとしていた。間章氏は、あと1年長く生きれば、絶対にミルフォードさんへの批判を展開したと、自分は断言できる。そして、ミルフォードさんと、海童道祖との確執のことも知っていた。ミルフォードさんは、海童道祖との対話の中で、海童道の音楽は、スピリチュアルなものである、と語ったと伝えられている。道祖は、通訳を通じてそれを聞いたとたんに、海童道は、スピリチュアルなものとは全く違う、ミルフォードさんは何も分かっていない、と強い不快感を表明したと。このことを、道祖は最後まで強調していたと、自分は聞いている。ミルフォードさんも、期待したものを得られなかった、との想いを残していた。自分はその場にいることが出来なかったので、何があったのかは、まるでわからない。しかし、多くの人が語るように、間章氏の夭折は、許し難いものであった。ミルフォードさんは、その後も、ニューヨークで大きな影響を与え続けた。横道に逸れるが、自分が彼の訃報を知ったのは、ニューヨークの、ヴィーガンのコミュニティからの配信だった。彼はクイーンズ区ジャマイカの有名人だったが、近隣の住人は、彼が著名なミュージシャンだとは、知らなかった。彼はただ、自宅に薬草を育て、漢方の研究をしている変わった人物と思われていた。彼が教鞭を取った、ベニントン大学の学生の中には、本人自身がドラムを叩くばかりで、本人の思想ばかりを語る彼を、よく思わない人も多くいた。自分の夢想の一方で、いつの間にか、彼は他の観客から質問を受けて、答えていたが、いきなり自分の方を振り返り、また先程の話の続きをはじめ、しばらくずっと自分を見つめた。自分はこう答えた。確かに、ミルフォードさんの言うように、間章氏は、あなたのようには、心が開かれた人間ではなかった、かもしれません、ですが彼は彼のやり方で、心が開かれていったのだと思います、いづれにせよ、彼は音楽の世界を去っていたでしょう。彼は大きく、うん、と言葉と共に頷いた。自分は、ジェイミー・ミューアさんのことを、思い出していた。ミルフォードさんから、強い影響を受け、未だにロバート・フリップさんに、呪詛のように、影響を与え続けるミューアさんは、音楽をやめ、修行の道を歩んでいる。彼に、もし、もう一度会えれば、ミューアさんのことを聞きたかった。ミルフォードさんは、いつも若者に憧れている、いつでも若者が好きだ、と語っていた。そして彼は、海童道祖は、100年で最高の尺八奏者だったよ、と語った。自分は、200年かな、と答えた。ミルフォードさんは、輝く瞳とともに、武道家式の合掌をしたので、自分も武道家式の挨拶で答えた。日本に帰った時、海童道の我が師に、ミルフォードさんの言葉を伝えると、老師匠は、そうかあ、ついに通じたんだなあ、と、にこやかに、どこかへ眼をやりながら、呟いた。

©KenYa Kwaguchi

川口賢哉 KenYa Kawaguchi
広島市出身。ニューヨーク市在住。海童道師。東京の海童道江月派に法竹を学び、早稲田大学大学院で、道元禅師の正法眼蔵を学ぶ。学術および芸術修士号を取得後、渡米、ニューヨークの Creative Music Studio で、即興演奏を学ぶ。共演者に、白石民夫、井上みちる、豊住芳三郎、カール・ベルガー、ミン・シャオフェン、ウィリアム・パーカー諸氏等がいる。香村かをり氏と、崔善培トリオを結成。法竹による実験音楽『雨露』(ちゃぷちゃぷレコード)発売中。

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