JazzTokyo

Jazz and Far Beyond

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R.I.P. 悠雅彦No. 308

悠雅彦さんの思い出 本誌編集長 稲岡邦彌

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

悠さんにまつわる事実であまり知られていないのが癌の闘病生活ではないだろうか? 僕も他人の病状を詳らかにするのは憚れるとの判断から公にしたことはなかった。ところが、最近、彼の『モダンジャズ群像』(1975 音楽之友社)と並ぶ名著『ジャズ 進化・解体・再生の歴史』(1998 音楽之友社<音楽選書78>)を繰っていたところ、なんと「あとがき」でご自身がそのことに触れていることに気付いたのだ。「1988年8月、駆け込んだ病院で癌を宣告された。(中略)大腸の三分の二を切除する手術を受けた。(中略)だが、年も明けないうちに癌は転移した。(中略)(最近になって執刀医師から余命はよくて半年だったと家人から打ち明けられた)」余命の宣告を受けた奥様から電話があり「最後の挨拶に見舞ってやってほしい」と。ひとりで出かける勇気がなく鯉沼利成氏に声をかけた。当人はそれほど落ち込む様子はなく、転移した癌が破裂してリンパ腺を通って癌細胞が身体中に散らばった。多分、長くは持たないだろう、と言うようなことを淡々と語ってくれた。
しばらくして「NYに行きたいんだけど付き合ってくれないか」と電話が入った。この時は安宿のツインベッドをシェアした。聞くところによると、放射線や薬剤による抗がん治療に耐えられず病院を脱出したのだという。残り少ない余命を悔いなく過ごしたいんだ、とその一心は強烈だった。食事をマクロビオテックに切り替え、プロポリスを欠かさない。それと心の拠り所としての宗教。NY滞在中はブラウンライス(玄米)とコーヒーを求めてあちこち彷徨った。この渡米で自信を得たのか、NY取材やキューバ滞在を展開していくのだ。
悠さんとは十指に余るプロジェクトを体験したが、その中から3つを挙げるとすると、1)アーティスト・ハウスでのオーネット・コールマンとの出会い 2)シカゴAACM10周年記念コンサート取材とWHYNOTレーベルの設立 3)Jazz Tokyoの創刊 だろう。オーネットはじつに人間味のある人物で僕らのリクエストを聞き出し近所のデリヘドリンクを買い出しに行ってくれたり、JuJuのビデオを再生しながらアフリカへの思い出を語ってくれたり、篠原有司男のロフト・パーティへ誘ってくれたり。この時の出会いが後にCaravan of Dreams へと繋がる。


WHYNOTは旧トリオレコードがシリーズ発売したDelmark原盤のAACMシリーズが原点。清水俊彦さんの力の入った長文の解説が話題を呼んだ(単行本に収録されている)。創立10周年記念コンサートに駆け付けた。総師ムーハル・リチャード・エイブラムス以下子供から成人まですべて音楽で繋がったコミュニティ。僕らの耳を惹きつけたヘンリー・スレッギルとチコ・フリーマンはその後の活躍にみる通りである。WHYNOTレーベルは、悠さんの治療費捻出のために英BlackLion(現Candid)に譲渡された。
JazzTokyoは、2004年6月創刊。来年20周年を迎える。モットーは、米Downbeatの「Jazz and Beyond」の向こうを張って「Jazz and Far Beyond」とした。この「Far」があるおかげで「地下音楽」から「純邦楽」、もちろん、「クラシック」も扱えるわけだ。事実、悠さんの守備範囲は広かった。「シャンソン」「コンテンポラリー・ミューシック」…気の赴くままなんでも「食べ歩いた」。
仕事の性格上、公にはされてこなかったが文化庁や私設の音楽賞の選考委員も務めらていた。まだ評価の定まらない新人や、陽の当たりにくい音楽家を積極的に取り上げ、いわばお墨付きを与えて行った。
このような評論家は二度と現れないのではないか。そんな悠さんと人生の一時期を伴走できたことはこの上ない喜びである。


©2019 Hiroshi Itsuno
山下洋輔トリオ50周年記念「爆裂」コンサート@新宿文化センター
L to R:悠雅彦・稲岡邦彌・青木和富・小西啓一

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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