#01 おきあがり赤ちゃん『おもちゃの音の音楽祭』
text by 剛田武 Takeshi Goda
photos by 都築響一 Kyoichi Tsuzuki
CD8枚組 製作:おきあがり赤ちゃん/製作日:2020.8.11 OKIA-0006 定価5,000円(税別)
全世界の異端派アーティストよ、永遠に異端であれ!
生まれも育ちも千葉市、65歳のおもちゃの音楽家「おきあがり赤ちゃん」。この謎の音楽家と初めて会ったのは、2022年10月に筆者のバンドMOGRE MOGRUが企画したイベントだった。メンバー3人がそれぞれ好きなアーティストを呼んでコラボするという趣旨で、筆者が声をかけたのが半年前にネットで知って興味を持った、レトロな幼児向け玩具「おきあがりこぼし」を使って不思議な音楽を作るこのアーティストだった。当日現れたのは前衛音楽とは縁がなさそうな朴訥とした初老の男性だったが、持参した数体のおきあがりこぼしやカリンバやシュルティボックスなどの奇妙な楽器を愛おしそうに丁寧に並べる様子に、どこか狂気じみた天才の片鱗を感じた。他人と共演するのは初めてと言っていたが、筆者のトイピアノやリコーダーの演奏を馬耳東風と聞き流しながら、その裏側に異端音楽のエキスを注入する演奏は、今までコラボしたどのアーティストとも異なる邪鬼に溢れていた。
今度は彼のソロ演奏を聴きたいと思って、2023年5月5日こどもの日に筆者が企画したイベント『JOY OF A TOY(おもちゃの歓び)2023』に出演を依頼した。演奏はもちろん会場装飾用に「お絵描き・ぬりえ」を30枚くらい提供してくれることになっていて、本人もとても楽しみにしていた。しかしながら、当日リハーサル時間を過ぎても現れず、TwitterのDMで連絡しても反応なし。結局連絡が取れないままイベントは終了。「何かあったのか」と心配していたところ、翌日偶然出会った共通の知り合いに事情を話して調査を依頼、彼のほうで旧友たちと連絡を取り合い、警察を呼んで自宅を調べたところ、一人暮らしの自宅で300体のおきあがりこぼしや無数のおもちゃ楽器に囲まれて亡くなっていたことが分かった。検死によると発作性心疾患発症の疑いとのことである。
本名は高山吉朗、古くからの友人たちにはキチローというニックネームで知られていた。20年以上前に千葉でダルシマーというロック喫茶を経営しながら、いろんなミュージシャンのライヴに通って、音源録音・映像撮影をしたり、「キチキチキチロー企画」として自主イベントを主催したりしていたという。2015年、57歳の時に音楽経験も無いまま突如おきあがりこぼしで音楽作品を作り始めて、アーティスト名「おきあがり赤ちゃん」としてCD2枚組『akachan from heaven』(2015)、3枚組『振り子人形』(2017)、そしてこの8枚組『おもちゃの音の音楽祭』(2020)と自主制作で怒涛の如くアルバムをリリースし、さらに手作業で撮影・編集したマジカルな映像作品を数多くYouTubeで発表してきた。おきあがりこぼしとガラガラの他に、親指ピアノ、鉄琴木琴、ケーンや口琴などの民俗楽器を駆使して多重録音し、PCソフトで加工して産み出された音楽は、ジャンル的には環境音楽/アンビエント/フィールド・レコーディングに分類されるであろう静的で穏健なサウンドである。もともと赤ちゃんが気持ちよく眠れるように作られたおきあがりこぼしやガラガラの音色は、大人にとっても最高に心休まる音であることは間違いない。しかしながらそんな和み系の音色を、レトロでサイケデリックで時に狂信的な音像へと変幻させるおもちゃの音楽家の無邪気と天邪鬼の狭間に漂う危うい感性の閃きは、地下音楽や即興音楽に通じる異端精神に溢れている。
ごく一部の好事家の間では「現代のアウトサイダー・アーティスト」として知られていたが、一般的な知名度はほぼゼロに近かったと思われるおきあがり赤ちゃん。2023年も数多くのアーティストやミュージシャンが鬼籍に入ったが、この唯一無二の個性的な音楽家がこの世に存在し、ひっそりと天国に召されたことをここに記すことで、2024年へ旅立つ全世界の異端派アーティストへの餞(はなむけ)としたい。