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R.I.P. 林 聡No. 320

流れの創生者 林 聡 坂口卓也

林聡さんは .es のプロデューサーだった。.es のアルバム 『Atlas』(2020 年)では彼自身が演奏に参加したが、それ以外の作品ではプロデュースに専念している。彼のプロデュースは多面的で、アルバムのコンセプト及びタイトル、そして現代美術家とのコラボレーション形態を成す装丁に至るまで、彼の意思が浸透していると言って良い。言わばそれは「制御」なのだが、こうした「制御」に音楽家はしばしば窮屈さを覚えるものだ。しかし .es は見事にそれを回避して、作品の制作を続けて来た。そこには、林さんが持つプロデューサーとしてのバランス感覚が活きていると思う。

生前の林さんは飄々として、さながら時の流れに身を任せて生きているようだった。大病を患いながら、その情況にさえ身を任せ、最大限に生命力を発揮する。そんな林さんの生き方に脅威さえ覚えていた。だがある時ふと、そんな時の流れは林さん自身が創り出しているのではないかと思ったのである。彼自身が流れを創り出し、それに乗って生きていた。そしてそれは、プロデュースの現場においても活きていたのではないかと思う。

2013年2月9日に、林さんがディレクションを行うギャラリー・ノマルで .es のアルバム 『void』の出版を記念するイヴェント “Now On” が行われた。PSFレコードから出版されたそのCDに解説を記させて頂いた流れから、私はその場で一時間ほど 『void』にまつわる口演を行うチャンスを戴く。その打ちあげがあったのだが、同席されていた或る美術家の方が突然林さんを貶し始めた。美術家の方がご自身の作品展示をレイアウトしたのだが、勝手に林さんがレイアウトを変えてしまったのだという。「こいつはとんでもない奴だ」とその方は言う。林さんはと言えば飄々として、それを無視するのでもない風情で佇んでいる。美術家の方も本当に怒っているのか、それとも面白がっているのか、どうにも判別がつかなかった。

それから11年間、林さんとお付き合いをさせて頂いた。私は一介の音楽愛好者で、美術界において彼がどんな立居振舞を行っていたのかは知らない。ただ林さんは自然な情況の推移を受け容れながら、必要な少しのポイントでだけ自身の考えを情況に送り込んで、新しい流れを創り出していたのではないかと想像する。そして、.es をプロデュースするにはそのようなアプローチが必須だったとも思うのだ。作品そのものに抵触せず、作品にまつわる要素のレイアウトを少しだけ変えてみる。.es のように固有のパワーが際立ったユニットをプロデュースするには、そんなやり方が最良ではなかったのかなと思う。

自身が決めた作品のレイアウトを変更された美術家の方にしても、もしその変更が作品の存在意義を損ねてしまうものだったなら、只では済まなかった筈だ。林さんが創り出した流れに乗って、その方が後悔したのかどうかは私には判らない。だが、後悔したならあんな風に打ちあげに同席して酒を飲んでいることはないと思う。

さて、2014年にGallery Nomart 開廊25周年企画の一環として、林聡さんが企画・制作するオーディオ・システムの展覧会「FACTORY HOUSE」が行われている。同年10月28日に坂口卓也がトークとリスニングのイヴェント「雑音と反復の魅力を妄想する夜話」の後にそのオーディオ・システムを使って行ったが、イヴェント終了後、記念にと林さんから贈呈された「Ochoco」で酒の飲みまねをする二人の画像を掲載した。「Ochoco」はいわゆるお猪口だが、林さんがプロデュースされたもので、材質が秀逸だ。

一つは、モクセイ科トネリコ属の落葉広葉樹のアオダモ製。アオダモはしなりがあり、最良のバット材でもある。もう一つはクルミの木製。クルミは食べるだけのものではなく、その木は強度と粘りがあって衝撃に強い。チーク、マホガニーと共に木材の最高位に君臨する。これらの木材を使い林さんは「FACTORY HOUSE」でスピーカーを制作したが、それを転用して作られたのが「Ochoco」だ。それ以前に林さんは服の制作も手掛けており、氏のものづくりに対する興味と実行力には感服するばかりだ。

冥界でも林さんが活躍されることを願って止まない。


坂口卓也

音楽愛好者。1976年より音楽関係の雑誌へ寄稿を始める。主要な寄稿先はG-Modern。.es 『void』、橋本孝之 『Colourful: Alto Saxophone Improvisation』、そしてUtsunomia Mixの3作:sara & 美川俊治 『Pumice』、sara & K2 草深公秀 『鳥を抱いて船に乗る/ Bird』、宇都宮泰/sara/藤本由紀夫 『trio』と、林聡氏がプロデュースを手掛けた5作品の解説を執筆している。

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