#06 Thomas Strønen’s Time Is A Blind Guide 大阪公演 岡崎 凛
text & photos at Osaka Club : 岡崎凛 Ring Okazaki
日時:2024年2月8日(木) 開場 18:00 / 開演 19:00
会場:大阪倶楽部(大阪市中央区今橋4-4-11)
主催:有限会社花井
後援:nagalu
Time Is A Blind Guide:
Thomas Strønen – drums / compositions (トーマス・ストレーネン)
Ayumi Tanaka – piano (田中鮎美)
Håkon Aase – violin (ホーコン・オーセ)
Leo Svensson Sander – cello (レオ・スヴェンソン・サンダー)
Ole Morten Vågan – bass (オーレ・モーテン・ヴォーガン)
コンサートによく出向く人なら誰でも感じるだろうが、年間ベストを選ぶのは簡単なことではない。そんなことは当たり前であり、わざわざ書く必要はないのだろうけど、今年はとりわけ迷いが多かった。ここに挙げなかった公演の記憶が、ざわざわと心のあちこちから甦ってくる。しかし、出演者の姿が今も鮮明に蘇り、自分の音楽体験の礎となりそうなパフォーマンスといえば、まずはこの「Time Is A Blind Guide」だろう。
2024年は海外アーティスト公演が「豊作」だったと言えるだろう。約3年間パンデミックの影響で公演ができなかった音楽家たちがこぞって来日したのかもしれない。似たような来日ラッシュを昨年も実感したが、今年は待ちに待った音楽家たちとの出会いがいくつも実現したように思う。
その中の一人にノルウェー在住のピアニスト、田中鮎美がいる。彼女の日本帰国ツアーが実現し、2024年1月にはリーダートリオ公演、2月にはトーマス・ストレーネン率いる「Time Is A Blind Guide」を聴くことができた。どちらも素晴らしかったが、年間ベストには後者を選んだ。
大阪俱楽部という初めて耳にする会場でトーマス・ストレーネンの公演が行われると知ったときは、少し興奮しながら予約を入れた。それと同時に、前回の2017年の京都公演を思い出していた。今度はどんな演奏になるのかという期待とともに、このプロジェクトは、聴き手である自分の集中力を試す場だろうかと案じた。前回はそう思ったからだ。だが当日演奏が始まると、そんな思いは吹き飛んだ。身体の隅々まで揺さぶるグルーヴが、メンバー全員から生まれ、優雅な室内楽の響きを混沌としたエネルギーに変化させていくステージだった。
2017年の京都公演から「Time Is A Blind Guide」の基本スタイルについては変わらない。ヴァイオリン、チェロ、コントラバスの織りなす弦楽器の美しさは、引き続きこのグループの重要要素となる。そしてリーダーであるトーマス・ストレーネンがドラムから選び抜かれた音を繰り出すソロ、田中鮎美のピアノによるシンプルでポエティックなメロディも、前回の京都での公演で聴いたのだが、その時の自分はこのグループの目指すものを、半分ぐらいしか体感できてなかったのだと知った。というか、そのとき彼らは、この2024年2月の大阪公演でのアグレッシヴさに到達してなかったように思う。それは2018年リリースのアルバム『Lucus』を聴いても思うことである。もちろんこれは素晴らしいアルバムなのだが、その後のライヴ動画を聴いたり、ここで取り上げている2024年のライヴを体験した後では、ややおとなしすぎるのではと感じたのが正直な印象である。彼らの演奏には、野性味という言葉が浮かぶような激しさがあった。彼らが保持している室内楽団のような格調の高さを切り崩すように、怒涛のエネルギーを演奏につぎ込んだ5人は圧倒的だった。
彼らのアルバム『Lucus』には、彼らの到達した一つの頂点が記録されており、弦楽器演奏のただならぬ美しさを見事に描き、ジャズとクラシックの魅力をごく自然に融合させたアルバムである。(「Time Is A Blind Guide」の2017年京都公演は、本来はこのアルバム・リリースに合わせたかったらしいが、公演の方が早くなってしまったという。)
だが2024年に聴いた「Time Is A Blind Guide」大阪公演では、メンバーそれぞれが楽器を叩いたり、打楽器を手にしたりと、プリミティヴな打楽器音の魅力とグルーヴを追求しながら、このメンバーならではの弦楽器の豊かな音、ピアノの内部奏法も存分に聴かせ、いい意味での脱線が発展し、脱線はやがてメインテーマとなってメンバーに共有されるようだった。そこでは即興演奏の底力が見せつけられる。音楽家たちの鍛えぬいた演奏力さえ忘れさせるような、打楽器、または楽器を叩く音のリズム、強力なグルーヴに圧倒される。メンバー全員が何かしら夢中で叩いている姿が忘れられない。本公演のクライマックスだったかもしれない。
このように、アルバム『Lucus』での到達点から、さらに変化を重ねるメンバーたちの熱い演奏に触れられたのが、2024年の公演だったと思う。実はこのプロジェクトによるファーストアルバムもまた、打楽器の魅力を追求したものだった。もともとは英国とノルウェーそれぞれのミュージシャンが共演する企画としてスタートし、初期メンバーであるキット・ダウンズ(ピアノ)とルーシー・レイルトン(チェロ)も重要な役割を果たしていたが、現在はその後加入したメンバー(田中鮎美など)がツアーに加わっている。「Time Is A Blind Guide」は長期にわたるプロジェクトとして、今後も発展していくことだろう。できればライヴ盤をリリースしてほしいものだ。
5人の演奏者たちは漠然とした予想図を共有しているのかもしれない。だがライヴのたびに、その日の風に乗るように、即興が導くままに変容していくのだろうと想像する。演奏中、メンバーそれぞれの興奮ががじわじわと伝わってくるのを目の当たりにするステージだった。
ライヴ会場でアルバム『Lucus』のLP盤を買い、公演後メンバーたちにサインをもらった。拙い英語だったが、ベーシストのオーレ・モーテン・ヴォーガンに話しかけたり、ピアニストの田中鮎美さんに挨拶をしたりと、コンサートの余韻に浸りながら過ごした。
大阪倶楽部という会場選びの成功も、この日のコンサートを特別なものにしている。会場内での楽器の響きにも満足したし、モダンな建築物の内装はこの日の公演にぴったりだった。また、このコンサート会場には、その場に足を運んだ自分を少し誇らしく感じさせる特別な雰囲気があった。Nagaluの後援するライヴ企画の素晴らしさに触れるコンサートだったと思う。このトーマス・ストレーネンのツアー、とりわけ大阪公演の実現に尽力した方々に心から感謝している。
参考(1):Time is A blind Guide 日本ツアー 2017について
「#161 ニューヨークからせんがわまで〜巻上公一(ヒカシュー)インタビュー
https://jazztokyo.org/interviews/post-19170/」
こちらのインタビュー記事の最後、巻上公一氏のスケジュールの中で、トーマス・ストレーネンのプロジェクト「Time is A blind Guide」の2017年の日本公演予定などが記されている。ここでの説明を以下に引用したい。(改行などは原文の通り)
Thomas Strønen´s Time is A Blind Guide
“Time Is A Blind Guide”は
カナダ人の詩人/作家アン・マイクルズの1996年の小説『儚い光』(原題:Fugitive Pieces)の
最初の1行からとったもの。
今回はECMからの新作を記念しての二度目の来日公演です。
このアンサンブルの妙は、誰でも口ずさめるようでいて
ひねりのあるメロディーとピアノトリオに
チェロとバイオリン、コントラバスが加わったストリングスの素晴らしさ。
リーダーのトーマス・ストレーネンは、様々なグループで来日を果たしていて、
テクニックはもちろん、アイデアに満ちたドラミングで人気のアーティストです。
ECMから多くのアルバムがリリースされています。
今回、すべて彼が作曲した作品というのも見どころです。
ピアニストがノルウェーを中心にヨーロッパで活躍中の田中鮎美さんになったのも見どころです。
参考(2)
ドイツ、ブレーメンで開催された2019年の「Time Is A Blind Guide」の演奏を収めた27分33秒の動画。2024年の大阪公演に至るまでの5人の道のりを実感できる内容だった。実際に聴いた音とはやや響きが違うが、2024年に聴いた演奏にかなり近いアプローチがある。