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R.I.P. エルメート・パスコアールNo. 330

エルメートさん、ありがとう by 城戸夕果

エルメート・パスコアールさんの訃報には、世界中から哀悼の言葉が寄せられています。
「ブラジル音楽史の最も高い頂点の一つ」(カエターノ・ヴェローゾ)とも称賛される、エルメートさん。私も思えば、10代の頃からずっとファンでした。私のライブでも、彼の曲がセットリストにない日は少ないかもしれません。

ブラジル在住中には、何度かお目にかる機会に恵まれました。
例えば、今やブラジルを代表するギターリストの一人、ルーラ・ガルヴァォンが、エルメートと共演するというので、招かれるまま楽屋にお邪魔しました。エルメートさんは、突然、「ユカ、僕のバスフルート吹いてみる?」と、気前よく巨匠のバスフルートを吹かせてくれました。

ところが楽器がメンテナンスされておらず(フルート奏者の悩み事のひとつ。穴を押さえるキーのパッドの塞がり具合が、紙一枚分でも空いていると音が出なくなるほど繊細な楽器なので定期的なメンテナンスが必須なのです・・・) 吹いてみたら、出ない音がいくつもあった。
「僕のバスフルート、良いでしょ?」と笑顔で語る偉大なエルメートさんに、「パッドの調整が・・」などとは到底言えず、「良い楽器ですね!」と言って、お戻ししました。

そして、本番。エルメートさんは、調整不良で出ない音など全く気にせず、声を出して演奏する「ノイジー・フルート」という奏法で、それは本当に素晴らしい音楽を奏でられていました!

その後、ボストンで暮らし始めた頃、有名な音大であるニューイングランド・コンサバトリーの名誉博士号を受けることとなったエルメートさんが、授与式に登場しました。私の家族と、ボストン在住のヒロ・ホンシュクさんと楽屋に訪れたところ、なんとエルメートさんが、私達にわずか16分で曲を書いてくださりました。

プログラムの裏に、自ら五線紙を書き、メロディを口ずさみながら、「ここは付点音符だよ。」なんて優しい口調で説明もしながら書き下ろしてくれた「Para vocês com grande carinho」 (あなたたちに大きな愛情を)という美しい曲は、私の宝物。先日リリースした私の『ブリーザ』というアルバムにも、収録しました。「全くテンポも決めず、全体がルバートという解釈でレコーディングをしたい」というアイデアを、メンバー全員が快諾してくれ、緊張感と阿吽の呼吸が混在した、美しい録音となったと思います。

エルメート・グループに在籍していたリオの管楽器奏者、Eduardo Nevesという友人が以前話していた事が、大変興味深かったのを思い出します。当時、エルメートとバンドのメンバーは同じ敷地に住んで一日中演奏していたそうで、『朝、鳥の鳴き声と共に目覚めると、ドアポストに「コトン」と音がして、エルメートの譜面が投げ込まれ、その新曲を皆で演奏する日々だった。』 毎日が、音楽合宿のような日々だったようです。(実際に「音のカレンダー」という365日書き続けた彼の手書きの楽譜集が出版されています。)

訃報を聞いてから、ずっと心に重いものがありました。しかし、彼の家族が発表した声明に、心が救われました。
「彼を讃えたい方は、楽器で、声で、あるいはやかんを叩いて、音を響かせ、宇宙へと捧げてください、それが彼の望みです」

♫ 口絵の写真は、「音のカレンダー」という譜面集。


城戸夕果 Yuka Kido(フルート/アルトフルート/作曲・アレンジ)
洗足学園大学在学中にジャズ・フュージョン系の音楽家として活動開始。89年、小野リサのバンドに入りブラジル音楽に目覚める。92年~96年、毎年リオに長期滞在し、複数のリーダー作を録音。ボサノバの先駆者ジョニー・アルフ、ジョアン・ドナート、カルロス・リラ、ジョイス・モレーノらと共演。日本では自身のバンドでの活動のほか、EPO、宮沢和史、渡辺香津美らと共演。21世紀に入り、さらにブリュッセル、ブラジリア、ボストンに在住。現地で音楽活動も行ない、2020年に帰国。テレビ・ラジオ等出演、レコーディング、ライブなどで幅広く、ブラジル音楽を軸にジャズなどの素養、海外での多彩な経験も生かして活動中。2025年『Brisa(ブリーザ)』をリリース。

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