JACK DEJOHNETTE 1942-2025 by ECM
『Ruta and Daitya』から『Blue Maqams』まで
ジャック・ディジョネット——多方向的なマスターミュージシャンにして、即興ドラムの天才、そしてECMにおけるジャズの進化に大きく貢献した人物——が83歳で逝去した。彼がこのレーベルに初めて登場したのは1971年、キース・ジャレットとのデュオ作品『Ruta and Daitya』の録音であった。その後、2017年に録音されたアヌアル・ブラヒムのカルテット作品『Blue Maqams』が、現時点での最後の出演作となっている。その間、彼はリーダー、共同リーダー、あるいはエネルギーを吹き込む参加者として、幅広いスタイルやイディオムを横断しながら数多くの録音を残した。どのセッションにおいても、ジャックがもたらしたものは単なる「サイドマン」の役割を常に超越しており、彼はつねに音楽的な核であり、魂そのものであった。
10月26日の日曜日、ジャックがこの世を去ったその日、マンフレート・アイヒャーはミュンヘンで開催されていた「スイス映画週間」の一環として、映画『ホロツェーン(Holozän)』の上映会に出席していた。この作品の音楽には、キース・ジャレットの“スタンダーズ”・トリオによる演奏が大きくフィーチャーされており、1989年のアルバム『Changeless』に収録された<Ecstacy>が使用されている。「映画館を出たあとも、キース、ジャック、そしてゲイリーの演奏が彩るあのシーンが頭から離れなかった。トムを叩くジャックが、いつものようにグループを前へと推進していく——熟考しつつも、静かなエネルギーに満ちて。あの演奏が一日中、心に響いていたんだ……」

1942年、シカゴに生まれたジャックは、同市南部にあるウィルソン・ジュニア・カレッジで、ロスコー・ミッチェルやヘンリー・スレッギルと同級生だった。1960年代の幕開けとともに、彼らはこぞって音楽の最新の動向に身を投じ、やがてムーハル・リチャード・エイブラムスのもとに形成されつつあったAACM(Association for the Advancement of Creative Musicians:創造的ミュージシャンの進歩のための協会)の周囲に集うようになった。その発見と探求の時代を、ジャックは2015年のアルバム『Made In Chicago』で祝福するように振り返っている。1960年代半ば、ディジョネットはニューヨークへと拠点を移し、チャールス・ロイド・カルテットの一員として活動する中で、ピアニストのキース・ジャレットと親交を深めた。その関係は生涯にわたって続き、二人はマイルス・デイヴィスのグループでも共演することになる。マイルスは自伝の中でこう語っている——「ジャック・ディジョネットは、俺がその上で演奏するのが大好きな、ある深いグルーヴを与えてくれたんだ。」

マンフレーと・アイヒャーとの出会い
マンフレート・アイヒャーがECM創設初期の10年間にプロデュースした、ジャック・ディジョネット参加作品の数々は、いま振り返るとまさにクラシックの名盤リストのようだ。ジョン・アバークロンビーの『Timeless』や、アバークロンビー、デイヴ・ホランドとの『Gateway』、コリン・ウォルコットの『Cloud Dance』、ケニー・ホイーラーの『Gnu High』『Deer Wan』、テリエ・リピダル/ミロスラフ・ヴィトウス/ジャック・ディジョネット名義の同名アルバム、スティーヴ・キューンの『Trance』、ミック・グッドリックの『In Pas(s)ing』、ヤン・ガルバレクの『Places』、ラルフ・タウナーの『Batik』、ビル・コナーズの『Of Mist And Melting』などがその代表例である。また、ゲイリー・ピーコックの『Tales of Another』では、のちに“スタンダーズ・トリオ”として復活することになるキース・ジャレットとディジョネットのトリオ編成が初めて登場した。リストはまだ続く。パット・メセニーの『80/81』では、マイク・ブレッカー、デューイ・レッドマン、チャーリー・ヘイデンとともに、ディジョネットがオールスター即興バンドを力強く牽引している。 オーネット・コールマン作曲の<Turnaround>の終盤では、ヘイデンが歓喜の声を上げるのが聴こえる—— 「ウーフー! ジャック・ディジョネット、マン!!!」
ジャックの音楽性と独自のタッチは、ほぼソロ作品といえるアルバム『Pictures』で余すところなく表現されている。この作品で彼はドラム、ピアノ、オルガンを演奏し、数曲のみジョン・アバークロンビーが参加している。シンプルに絞り込まれた編成によって、ジャックのシンバル・ワークの細部と流動性に自然と耳が向かい、アルバム全体が、繊細に変化していく音の質感を探るひとつのエッセイのような趣を帯びている。
「ニュー・ディレクションズ」と「スペシャル・エディション」
1978年のカルテット「ニュー・ディレクションズ」は、ジャックにとってそれまでの音楽的旅路を振り返るようなプロジェクトだった。メンバーは、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの華やかなフロントマンであり、フリー・ジャズの奔放な反逆精神を体現したトラペッター、レスター・ボウイ。 ジャズとロックの境界を探る冒険的な感性を持つギタリスト、ジョン・アバークロンビー。そしてビル・エヴァンスとの共演経験を共有するベーシスト、エディ・ゴメス。ジャックはこう語っている。「4人の強烈な音楽的個性が集まったことで、実に広い領域をカバーできたし、そのケミストリーは本当に素晴らしかった。」
1979年に始動した「スペシャル・エディション」の初期メンバーには、ニューヨーク・ロフト・シーンを代表する個性的な二人、アーサー・ブライスとデイヴィッド・マレイがフロントラインに加わった。デビュー・アルバムは、ディジョネットの新曲群とジョン・コルトレーンの楽曲を取り上げたカヴァーで構成されている。ジョン・コルトレーンは、ディジョネットにとって生涯にわたる重要な指針であり続けた。彼は1960年代、マスターであるコルトレーンと短期間ながら共演する機会を得たことを深く誇りに思っていた。そのうちの一度はエルヴィン・ジョーンズの代役として、そして後にはラシッド・アリとともにツイン・ドラム編成で、コルトレーン晩年の演奏に参加している。2015年のアルバム『In Movement』では、サックスのラヴィ・コルトレーン、そしてベース・ギターとエレクトロニクス、ループを担当するマシュー・ギャリソンとともに新たなトリオを結成し、コルトレーン・グループの遺産を現代の文脈へと再生させた。
ジョン・サーマンとの旅
もうひとつの長年にわたる重要な関係は、ジョン・サーマンとの共演である。 ジャックとジョンの録音作品には、映画制作者からの使用希望も多いデュオ・アルバム『The Adventures of Simon Simon』や、タンペレ・ジャズ・ハプニングとジャズフェスト・ベルリンで録音されたライヴ盤『Invisible Nature』などがある。さらに『Free And Equal』では、サーマンとディジョネットのデュオに、クラシックと現代音楽を横断するアンサンブル「ロンドン・ブラス」が加わり、ロンドンのクイーン・エリザベス・ホールでコンサートが行われた。同じロンドンの会場では、ジョン・スコフィールド(ギター)とラリー・ゴールディングス(オルガン)を迎えたディジョネットのグループ「トリオ・ビヨンド」による録音も行われた。 アルバム『Saudades』では、トニー・ウィリアムスのバンド「ライフタイム」の音楽と精神に敬意を表している。

30年にわたるスタンダーズ・トリオの歴史
そしてもちろん、スタンダーズ・トリオ——キース・ジャレット、ゲイリー・ピーコック、ジャック・ディジョネット——の存在がある。 1983年、ニューヨークのパワー・ステーションでマンフレート・アイヒャーと共に行った録音は、当初はアメリカン・ソングブックの世界に一度だけ触れる試みとして計画されたものだったが、聴衆の強い要望により、継続的なプロジェクトへと発展した。30年にわたり、このトリオはジャズ界で最も愛されたグループのひとつとなり、主にライヴ録音を中心に、多面的な視点からジャズ・スタンダードを捉えた数々の記録を残した。 時には、作曲や曲の形式・構造を丁寧に尊重することが演奏の主題となり、 またある時は、既存の素材をもとに即興で新たなものを創造することが焦点となり、 さらに別の時には、曲そのものの枠から自由になることが試みられた——『Changeless』『Always Let Me Go』『Inside Out』といったアルバムがその好例である。ジャック・ディジョネットは、あらゆる選択肢、あらゆる解決策に心を開き、瞬間ごとの魔法を見出す、まさに完全なミュージシャンであった。
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