From the Editor’s Desk #17「New York 今むかし」
text & photo by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
9.11(2001年)以来2度目のNY出張に出かけた。NYは卒業のつもりでいたから旅券は2年前に失効したまま。10数年ぶりということになろうか。ESTAという「渡航認証」の新設も知らず慌ててオンラインで申請。航空券もオンラインで申し込む「eチケット」だし、ホテルももちろんオンライン予約。すっかり ”今浦島” だ。かつては、個人経営に近い小回りの効く旅行代理店に1本電話を入れればすべて代行してくれた。自分のIDやアーカイヴがすべて保存されていたからだ。
羽田から離発着できるようになったのはとてもありがたい。搭乗するとまずは各種新聞と週刊誌が回ってきたものだが、今は機内誌を含め印刷物はゼロ。眼前のパネルをスクロールしていたらデジタル化された機内誌を見つけたが読む気はおきない。そういえば羽田で搭乗前に入った寿司屋もオーダーはタブレットだった。近所のファミレスと同じだ。カウンターの中に板前は居て、ホールに従業員も居るのだが声のやりとりはない。「へい、らっしゃい!今日はシャコの良いのが入ってますよ!」威勢のいい声が懐かしい。最近は居酒屋やレストランもスマホでQRコードを読み取ってのオーダーが多い。人手不足とインバウンドのツーリスト対策だそうだ。外国語を使う必要がない。街中で飲食をするにもスマホが手放せなくなった。人手不足といえば機内食の質が落ちた。しかもかなり落ちた。燃費の高騰などで経費削減の皺寄せもあるのだろうが。窮屈な長旅でまずい機内食は辛い。国内のトップ・キャリアでY-class@40万を考えるとなお辛い。
NYの物価の高騰は聞きしに勝るものがある。かつて$30かからなかったJFK〜マンハッタンのイエロー・キャブが$100近い。個人タクシーのネットワーク Uber(ウーバー)を使えば割安と聞いていても時間との戦いになるとつい流しを使ってしまう。ニュージャジーまで往路流しで$500のところ、復路はUberで$300で収まった。ホテルはミッドタウンなら$4oo、$500は覚悟する必要がある。かつて常宿だったグラマシーパークはデザイナーズに変身、高嶺の花となった。車の混雑は相変わらずだ。わずかの隙間を見つけては割り込んでいく。ひっきりなしの警笛。80年代、チェルシーのPooさん(菊地雅章 p)のロフトからブルックリンのスタジオまで何度もドライバーを務めた。時に、セントラルパークでギル(エヴァンス)をピックアップすることもあった。ウインカーを出さずに道端の車が突然発進してくる。Pooさんが窓を開けて「ヘイ、ユー!マザファッカー!」と怒鳴る。メッセンジャーのバイクがサーカスのように脇をすり抜けていく。信号待ちでは浮浪者が飛び出しフロントガラスをボロ切れで磨き小銭をせがんでくる。新聞を売りつけてくる奴もいる。自分も若さに任せて爆走した。今なら怖くてとてもマンハッタンは走れない。
70年代、同業者がホテルでスーツケースを盗られた。カメラを盗られたなどは日常茶飯事。ぶつかってきた相手がワインのボトルを落とし、高級ワインと称して金を巻き上げる「ボトルマン」なんてのもいた。後輩がやられた。街のあちこちでプッシャに耳元で「スモーク、スモーク」とささやかれマリワナを売り付けてくる。そういう気配はまったくなくなった。安全だが身構える緊張感とスリルは無くなった。
小川隆夫の近刊『ジャズ・クラブ黄金時代 NYジャズ日記 1981-1983』は当時の記憶を鮮やかに蘇らせてくれる楽しい本だ。僕は彼より10年ほど早くからNYに出かけているが、この本に登場するクラブが現存している例は少ない。Sweet BasilやFat Tuesadayもとうに店を閉めた。録音スタジオやタワレコなどのメガストアもほとんど姿を消した。たまたま彼の本には出てこない(再開店以前だったか?)44丁目の「バードランド」に飛び込んだ。The Cookersが出演していたからだ。フロントがデイヴィッド・ワイスとエディ・ヘンダーソンの2トランペット、ドナルド・ハリソン(as)、お目当てのひとりビリー・ハーパー(ts) のトラでクレイグ・ハリス(tb)。リズム隊がジョージ・ケイブルス(p)、セシル・マクビー(b)、ビリー・ハート(ds)という鉄壁のトリオ。バードランドといえばジョージ・シアリングの名曲<バードランドの子守唄>で知られるが元祖はもちろん“バード”チャーリー・パーカー。オリジナルは1949年の開店で、同店で収録の名盤はいろいろあるが、古くは1963年録音のコルトレーン盤、近年では60周年記念で開店時のメンバー(リー・コニッツ、チャーリー・ヘイデン、ポール・モチアン)にブラッド・メルドー(p) が加わった2009年録音のECM盤が好きだ。演奏は言うまでもないが、ゴダールのアートワークに痺れる。The Cookersはベテラン揃いだったが、揃って意気盛ん、 “バードランドでの演奏” の名に恥じない迫力ある演奏を聴かせてくれた。とくにアンカーのような重量感のあるビリー・ハートのドラミングがバンドを支え、鼓舞し、聞けば「82歳になった。3年ぶりの日本が恋しい」と言う。