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Monthly EditorialEinen Moment bitte! 横井一江No. 290

#32 【続】「未来への芸術」というが…
文化庁AFF2について思うこと

text & photo by Kazue Yokoi  横井一江

 

初夏の空である。コロナ禍は続いているような、収束しつつあるような感じだが、日常は徐々に戻ってきているのだろう。とはいえ、街を歩く人々のほぼ100%がマスク姿だ。それはコロナ対策という明確な意識よりも外出時のマスク着用が単に習慣化されているだけなのかもしれない。既に新型コロナウイルスに対するマスコミの興味もかなり薄れてきている。マスコミは視聴者の関心事に敏感なので、大衆の新型コロナウイルスに対する関心が薄れていることの表れに違いない。ところで、ライヴの現場はどうなのだろう。いまだに入場者数の上限を制限しているハコもあるようだ。これには様々な事情が絡んでいるのはないかと考えられる。何しろ、クラスターで最初に槍玉に上がったのがライヴハウスだからだ。

昨年の「コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業文化庁の補助金」Arts for the future!(AFF)に続き、令和3年度補正予算事業「コロナ禍からの文化芸術活動の再興支援事業」Arts for the future 2!(AFF2)の受付が開始されてから約2ヶ月経つ。このような補助金制度があるのは芸術関連事業に携わる人にとってはとても有り難いが、AFFでは制度設計、また運用面について様々な問題が指摘され、文化庁へそれについて要望を出した団体もあった。あらかじめ公表された「ARTS for the future!2事業(AFF2)に向けたポイント 」には、「AFF2 運用改善のポイント」が書かれていたので使い勝手が昨年より良くなるのではと期待したが、どうやらお役人と現場の人間との感覚のズレは大きく、昨年のAFFよりも申請準備がより大変になったというのが実感である。

まず第一に、法人(および団体)向けの補助金という性格がAFFより強くなった。これはジャンルにもよるが、ジャズやマイナーな音楽ジャンルの場合は有志が集まった非営利団体で、公演を行うことはしばしばある。この場合、組織としての規約を作ったり、会計を独立させるために銀行口座を開設することは行われているが、利益を上げることが目的ではなく、会計自体トントンもしくは赤字の場合が多いため、税務署に収益事業開始届を出していないケースが大半だったと考えられる。ところが、AFF2では任意団体の申請条件のひとつとして「収益事業開始届出書」の提出が必須となった。それだけではなく法人番号の取得まで求められている。税理士に聞いても「えっ???法人番号は会社登記をしないともらえないのでは?調べてみます」という返事だ。税理士にしても収益事業を行なっている任意団体の申告を行なった経験のある人はレアなのではないだろうか。仕方なく、国税庁のタックスアンサーに電話すると、たぶん似たような電話が沢山かかってきたのだろう。かくかくしかじかと説明し始めたら、「それ、文化庁の補助金の関係ね。管轄の税務署に予約して直接相談に行ってください」という返事。「収益事業開始届出書」を提出しても法人番号がもらえるまでに時間がかかり、もらえないケースもあると聞き、心配になって国税庁法人番号管理室に電話した時も、同様の電話が度々かかってくるとのことだった。3月決算の法人が多いため、3月から5月は税務署にとっても忙しい時期だけに、さぞかし迷惑だったのではと思った。これまでも「収益事業開始届出書」を提出する任意団体はあったにせよ、いっせいに何件も、加えて「法人番号がもらえないと困る」と訴られたことはなかったのではないかと想像するからだ。これは税法や法人番号制度について半可通の知識で制度を作ったために起こった問題だと思われる。あちこちから声が上がったためか、当初申請時に必須だった法人番号は、申請時には不要になった。声を上げることも大切である。

申請者にとって最も大切なのは予算作成だが、補助金額上限は収入見込みの2倍までという制限がAFF2ではあるので(AFFではそのような縛りはなかった)、皆きっと四苦八苦しているのではないかと想像する。実際に公演に携わった人ならばわかるが、チケット収入のみで賄える公演はまずないのである。「収益が出るようにしなさい」ということなのだろうが、ご時世スポンサーを見つけることは至難の技で、最初から収益が見込めるのならばわざわざ補助金申請はしないだろう。それでも、申請者は知恵を絞り、物販を行うなど収入見込みが増えるように努力し、補助対象経費を枠内の収めるようにしているに違いない。

AFF2はいっきにハードルが高くなったなあというのが率直な印象だ。昨年のAFFに比べて申請件数の伸びが鈍い理由に、上述のことがあると考えられる。中には昨年のAFFの申請、結果報告の煩雑な手続きに疲れたというケースもあるだろう。既に申請した団体の担当者からは、昨年以上に微に入り細に入り、チェックされ、ダメ出しが来ると聞いた。不正を防ぐためにきちんと審査はしないといけない。だが、軽微なミスをいちいち指摘する必要性はどれほどあるか。他省庁・自治体のコロナ補助金申請では、軽微なミスはスルーしているケースもある。費用対効果を考えるとそのほうが理に適っている。加えて、聞きたいことがあって事務局に電話しても、いちいち回答用マニュアル(Q&A)を見て、言質を取られないように答えているためか消化不良の回答しか得られず、最後には「・・・総合的に判断させていただきます」というお決まり文句で締める。ならば、その回答用のQ&Aを公開したほうが、お互いの手間が省けるのではないかとさえ思った。申請者にとって使い勝手のいいシステムは、審査する側にとってもメリットがあるのではないだろうか。申請という第一段階をクリアしても、「事業」を行なった後に実績報告という申請にも増して大変な作業が待っている。AFF2では「旅費報告シート」などのフォーマットが作られ、ほんの少し改善したように見えるが、膨大な時間を費やさないといけないことに変わりはなさそうだ。せめて少額の場合は証憑書類を免除するなど、合理的な方法を考えてほしいところである。

今回のAFF2の募集要項を読んで感じたことは、もっと使い勝手のよい制度に出来なかったのかという不満もさることながら、収益力のある法人/団体ならば補助金をあげましょうというスタンスに疑問を感じざる得ない。これは、数日前にも新聞記事で読んだ文部科学省の「世界最高水準の研究力をめざす大学に10兆円規模の大学ファンドで支援する」制度(→リンク)に根底で繋がっているように思う。大学を選別する「選択と集中」は返って研究環境を悪化させるのではないだろうか。これは芸術関連でも同じなのだが、数値的な結果を求めることが大切なのではなく、底上げこそが必要である。どう考えても発想がズレている気がしてならない。私が知っている独立独歩の活動をしている音楽家は、ライヴを行うに際して、集客を増やして、沢山ギャラをもらうことよりも、自らの表現を第一に考えている。もちろんお客さんもギャラも多いに越したことはない。だが、集客努力に大きなエネルギーを使い、肝心の音楽が疎かになっては本末転倒である。だから、法人/団体に収益の出る事業をさせて、そこからトリクルダウンではないけれども、音楽家や関係者にお金が回るようにということで制度設計したのだろうか。音楽といってもジャンルによって状況も異なるので、単純に括れないが、これは現状を知らぬまま制度を作ったようにしか見えない。AFFやAFF2によって実現できる企画も多々あり、この制度自体はもちろん意義がある。コロナ禍以前は文化庁関連の補助金は芸術文化振興基金の助成金ぐらいしかなく、クラシック/現代音楽以外の音楽関係者には助成金制度は縁遠い世界だった。「文化芸術立国」を掲げるのであれば、来年以降もコロナに関係なく文化芸術活動を支援する類似の補助金制度があってほしいと考えるが、個人事業者の申請を認めるなど、より現実に即した使い勝手のよい制度を策定してほしいと願う。

AFFやAFF2の申請に関わりながら思ったことに、ジャズクラブやライヴハウスというのはつくづくよく出来たシステムだということだ。ホールを借りての自主公演の場合は、その全てを手配しなければいけない音響や照明があり、ピアノやドラムセットがあり、ギターアンプなどの機材もヴェニューに用意されているし、最近はストリーミング用の設備もあったりする。お店のウェブサイトではスケジュールが掲載さえており、宣伝の一助になっている。ジャズや即興音楽の場合は、もっと小さなヴェニューも含めて、それらの場所にこそ音楽のリアルがあると言っていい。だが、AFF2ではライヴハウスの運営者も補助対象者に含まれてはいるのでライヴハウスが申請することも出来るが、その場合は50人以上収容可能なことの他、条件を満たしているかどうかを確認する書類の提出を求められたりするため、小さなヴェニューは対象外だ。ところが「未来への芸術」の試行錯誤はこのような小規模な場で行われていたりする。コロナ禍、加えて書類書きや各種手続きや雑務に終われる日々が延々と続き、すっかり出不精になった私が言うのもなんだが、やはり日々の現場、日常は大切にしないといけないと感じる日々である。

 

横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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