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5/03(水)playing 圭尹子 N. ― 奔(はし)り行く川
~中村圭尹子の短歌・詩と即興音楽のコンサート

🔸playing圭尹子N. ~詩と即興音楽のコンサート

自由なき双の手よそに幼き日描きしわが夢ピアニストなり

駅の南側の大学通りに桜の街路樹がある国立に、中村圭尹子という歌人が暮らしている。
電動車椅子に乗って一人で花屋さんへ出掛けるようなアクティブな彼女は、胎児のときに脳に損傷を持って産まれる脳性麻痺と呼ばれる障害者で、手足が不自由で日常生活にも介助者が必要ではあるものの、自立した生活を送っている。

中村圭尹子にとって歌を詠むことは、自分の生活と、自分の人生を見つめ、記録し伝える作業になっている。
彼女は若くして親元を離れ、結婚し、子供が生まれ、子供とともに成長していく、
いわば平凡な人生を、非凡な形で日々過ごしている。

ピアニストの新井陽子が音楽療法士として福祉に関わるなかで、圭尹子さんの在宅支援をすることになり、打楽器奏者の風巻隆とかつてデュオで行った「playing 山頭火」という音楽活動を紹介するなかで、「playing 圭尹子 N.」というコンサートのアイデアが生まれた。
短歌・詩と即興音楽…、言葉と音が流れるパッセージを楽しみたい。

楽の音を奏でる如く藤咲きぬるるるらららと風吹き渡る

出演:
新井 陽子 Arai Yoko  (piano)
風巻 隆  Kazamaki Takashi  (percussion)
中村圭尹子  Nakamura Keiko (短歌・詩)
繫田由紀  Shigeta Yuki (朗読)

日時:2023年5月3日(水・祝)15:00開場 15:30開演
場所:国立・さくらホール te: 042-572-1730
https://www.k-shokyo.com/rental-room/sakura-hall                                         東京都国立市東1-4-6  国立商協ビル2F
料金:<カンパ制>終演後パーティあり。飲み物・食べ物等1品持ち寄り歓迎
主催・問合せ:ことりや工房 y_nekoatama@icloud.com

新井 陽子  Arai Yoko (piano) 
その場に起こった音を紡ぎ人の繋がる場を創り、音そのものの響きや感触を表現とし即興演奏中心に活動を行っている。東京をベースにロンドン、ベルリン、パリ、ソウルでも演奏活動を行う。2018年に山猿レーベルよりソロCD「shadow light」をリリースした。身体性も取り入れた即興演奏や、ダンスとのコラボレーションなどを展開している。障害のある方達のダンスなどにも参加して活動、音楽療法士でもある。

風巻 隆. Kazamaki Takashi(percussion)
80~90年代にかけて、ニューヨーク・ダウンタウンの実験的な音楽シーンとリンクしながら、ヨーロッパ、エストニアのミュージシャン達と幅広い音楽活動を行ってきた即興のパカッショニスト。革の音がする肩掛けのタイコ、胴長のブリキのバケツなどを駆使し、独創的、革新的な演奏スタイルを模索している。東京の即興シーンでも独自の立ち位置を持ち、長年文章で音楽や即興への考察を深めてきた。2022年オフノートから新作ソロCD『ただ音を叩いている/PERCUSSIO』をリリース。
web-magazine JazzTokyoにエッセイ「風を歩く」から  を連載中。

中村圭尹子 Nakamura Keiko (短歌・詩)
宮崎県に生まれ、17歳より詩作。新聞や雑誌への投稿を始める。21歳の時、窓日短歌会に入会し、歌を始める。33歳の時、宮崎を出て萩に住み、会津に転居し、その後東京へ。その間結婚し、一児の母となる。

自分の文芸(詩・短歌・散文)の発表の場として設けた個人通信「らんぷ」は「翔shou」と改題し、現在も毎月発行されている。同人誌「水母」を女性の文学仲間と創刊するとともに、歌集「流れのままに」(1987)、詩集「椿」(1988)、歌集「海帰」(1996)、短歌・エッセイ集「水辺恋う」(2008)を発表している。

繫田由紀  Shigeta Yuki (朗読)


流れゆくパッセージ「元住吉から」vol.75   2023/4/24 風巻 隆

ぽっかりと雲を頭上に国立の駅舎がありぬ歩道橋に立つ

駅の南側の大学通りに桜の街路樹がある国立の北隣り、国分寺市の都営住宅に、中村圭尹子という歌人が暮らしている。電動車椅子に乗って一人で花屋さんへ買い物に行ったり、ハンディ・キャブを手配して娘さんや友人達と雨の横浜の美術館へ出掛けるようなアクティブな彼女は、胎児のときに脳に損傷を持って産まれる脳性麻痺と呼ばれる障害者で、手足が不自由で日常生活にも介助者が必要ではあるものの、詩や短歌で社会とつながり、自立した生活を送っている。

自由なき双の手よそに幼き日描きしわが夢ピアニストなり

中村圭尹子にとって歌を詠むことは、自分の生活と、自分の人生を見つめ、日々の発見を記録し伝える作業になる。17歳から詩作を始め、新聞や雑誌に投稿し、21歳で短歌を始めた。33歳の時に宮崎の親元を離れ、知人の運営する萩の民宿で暮らし、そこで知り合った男性を介助者として近くの周東町の「亀の里アパート」という障害者住宅で生活する。その後、パートナーの実家のある会津へ移り結婚、その後、お子さんを妊娠中に東京へと転居して、一児の母となった。

紅のばら一本を前にして十四の吾子とゆめを語りぬ

娘のさちさんはすくすく成長し、カナダへの留学や束の間の帰郷、一緒に出掛けたナイルやローマ、アッシジへの海外旅行、また、国連職員として中米のベリーズ、東南アジアのティモール、アフリカ南部のジンバブエへ海外赴任するといったことは圭尹子さんの歌を詠むいい題材となる。圭尹子さん同様アクティブなさちさんの存在は、歌人の歌の世界を広げ、短歌を作る際の想像力を広げる役目を果たしているようだ。最近では子離れや老後といったテーマも歌に現れている。

かの月に足の着きたる人のあり地球にさえも吾は立てぬに

この歌は面白い。自虐的なもの言いのように思えてユーモアがある。圭尹子さんが立てないのは地球に重力があるせいで、きっと月へ行けば立てるのだろう。宇宙服を着た彼女が月面を歩く姿を想像するのはとても楽しい。彼女はこれまで「水母」「石の声」といった同人誌に加わるとともに、歌集「流れのままに」(1977)、詩集「椿」(1988)、歌集「海帰」(1996)、短歌・エッセイ集「水辺恋う」(2008)を自費出版し、また個人通信「らんぷ」、「翔shou」で短歌や詩、散文を発表している。

嘗(かつ)て子に唄い聞かせし兎のダンスほらみて月に兎が踊るよ

圭尹子さんの歌には身の回りの日常生活をスケッチしたものが多い。窓、縁側、木々、猫、月…、そして娘さんやパートナー。その中で、ときおり想像力を全開にしたドラマチックな歌をいくつか残している。「ほらみて」と、かつて声を掛けた子は今近くにはいない。娘さんの不在は、孤独や不安や悲しみといった感情を呼び寄せるけれど、ここではその悲しみを「兎のダンス」という軽やかなメロディーや、「ほらみて」という呼びかけの言葉の裏に隠すことによって、詩にしている。

ずぶぬれて雨に打たれて歩きたき夜更けの街をあてどもなくに

この「ずぶぬれて」の歌は、歩くことができない者の「ないものねだり」の歌ではけしてない。最後に「あなたと」という言葉を秘した熱烈な愛の歌だ。青春ドラマの一場面のような情景を描くことで、歌が彼女から自立することに成功している。生まれつきの障害を抱えるなか、親から自立し、結婚し、子育てし、子離れし、老いを迎えるという、言わば平凡な人生を非凡な形で日々送ってきた圭尹子さんは、これまで自分の人生を歌にしてきた。その歌が、ただ単なる日々の暮らしのスケッチではなく、一篇の詩として立ち上がってくるときがある。言葉がリアルをのり越えたとき、そこには音が流れている。

楽の音を奏でる如く藤咲きぬるるるらららと風吹き渡る

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