『キース・ジャレット/ブダペスト・コンサート』〜2016年のピアノソロを10月30日にリリース
Text by Hideo Kanno 神野秀雄
『キース・ジャレット/ブダペスト・コンサート』
『Keith Jarrett / Budapest Concert』
CD 1
Part I – IV
CD 2
Part V – XI (Part VII 試聴)
Part XII – Blues
It’s A Lonesome Old Town (Harry Tobias, Charles Kisco)
Answer Me (Gerhard Winkler, Fred Rauch) (試聴)
Keith Jarrett: Piano
Recorded live on July 3, 2016 at Béla Bartók National Concert Hall, Palace of Arts, Budapest, Hungary
Recording Engineer: Martin Pearson
Mastering Engineer: Christoph Stickel
Produced by Keith Jarrett and Manfred Eicher
ECM Records
ユニバーサル・ミュージック UCCE-1185/6 ¥3,850(税込)
2020年10月30日(金)リリース
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キース・ジャレットが2016年7月3日〜16日にヨーロッパ5都市をまわったピアノ・ソロ・ツアーから、7月3日録音の『ブダペスト・コンサート』が2020年10月30日にECM Recoerdsよりリリースされる。先だって、5月8日のキース・ジャレット75歳の誕生日を祝してこのコンサートからアンコール曲<Answer Me>がネット上で公開されていたもののコンプリート盤となる。今回、収録曲の中から即興演奏の<Part VII>の先行配信がスタートした。
2016年のキース・ジャレットの足跡は、すべてピアノ・ソロ・コンサートで、2月9日ニューヨーク・カーネギーホールに始まり、4月29日ロサンゼルス、5月2日サンフランシスコ、7月3日ブダペスト、6日ボルドー、9日ウィーン、12日ローマ、16日ミュンヘン。2019年にはツアー最終日7月16日に録音された『Munich 2016』(ECM2667)がリリースされているので、ツアーの最初と最後を聴くことになる。
この夏の夜のピアノ・ソロ・コンサートは、ドナウ川に面した立地で、2005年にオープンした「Müpaブダペスト」(旧ブダペスト文化宮殿)にある、最新の音響設計を誇る「ベラ・バルトーク国立コンサートホール」で日曜夜8時から開催された。この日の天候は晴れ、日没20:42。ドナウ川の美しい夕景が、新月直後の澄んだ星空に移り変わるミラクルな時間。
コンサートは、<パートI〜XII>までの即興演奏と、アンコールに<It’s A Lonesome Old Town>、<Answer Me>という構成になっている。7月16日に録音された『Munich 2016』でも、12の即興演奏から成り、キースが”12″という数字に意味を持たせているのか偶然なのかは興味深い。アンコールは、同じくこの2曲に定番の<Someday Over the Rainbow>を加えているので、その場の思いつきよりはある程度考えてあったとも推測される。
©Roberto_Masotti
©Posztos Janos
※いずれも当日の写真ではなく、参考イメージ。
ジャレット家のルーツのひとつとしてハンガリーがあり、子供の頃、バルトーク「ミクロコスモス」からも学んだキースは、このコンサートを帰郷のようなものと捉えていたという。1985年「TOKYO MUSIC JOY」でのバルトーク<ピアノ協奏曲第3番>も『キース・ジャレット/バーバー:ピアノ協奏曲、バルトーク:ピアノ協奏曲第3番』(ECM NS2445)としてキース70歳誕生日にリリースされている。キースとバルトークについてはこちらの解説も参照されたい。
キース・ジャレットは、2016年の欧米8都市でのピアノソロ演奏の後、2017年2月15日ニューヨーク・カーネギーホールでのソロコンサートを最後に活動を休止し、現在、ニュージャージー州の自宅で穏やかに暮らしている。スタンダーズ・トリオでの演奏は2014年11月30日のニュージャージー・パフォーミング・アーツ・センター(NJPAC)が最後となり、2020年9月4日にゲイリー・ピーコックが安らかに永眠したことにより永遠にその幕を閉じた。活動休止直前の『Budapest Concert』と『Munich 2016』は最近のキースを知る貴重な記録だ。キースの一日も早い復帰を祈りながらその研ぎ澄まされた音の旅を共にしたい。
5月の75歳誕生日にあたり、「キース・ジャレットの音楽の足跡」を記事にまとめたのでご参照いただければ幸いだ。
L: 2014 NEA Jazz Masters Awards Ceremony and Concert, January 13, 2014 ©Alan Nahigian / ECM Records R: Carnegie Hall, 2016 ©Hideo Kanno
【ECM Records/ユニバーサル・ミュージックからのリリースノートより引用】
孤高のピアニスト、キース・ジャレットが10月30日に2枚組の新作『ブダペスト・コンサート』をリリースすることが発表され、収録曲の中から、即興演奏の「パートVII」も本日先行配信がスタートとなった。
本作は、キース・ジャレットの2016年ヨーロッパ・ツアーからの2作目となるコンプリート・ショーの録音盤で、昨年リリースされた『ミュンヘン2016』のコンサートよりも2週間前に録音されたもの。この新しい2枚組のアルバムは、ブダペストのベラ・バルトーク国立コンサート・ホールでのソロ・ピアノ演奏を記録したもの。家族のルーツがハンガリーにあるジャレットは、このコンサートを故郷への帰郷のようなものと捉えており、聴衆にも説明している通りバルトークへの生涯の愛着という意味においても、多くの創造的な即興演奏にインスピレーションを与えたようだ。
ジャレットの初期のソロ・コンサートでは、一晩の間に大きな音楽の弧を描いていたのに対し、その後の彼の演奏は、特にアルバム『レイディアンス』以降、独立した「動き」で構成されたスーツのような構造を生み出しており、それぞれが自然発生的な機知に富んだ驚異的なものとなっている。ロンドンのフィナンシャル・タイムズ紙に掲載された『ミュンヘン2016』をレビューしたマイク・ホバートは、「初期のリサイタルでは、古典的な考察、ポピュリズム的な参照、ジャズの自発性が混ざり合い、発明の延長線上にあったが、後のリサイタルではそれらを分離している」と指摘している。即興演奏のプロセスがかつてのコンサートの主題であったとすれば、21世紀のジャレットのソロ・コンサートは、探し求めることよりも見つけることの方が重要であると言えるかもしれない。バラードであれ、ポリリズミックであれ、トーン・ポエムであれ、ブルースに関するエッセイであれ、その瞬間に形作られているのだ。
“ハンガリーのニュースサイト「Népsava」でガーボル・ボータは、「聴衆を魅了する彼の魅力は、彼の多ジャンルにわたる態度にあるに違いない」と書いています。「ジャレットは、ライトなものからシリアスなものまで、あらゆるジャンルを消費して自分のものにしている。演奏はすべて即興で行われるため、私たちは音楽が目の前で生まれてくるのを目の当たりにする…彼は空気を嗅ぎ、一瞬の感情をキャッチし、指を鳴らし、目を細めて、そこには正しい音、正しいメロディ、完全にユニークな演奏があるのだ」。
アンコールで演奏される、より身近な曲にも創造的なエネルギーが注がれており、「イッツ・ア・ロンサム・オールド・タウン」と特にラプソディックな 「アンサー・ミー、マイ・ラヴ」はブダペストで見事な変貌を遂げている。
最近、キース・ジャレットは、この『ブダペスト・コンサート』を、他のソロ・レコーディングの基準となる「ゴールド・スタンダード」と捉えていると語っている。前例のない音楽の旅の後半の最高点として聴くにしても、それだけで楽しむにしても、この作品は驚くべき成果をあげている。
【Answer Me について】
<Answer Me, My Love>は、1952年にドイツ語の歌<Schütt die Sorgen in ein Gläschen Wein, Mütterlein>または<Mütterlein>として作曲され、1953年にカール・シグマンによって英語詞がつけられ、フランキー・レインとデヴィッド・ウィットフィールドの両者のヒットを経て多くのシンガーに歌われ、特にナット・キング・コールの演奏で知られる。キースもたびたび演奏しており、2013年スタンダード・トリオとしての最後の来日公演でも演奏された。