#089 『Free Music 1960~80 (ディスクガイド編)』
書名:Free Music 1960~80 (ディスクガイド編)
企画制作:ちゃぷちゃぷレコード
著者:末冨健夫 金野吉晃 河合孝治 横井一江 牧野はるみ 川口賢哉 豊住芳三郎 織田理史
編集:末冨健夫 河合孝治
発行所:TPAF
印刷製本:米サウス・キャロライナ
定価:Kindle版 ¥917 ペーパーバック ¥2,191
サブタイトル:開かれた音楽のアンソロジー Anthology of Open Music
『Free Music 1960~80』のタイトルの下に2冊の著作が刊行されている(ちなみに、表紙のカット写真、ロゴタイプ、デザインはまったく同じ)。2016年7月2日に刊行された方が赤い表紙で、2017年の1月11日に刊行された(何れも Amazonに拠る)方が青い表紙で「Disk Guide編」と付記されている。後者の方の「はじめに」を読むと、企画段階で2000年までにリリースされたアルバムを1000枚ほど選盤したものの、赤本にはエッセイを収録したため、アルバムを166枚しか収録できず、この 166枚に新たに234枚を追加して400枚とし、ディスクガイド編として独立させ続編として出版した、とある。これが「青本」誕生の経緯である。
昨今の厳しい出版状況下では音楽本、とくにジャズ関係の出版物の刊行はきわめて困難で、かくいう僕も昨年、一度は刊行が決まった友人のフォト・エッセイ本のドタキャンを食らった苦い経験を持つ。そのような中、日本では限られた読者層を対象とする「Free Music」を内容とする出版物の刊行など果たして実現可能か? 編集の末冨健夫と河合孝治が求めた活路は電子ブック+オンデマンド出版であった。彼らの熱意は太平洋を越え、アメリカのサウス・キャロライナ州にまで及び、ついに版元を探り当てたのである。末冨が主宰するちゃぷちゃぷレコードの本拠地、山口県防府(ほうふ)市とサウス・キャロライナ州のチャールストン市がデジタル回線を通して繋がったのだ。
昨年、赤本の献本を受け、早速読み始めたのだが誤植(入力ミス)と乱丁が多く、JazzTokyoでの紹介をためらった。スタート時点での不評はシリーズ化を予定している彼らにとって致命傷となる可能性を懸念した。しかし、内容は素晴らしいものだった。副島輝人や横井一江を始めとする斯界の碩学、学究によるフリージャズ・フリーミュージックに関するエッセイが10本、加えて百数十枚を超す関連アルバムの紹介。編集を担当した末冨と河合の熱意と使命感が紙面にふつふつとたぎるのを感じたものだった。末冨によれば乱丁は日米のプラットフォームの違いに起因するもので、その後、入力ミスと合わせて解消されたという。この辺り、電子出版ならではの手際の良さである。
さて、先月刊行された青本である。「Disk Guide編」と付記されている通り、1960年から80年にかけてリリースされた(実際は50年代のアルバムも数点収録されている)アルバムの中から400点を厳選、所有者であった末富を中心に8名が解説を担当している。対象は、日、米、欧で発売されたフリーを中心とするジャズと集団即興演奏を中心とする現代音楽(いわゆるフリーミュージックとして括られる)で、版元はメイジャー、インディを問わない。いや、むしろフリーミュージックの担い手はインディでこそあった。僕もほとんど同時代を生きてきたから、その多くは馴染みがあるが、なかにはもちろん初めてお目にかかるアルバムもある。恐るべし末冨健夫の好奇心!である。僕は末冨の同郷の俳人、種田山頭火を”稀代のインプロヴァイザー”と評したことがあったが、末冨もそのDNAを受け継いでいるのではないか?
ところで、400選の劈頭を飾る一枚はレニー・トリスターノの『メエルストレムの渦』(East Wind) である。末冨は紹介文を「これが日本のレーベルからリリースされたのは正に快挙という他ない」と結んでいるが、このアルバムは、菊地雅章が一時トリスターノに師事していた際、師のアーカイヴから1枚のアルバムを編纂したものである。このアルバムを始め末冨は日本制作のアルバムにも海外制作盤と変わらず等しく評価の目を向け多数選出している(中には僕が制作に関わったアルバムもあり、思わず見入ってしまった)。英語版が刊行された暁には日本のミュージシャンはいうまでもなく、日本の制作プロデューサー/ディレクターにも正当な評価の目が向けられるに違いない。トリスターノに続くのは、Moondog(ルイ・トーマス・ハーデン)、ナム・ジュン・パイク、そして4枚目にオーネット・コールマン『来たるべきジャズの貌』(Atlantic) が登場する。末冨は記す。「同じく59年録音といえば、マイルス・デイヴィスの「Kind of Blue」がある。これはモード・ジャズの実質的出発点といえる傑作。この録音の翌月の5月にはコルトレーンが「Giant Steps」を録音している。それと同じ5月に録音されたO.コールマンのこのアルバムは、同じくフリー・ジャズの出発点と言えるだろう。そう考えると、巷で言われる、ジャズはモード・ジャズに至って、その後必然的にフリー・ジャズに行かざるを得なかった。という表現は間違いだということが分かる。この二つ、ほぼ同時期に生まれたようなのであった」。また、ジョージ・ラッセルの『ベートーヴェン・ホール』(SABA-Werke) を紹介する河合孝治は、ラッセルの「リディアン・クロマチック・コンセプト」(LCC) について以下のように解説する。”LCCではバーティカル(垂直的)、ホリゾンタル(水平的)に音組織を捉えるが、それがスケールに生まれる機能的なコードなら垂直、モードなら水平というのではない。もしそう考えてしまうと音組織の機能を規則的に配分してしまい時間を秩序づけることになり、それは同一性を前提として差異にすぎないが、そうかと言って「差異からの差異」を生み出す(これがフリーミュージックの理想ではあるが)のでもない。どちらにも還元されない言わば「差異からの同一性」がLCCの特徴ではないかと思う” 。これらの発言は通説にとらわれない彼ら自身の言説であり、読者はこの著作のあちこちでこのような潔い独自の発言を目にすることになる。この辺りが自費出版の醍醐味であり、読者が思わず膝を打つ場面も出てくるのだ。
ところで。巻末にINDEXが付いているのは特筆ものだが、アルバムの制作データが無視されているのは単にスペースの問題なのだろうか? カタログには必要不可欠な情報のはずであり、また、この情報さえ収録されていれば、海外のリスナーにもそのまま通用すると思われるのだが...。一考すべきだろう。
編集に注力する末富とDTPに長けた河合、この名コンビが実現した電子ブック/オンデマンドによる「フリー・ミュージック」の刊行はスタートを切ったばかり。今後どのような企画が飛び出すかまったくもって目が離せない。僕としては、この独特の質感、風合いを持つアメリカのペーパーバック仕様が大好きで、彼らの思いの丈を詰め込んだシリーズが継続できるよう読者の応援を大いに期待したいと思う。
https://www.amazon.co.jp/Free-Music-1960-80-Guide/dp/4906858139