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BooksNo. 276

#105 『roberto masotti photographs / keith jarrett a portrait』
『ロベルト・マゾッティ写真集/キース・ジャレットの肖像』

text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌

タイトル:ロベルト・マゾッティ写真集/キース・ジャレットの肖像
著者:ロベルト・マゾッティ
編者:Stefano Vigni, Chiara Narcisi
版元:seipersei Milano
刊行:2021年1月
サイズ:24×30 cm
表紙:シルク印刷(黒)
内容:112ページ
紙質:ガーダマット
綴じ:ペーパーバック
印刷:オフセット
重量:1kg
部数:500部限定
定価:40ユーロ

70年代初頭から10年間、レコード会社でECMレーベルを担当していたこともあり、キース・ジャレットの写真はモノクロ、カラーにかかわらずたくさん見る機会があった。とくに来日のたびに招聘元が制作するコンサート・プログラムには選りすぐりの写真が何枚も掲載されていた。なかには関係者以外、撮影するチャンスのない貴重なカットも含まれていた。何十年間にわたるたびたびの来日の間、何度被写体になったことだろう。それでもなお、このマゾッティの写真集には、見たことのないシチュエーション、見たことのないアングルで撮られたキース・ジャレットの表情があふれていた。1枚1枚じっくり見てキースの心情まで読み取りたい気持ちと、早く新しい表情を見たいという気持ちが交錯して、ページをめくる手が右へ左へ忙しかった。右へ進んだり、左へ戻ったりを繰り返しながらひととおり見終わるのにかなりの時間を費やした。そんななかで個人的にもっとも感傷に浸った写真はECMのオフィスで撮られた写真。キースはイギリスの音楽紙 Meloday Makerをつかみ、壁にはジャックとのデュオ・アルバム『ルータ&ダイチャ』が見える。写真にうつる3人の男の中のひとりに目が釘付けになった。トーマス・ストゥーヴァサントである。創業まもないECMに原盤を売り込みに来て、そのままディストリビューションとプロモーション担当としてマンフレート・アイヒャーの右腕になった男である。本来、チェリストではあるもののゲルマン系のアイヒャーに対してラテン系のトーマスにはうってつけの任務。時折りJAPOレーベルでアルバム制作もしていたが、やがて独立、ブッキング・エージェントになった。ボストンのエージェント テッド・カーランドと手を組み、ふたりで欧米のマーケットを分け合った。ブラジルに支店を出すほどの勢いだったが、好事魔多し、肺がんに捕まり59歳で早世した。ミュンヘンでのアフター・アワーズの思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。
1982年、カメラマン ノーマン・シーフに随行、キースの自宅でのフォト・セッションに参加したことがある。次々にポーズの要求を出すノーマンについぞキースは表情を和らげることはなかった。クルーが多かったせいもあろうが、無意識のキースを捉えたロベルトの表情はどれも柔和である。ロベルトは創業まもない頃からECMのミュージシャンを撮り続け、イタリアのレップ的存在だったこともあり、気心が知れていたのだろう。心を許した相手にみせる親愛の表情だが、さすがに演奏中の表情は緊張感に満ちている。プロデューサーのマンフレート・アイヒャーや、ヤン・ガルバレクとの写真は、ヨーロッパ在住のカメラマンならではの貴重なショットである。1979年ヨーロピアン・カルテット来日時のキースとヤンの写真撮影のチャンスはぶしつけなひとりのカメラマンの行為によりついえてしまった。撮影は控えてほしいと申し出たドレッシングルームのキースを強行撮影したカメラマンの蛮行に怒ったキースがツアー中の撮影を禁じたためである。『パーソナル・マウンテンズ』と『スリーパー』リリースにあたり、ECMからコンサートの写真提供を請われたものの1葉も応じることができなかった。
なお、被写体のキースが2度にわたる脳卒中でリハビリ中であることは周知のとおりだが、撮影者のロベルトも病床で白血病と闘っている。(本誌編集長)
*なお、この写真集の購入についてはカメラマンの菅原光博さんに問合せ願いたい(Facebook/Messengerを通じるなど)。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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