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BooksMonthly EditorialEinen Moment bitte! 横井一江No. 309

#41 マイク・モラスキー著『ジャズピアノ』を読む

text by Kazue Yokoi  横井一江

 

『戦後日本のジャズ文化 – 映画・文学・アングラ』(青土社、2005 → 岩波現代文庫、2017)や『ジャズ喫茶論 – 戦後の日本文化を歩く』(筑摩書房、2010)で知られるマイク・モラスキーによる『ジャズピアノ』上下2巻(岩波書店)が昨2023年秋に刊行された。『ジャズ喫茶論』から十数年、趣味と実益を兼ねた日本の居酒屋研究に寄り道したまま戻ってこないなあ、と思いきや、7年もの年月をかけてリサーチおよび執筆をしていたとは。ジャズピアノについての本は世界中にゴマンとある。だが、本書はそのどれとも違う。アメリカでの調査、膨大な文献、資料をあたり、様々な音源を聴いて書き上げられた労作だ。資料には、アカデミックな論文だけではなく、ネット上にある情報やYouTube動画やポッドキャストまで含まれるのが21世紀的だ。

本書は歴史的な背景を押さえた上で書かれているので、ジャズピアノを通してジャズという音楽の揺籃期から1970年代頃までの歴史もまた辿ることになる。第一章は「ジャズピアノの基礎知識」、ここで初期のブルースやブギウギも取り上げているのは、アフリカアメリカ音楽としてのジャズの成り立ちを考えると極めて妥当だ。そして、「「古臭い」ジャズを聴け」と題してラグタイムそしてストライドピアノを取り上げた第二章に続く。日本で刊行されたジャズ歴史本で、このようにジャズ前史、ラグタイムを取り上げているのはフランク・ティロー著中嶋恒雄訳『ジャズの歴史 その誕生からフリー・ジャズまで』(音楽之友社)ぐらいだろう。ちなみに『ジャズの歴史』はアメリカでは1977年に刊行された原著の内容をアップデートした第2版が1993年に出ているが、日本では出版されていない。ここに共感を持ったのは、私自身少しだけジャズに関する講義をしたことがあり、その時に似たようなところから入ったからである。

こう書くと、ジャズ(ピアノ)史のお勉強本かと思われるかもしれない。著者は早稲田大学でジャズ史入門の講義を10年以上行っており、その側面も確かにある。他方、ピアニストとしてジャズクラブに出没していたこともある人物だけに、その経験も踏まえて、初心者にも分かるように聴き方のコツを演奏者の立場から教えてくれる。楽理的な説明も含まれるが、用語の解説は分かりやすい。ピアニストのこれはという録音を取り上げて解説する時も、水先案内人として楽譜を用いずに上手く説明する話術に感心した。また、主役はジャズピアノだが、共演者やバンドについてもしっかり記述されていることから、音楽の全体像が浮かんでくる。大半はジャズをBGMとしてしか認識したことのない学生を相手に、長年講義を行ってきた経験が生きているのだろう。本書のそこかしこに出てくる音源を聴きつつ、注も参照しながら読み進めるのが理想だが、各駅停車で遠くへ出かけるようなもので、なかなか先に進まない。ましてや、BGM嫌い、ながら聴き出来ない不便な私である。仕方がないので、そこはほどほどにして準急ぐらいの速さで読むことにした。本書は人それぞれに、読むことに専念するのも、気になった録音があれば後で聞くのもいいし、自分に合った読み方をすればいいと思う。

また、よく読めば「ローカルの視点」が随所で反映されているのがわかるのも本書の特徴だ。アメリカ各地のジャズ文化を見ると地域性がそれぞれ反映されている。ニューヨークと西海岸、またシカゴやカンザスシティとジャズについては知られているが、ピッツバーグはどうだろう。本書にその地名が度々出てきたことで目が開かれた。ピッツバーグといえば、ユージン・スミスの写真集での印象が強く、鉄鋼で栄えた街だが、アール・ハインズやエロール・ガーナーなどのミュージシャンを輩出しているものの、ジャズとの関連で語られるを読んだことがなかったからだ。

第三章「ビバップ以前のモダニスト達」でアール・ハインズ、デューク・エリントン、カウント・ベイシー、テディ・ウィルソン、第四章「ピアノの巨人」ではアート・テイタムが大きく取り上げられている。いずれもビバップ以前に活躍したピアニスト達だ。エリントンとベイシーという全く異なるバンドリーダーをそれぞれの楽団の主要メンバーを取り上げて解説し、楽団の特徴、作曲家、ピアニストとしての姿を浮き彫りにする。改めて納得することが多い。ハインズ、ウィルソン、テイタムについては、今では彼らを聴くのは余程の通人に限られるだろう。私も随分と長いこと聴いていなかった。彼ら名手達を再び聴き、その功績を再確認するよい機会となった。ビバップとクールジャズについて書かれた第五章「モダンジャズピアノ史概観(I)」でセロニアス・モンクやバド・パウエルが取り上げられているのは当然だが、アル・ヘイグやドド・マルマロサに言及していたことから、彼らに対する認識を新たにすることが出来たのも収穫である。この章ではマイルス・デイヴィスの『クールの誕生』を取り上げていただけでなく、ジョン・ルイスとMJQ、それとの比較でデイヴ・ブルーベックについて述べていたのが興味深かった。

下巻の第六章「モダンジャズピアノ史概観(II)」第七章「モダンジャズピアノの四奏法」第八章「ピアノトリオ黄金時代」では、かつてジャズ喫茶全盛期にそこで鳴り響いていたアルバムの主役達が次々と登場する。アート・ブレイキーとホレス・シルバーは当然としても、フリージャズの先達であるセシル・テイラーとムハル・リチャード・エイブラムスも取り上げている。セシル・テイラーの記述で彼のピアノスタイルを詳細に解説しているのには驚かされた。なにしろ著者は元々フリージャズにはそれほど関心がなかったと記憶していただけに、「セシル・テイラーの聴き方(一案)」という項目があったのには、なるほどと。モダンジャズピアノ奏法については、様々な演奏例をを挙げながら、音源を基に解説しているのでより解りやすい。例えば、ウォーキングベース奏法ではデイヴ・マッケンナとレニー・トリスターノ、ユニゾン奏法ではフィニアス・ニューボーンJr.、ブロックコードではレッド・ガーランドやボビー・ティモンズ、ロックハンド奏法ではジョージ・シアリングやオスカー・ピーターソンなどを取り上げているという具合だ。ピアノトリオについての章では、基盤を築いた三人ということでナット・キング・コール、エロール・ガーナー、バド・パウエルにページを割いているのは意味がある。パウエルはともかく、ナット・キング・コールについて歌手としてではなくジャズピアニストとして書かれることは多くなく、エロール・ガーナーについては名盤『コンサート・バイ・ザ・シー』などがあるものの、彼のピアノスタイルや他のピアニストへの影響について詳細に書かれたものを読んだ記憶がないだけに貴重だ。この章ではカール・パーキンスのような知る人ぞ知るピアニストが取り上げられているのも面白い。オスカー・ピーターソンやビル・エヴァンスを始め著名なピアニストが沢山出てくるが、ポール・ブレイやチック・コリアもここで登場する。

最終章である第九章「ジャズピアノを編成別に聴く」では、ただ編成別に取り上げるのではなく、他の章とは違ってアメリカ以外のピアニスト、アレクサンダー・フォン・シュリッペンバッハ や佐藤允彦についても触れられていた。佐藤については富樫雅彦との『インダクションズ』(Baj Records、1999年録音)、シュリペンバッハはサム・リバースとの『タンゲンス Tangens』(FMP、1997年録音)について解説している。ピアノトリオの項ではキース・ジャレットの「スタンダーズ」、また歌伴の名手ジミー・ロウルズなどを取り上げていたり、バッキングの妙についての解説もある。1970年以前のジャズについて書かれた本だが、第九章だけは1980年代以降にジャズシーンに登場したジェリ・アレンやイーサン・アイバーソンなども登場、そして最後はクリス・デイビス*で締めくくられていた。

本書では演奏についての記述がメインとなっているが、ところどころ脱線したり、アネクドートが挟まれていることによって、読者を楽しませつつ、より立体的にピアニスト達とその背景、彼らの演奏を浮かび上がらせている。ソニー・クラークのように日本では人気があるもののアメリカでは過小評価されているピアニストを取り上げているのも日本に在住していればこそ。あとがきで「本書に登場したピアニストのうちにもジャズ喫茶で初めて聴いた人は少なくない」と書いているように、アメリカで生まれ、日本に約30年住み、ジャズ喫茶に通い、ジャズクラブで演奏した経験を持つ研究者マイク・モラスキーにしか書けない本だ。名盤紹介本や歴史物語を超えた奥行きのある本で、リスニングガイドとしても読める。今ではあまり聴かれていないミュージシャンも多いだけに、あらためて1960年代までのジャズを振り返って聴き、その豊かさに触れるよい機会にもなった。たまにはこういう時間もいい。


注:
* クリス・デイビス「ダイアトム・リボンズ」についてはヒロ・ホンシュクが楽曲解説している。
https://jazztokyo.org/column/analyze/kris-davis-diatom-ribbons/

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横井一江

横井一江 Kazue Yokoi 北海道帯広市生まれ。音楽専門誌等に執筆、 雑誌・CD等に写真を提供。ドイツ年協賛企画『伯林大都会-交響楽 都市は漂う~東京-ベルリン2005』、横浜開港150周年企画『横浜発-鏡像』(2009年)、A.v.シュリッペンバッハ・トリオ2018年日本ツアー招聘などにも携わる。フェリス女子学院大学音楽学部非常勤講師「音楽情報論」(2002年~2004年)。著書に『アヴァンギャルド・ジャズ―ヨーロッパ・フリーの軌跡』(未知谷)、共著に『音と耳から考える』(アルテスパブリッシング)他。メールス ・フェスティヴァル第50回記。本『(Re) Visiting Moers Festival』(Moers Kultur GmbH, 2021)にも寄稿。The Jazz Journalist Association会員。趣味は料理。当誌「副編集長」。 http://kazueyokoi.exblog.jp/

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