#1617 『Juma / Selected Works』
Text by 剛田武 Takeshi Goda
2×LP : Bitter Lake Recordings BLR-006
K. Yoshimatsu : G,Vo,Syn, Sequencer, Drum Machine, Strings, B, Effects
T. Isotani : Sax
F. Yasumura : Vo
T. Itouzi : B (B3, C2)
Y. Horita : Ds (B3, C2)
H. Matsushima : Fl (B3, C2)
Y. Ozaki : Key (B3, C2)
A. Enigma
B1. Pulse Dance
B2. Natural
B3. Hong Kong Dancing
C1. Aqua Cosmos
C2. 化石になる日
C3. Ammonite Legend, Pt. 2 (Excerpt)
C4. Lizuid Asteroid
D. Jurassic Cycle
ミニマルミュージックを蹂躙する日本地下音楽の秘宝。
80年代前半、ほぼカセットテープのみで200作を超える日本の地下音楽作品をリリースしたまま、突然活動を終止した自主レーベルDD.Records。レーベル主宰者が消息不明のためレーベルや膨大なカタログの詳細は約30年に亘り謎の侭であった。しかしここ数年、日本国内のみならず海外でも日本のアンダーグラウンド/マイナー音楽の再評価や発掘熱が高まり、DD.Records作品にも陽が当たりはじめ謎の一部がベールを脱ぐこととなった。現在広島でフィルムメーカーとして活動する吉松幸四郎が山口県の大学在学中にJumaとしてDD.Recordsからリリースした音源のコンピレーションが、ニューヨーク・ブルックリンのレーベルBitter Lake Recordingsから2枚組LPとしてリリースされたのである。
“日本の地下音楽のリイシュー専門のレコード・レーベル(record label specializing in reissues of the Japanese underground)”と称するこのレーベルは、2017年から関西地方のアーティストを中心に知られざる80年代地下音楽を発掘しているユニークなレーベル。どのような経路でJumaのことを知ったのか興味深いが、DD.Recordsは当時アメリカのプログレ雑誌『Eurock』で特集記事が掲載されたこともあり、日本国内よりも海外の好事家の間でよく知られた存在だったようだ。
DD.Recordsの始まりは、1978年創刊の投稿雑誌『おしゃべりマガジン ポンプ!』から生まれたカセットテープ交換サークル「リサイクル・サークル」だった。会員が持っているレコードをカセットテープにダビング(録音)して郵便で交換するという主旨の活動をしていたサークルの中で、ジャーマン・ロック、プログレッシヴ・ロック、電子音楽、インダストリアル・ミュージック等に興味のある会員同士が繋がり、その中心的存在だった甲府の大学生、鎌田忠が立ち上げたのがDD.Recordsだった。
タンジェリン・ドリームやクラウス・シュルツェといった電子音楽やプログレッシヴ・ロックからインド音楽などの民俗音楽、インダストリアル・ミュージックやテクノポップからECM系北欧ジャズまで好んでいた吉松も「リサイクル・サークル」で鎌田と交流を持ち、その繋がりでDD.Recordsに参加することになった。
吉松「鎌田氏のDD.Recordsでの1作目を聴いてハンドメイドなインダストリアルミュージックに衝撃を受けました。音楽を作ったり楽しむのに商業的なモノサシなど必要は無いという当たり前の事に気付かされました。自分も既存の音楽の枠組みに囚われない音楽作りがやってみたいと鎌田氏に背中を押された思いでした。」
丁度その頃、吉松が大学の軽音楽同好会でヴォーカルのF.Yasumura、サックスのT.Isotaniなどとやっていた7人編成のバンドJuma(バンド名は水樹和佳のSFマンガ「樹魔」に由来する)が、数回のライヴ活動の後、オリジナル曲を残す為にレコーディングして解散した。その音源を自分のソロ音源(ノイズ・ミュージック)と一緒に鎌田に送りDD.RecordsからリリースされたのがJumaの1stカセット『Faust and Lost』(DT07 / 81)だった。本作にはF.Yasumuraのロリータ・ボイスが魅惑的なB3「Hong Kong Dancing」、吉松が歌うC2「化石になる日」の2曲を収録。当時の紹介文では逆説的ポップバンドと称しているが、寧ろ山下達郎、オフコース、松任谷由実などニューミュージック全般も好きだ言う吉松のポップセンスの発露と言える。その志向は吉松が現在プロデュースする女性ヴォーカルユニット「HALO」に受け継がれている。
バンドとしてのJumaは既に解散したが、吉松はその後もJuma名義で音楽活動を続ける。
吉松「山口高校時代からの悪友のT.Isotaniこと磯谷隆文とは、山口大学の軽音で一緒にバンドを組んで、バンド解散後もお互いの家を行き来して音楽制作を一緒にやってました。磯谷とふたりでJuma名義で山口の小さなカフェでライブをしたこともあります。」
2nd『Jurassic Cycle』(DT11 / 81)は完全に吉松のソロ作品。シンセサイザー、シーケンサー、リズム・ボックス、ギター、ヴォイスによる瞑想的な電子音楽はタンジェリン・ドリームの影響を受けたという。本作のSide D一面を使った20分を超える「Jurassic Cycle」は前半の反復するミニマリズムに過激なエフェクトギターが絡む偏執狂的な爆音、中盤の虚無の中で鳴るリズム・ボックス、後半の軽やかなギターの向こうに寂寞とした狂気を孕む展開の対比が印象的。
3rd『Aqua Cosmos』(DT16 / 81)は、F.Yasumuraのヴォイスをエフェクト的にフィーチャーしたB2「Natural」、マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」を思わせるミニマル・ミュージックC1「Aqua Cosmos」を収録。
4作目『Cross Parallel』(DT24 / 81)からは、空中浮遊する電子ミニマルビートB1「Pulse Dance」とC4「Lizuid Asteroid」を収録。どちらも電気加工されたF.Yasumuraのヴォイスが攪乱要素として注入されている。
5作目『Ammonite Legend』(DT28 / 81)はA・B面各1曲の大作だが、本作には抜粋としてC3「Ammonite Legend, Pt. 2 (Excerpt)」を収録。零れ落ちる鉱物的音響は、化石を冠したタイトルに相応しい。個人的にはこのトラックが最も気に入った。
6作目にしてJumaとしてのDD.Records最終作『Ocean Zero』(DT37 / 82)もA・B面各1曲の大作志向。本コンピレーションの冒頭を飾るA「Enigma」は神経を逆撫でするノイズ音響が心地よい反復音と共にループされる悪意のミニマルミュージック。磯谷のシュールなサックスが挿入され混沌に輪をかける。
2曲のバンド・ナンバーを除き、近年海外で人気が高まるシンセウェーヴやアンビエントミュージックに通じる音楽性だが、意志が希薄な環境音楽や“癒し効果”を目的とするヒーリングミュージックとは次元の異なる実験性と冒険心に満ちた世界である。しかしながら、全編を貫く80’sニューウェーヴに通じるキッチュな感触は、Juma=吉松が前衛的な実験音楽だけを目指していなかったことを証明しており、それはフィルムメーカー/映画監督として活躍する現在の彼のスタイルに通じている。
モノクロを基調としたジャケットは、DD.Recordsを象徴するポストモダンなモノクロコピーのオリジナルアートワークに倣ったもの。音も含めたトータル作品として、クールで洗練された印象がある。有象無象の自主音楽家の作品を統一したイメージで世に送りだしたDD.Recordsの精神が、40年近く経った今でも生き続けていることは明らかである。
吉松はJuma名義以外にも、ソロ名義やコラボレーション等で、約4年半の間に40作もの作品をDD.Recordsからリリースした。カセットテープだからこそ可能なリリース・スピードだが、当時パンク/ニューウェイヴで提示されたDo It Yourself精神、シンセサイザー等の電子楽器や録音機材の進化と簡便化、そして何よりも吉松自身の創作意欲の高まりがあってこそのリリース数である。
吉松「DD.Recordsとは自分にとって、自発的に音楽表現(或は表現全般)に向き合う姿勢を培う「場」だったと感じています。
既成概念に囚われない姿勢の手本を示してくれた鎌田氏や独創的な音楽作品を作るDD.Recordsのアーティストの皆さんに出会えたことは、自分の中で良い刺激になったと思っています。」
えてして「フラストレーションの発散」「若さの無駄遣い」などと呼ばれがちな10代・20代の無軌道な音楽活動だが、ここに記録された作品は、溢れ出る才能の結晶であり、例え極少数だとしても形にして世に送りだしたDD.Recordsの功績を含め、日本の地下音楽の秘宝として高く評価されるべきである。DD.Recordsに限らず、殆ど知られることなく制作され、地下深くに眠っている音楽の秘宝が世に姿を現すことを愛好家として楽しみにしている。(2019年7月1日記)
*文中吉松氏の発言部分(斜体)は2019年5月20日筆者によるメール・インタビューより。