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CD/DVD DisksNo. 317

#2346 『又賀純一郎/Landscape』

text by Takashi Tannaka 淡中隆史


Junichiro Mataga『Landscape』JM50002 (2024)

又賀純一郎(p / Composer / Arranger)
山田吉輝(b / Composer)
永山洋輔(ds / Composer)

01. View from the Boundary Line
02. Reflection
03. Clockwork
04. Body and Soul (Johnny Green)
05. Zig-Zag
06. Escher’s Staircase
07. Slowly and Broadly
08. What do you mean by that?
09. Spring Waltz
10. You Are The Living Word (Fred Hammond)


『Landscape』はニューヨークを拠点とするジャズ・ピアニスト又賀純一郎(またが じゅんいちろう)2024年の新作。前作『Sketches』(2021年)と双生児のように対をなすセカンドアルバムだ。

レコーディングは前作と同じくブルックリンのスタジオAcoustic Recordingで行われた。レコーディング・エンジニアがピーター・カール、ミキシング、マスタリングはアバター・スタジオでの仕事で知られるアキヒロ・ニシムラで深い配慮が感じられる。

たった1日で録音された全10曲。それはワンテイク+αの繰り返しを意味する。おなじく、ジャズ・レコーディングのエッセンスでもある。前作の経験からの自信と、レコーディングに至るリハーサルやライブがあってはじめて可能になったのだろう。だから、この「イッキ録り集」からは一筆書きの清々しさだけではなく、背後のニューヨーク(や郊外)のリハーサルスタジオやライブの情景、音楽の醸成へのリアリティまでが鮮やかに伝わってくる。

トリオのメンバーは『Sketches』同様に現地で活動する3人。
又賀純一郎(p)、山田吉輝(b)、永山洋輔(ds)

10曲中の8曲が又賀純一郎のオリジナル。すべてがオリジナルだった前作と異なり、カヴァーとしてジャズ・スタンダード「Body and Soul」とゴスペル「You Are the Living Word」の2曲がとりあげられた。「Body and Soul」でメロディーとコードは一度解体され、まるでダブのように他のエレメントとブレンドして再構成される。その行程自体がジャズのアドリブとおきかわっている。原曲と新しい構造とが交差するアイディアは素晴らしい。聴き込んでいくと、本人がインタビューで答えているように「ロジカルに作曲」していることが分かる。ジャズ・ワルツ、ボサノヴァ、ブルース、バラードでも過度に屈折したアプローチはなく、真摯なコンポジションとアレンジメントが浮かびあがる。「Reflection」(反射)、「Clockwork」(時計じかけ)、「Zig-Zag」、「Escher’s Staircase」(エッシャーの階段)など楽しいタイトルから又賀純一郎の構造指向が伝わる。情感に訴えるメロディー依存は巧みに避けられて、幾何学的な美しさを持つ、といってもいいとおもう。

振り返ると、1980年代からバークリーをはじめとするアメリカの音楽学校はジャズを学ぶ日本人で溢れていた。2000年以降は東洋の他国からの留学生に変わって現在に至る。海外への留学生の総数も盛期の30%台に留まっている。
すでに半世紀以上前、ジャズの世界に「パリのアメリカ人」ならぬ「ニューヨーク、アメリカの日本人」たちが現れた。最初期の秋吉敏子、その後の菊地雅章などから数えると又賀純一郎たちは第5世代にもあたるだろうか。

転じて、クラシック音楽ではどうか。
今も日本の音楽プロダクションは世界のコンクール上位入賞者、10〜20代にターゲットを絞ってスカウトしている。TVのクラシック番組で目にする若手音楽家たちはこのハンティングの成果だ。「脱亜入欧」した入賞者の中には、帰国後に本来は手段であるはずのコンクールを目的とした法人を作り、自己を頂点として産業化を企てる者すらいる。
何かがおかしくないか?
音楽家の自立の方法を類型化する奇妙なシステムが出来上っているのは。

他方、海外からはアニメーションやゲームなど日本のサブカルチャーに憧れた人たちがやってくる。その数はジャズやクラシック音楽と比べ、三桁ちがいに多い。来日中、彼らが行きつく所はライブハウスやコンサートではなくカラオケだったりする。日本のジャズやクラシック目線からは理解できない(したくない)状況だ。

2020年のコロナのロックダウン期を経てきたニューヨークのジャズシーン。東京よりダメージは大きく、現実に多くのジャズ・ミュージシャン、関係者を失っている。
まだ感染症の渦中にあった2021年の『Sketches』以降「ステイホーム・ミュージック」の時期を経て個々の音楽家に変化が生まれたはずだ。

『Landscape』で又賀純一郎はテーマを掲げて声高に語ることなく、淡々と作曲し、アレンジ、演奏し、その果実を一筆書きでレコーディングする。それでいて、自然と現在ニューヨークの「気」が匂い立ってくる。

現代のジャズシーンはこれからどこに行くのか。
という問いに答えたひとつの解答、美しい作品だ。

淡中 隆史

淡中隆史Tannaka Takashi 慶応義塾大学 法学部政治学科卒業。1975年キングレコード株式会社〜(株)ポリスターを経てスペースシャワーミュージック〜2017まで主に邦楽、洋楽の制作を担当、1000枚あまりのリリースにかかわる。2000年以降はジャズ〜ワールドミュージックを中心に菊地雅章、アストル・ピアソラ、ヨーロッパのピアノジャズ・シリーズ、川嶋哲郎、蓮沼フィル、スガダイロー×夢枕獏などを制作。

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