#1356 『後藤篤╱Free Size ATSUSHI GOTO QUARTET』
text by Yumi Mochizuki 望月由美
DOSHIDA RECORDS #001 2000円+税
後藤篤(tb)
石田幹雄(p)
岩見継吾(b)
服部正嗣(ds)
1.Grande Open(後藤篤)
2.Que Sera,Sera(Jay Livingston)
3,GOIM (石田幹雄)
4,Mobius Ⅰ (後藤篤)
5,Mobius Ⅱ (後藤篤)
6,三陸ファイトソング (後藤篤)
7,風花-Kazabana- (後藤篤)
8.Arbre du Tenere-テレネの木(後藤篤)
9.慈雨(後藤篤)
10.Close [Grande Open](後藤篤)
プロデューサー:後藤篤
エンジニア:島田正明
録音:2016年5月9,27,31日アケタの店
前進また前進、前に向かってまっしぐらに突き進むトロンボーン、痛快なトロンボーン・カルテットの登場。
アルバム『後藤篤╱Free Size』(DOSHIDA RECORDS)はかれこれ6年ほど活動を積みかさね、ユニットが有機的に機能を発揮するようになったこの時点をとらえてのファースト・アルバムである。
これまで何度かライヴで聴かせていただいているが、これほど4人がベクトルを合わせ音楽に熱中しているユニットはなかなかない。
後藤のオリジナル曲をなんども繰り返し演奏し曲想を成熟させてゆくカルテットの姿勢は昔からのジャズ・ジャイアンツがみんなライヴの積み重ねでグループのスタイルやカラーを築いてきたように、後藤篤カルテットもそうしたジャズの王道を、腰を据えて突き進んでいることがこのアルバムから伝わってくる。
一曲をのぞいて全て後藤篤と石田幹雄のオリジナル曲で、そのどれもが明るく陽気で明快、曲想が単純であればあるほど4人のペースが一つになり説得力が増している。
(1)<Grande Open>はまさに後藤4のオープニングにふさわしい曲で、けれん味のない後藤のサウンドは正に伸縮自在、豪放で威勢がよく、一瞬カーラ(ブレイ)のところのゲイリー・ヴァレンテを想わせるように開放的である。
続いて石田幹雄(p)が躍動感のあるリズムで鍵盤上を走り回るが、音が立っているので音数の多さは気にならずむしろ爽快そのもので後藤との相性は抜群、このコンビネーションは実に気持ちがよくて素晴らしい。
岩見継吾(b)と服部正嗣(ds)のリズムも後藤と石田の動きにフレキシブルに反応し、よい刺激を創りだしていて全体としてカルテットとしての一体感が伝わってくる。
(2)<Que Sera,Sera>(ケ・セラ・セラ)は1956年ドリス・デイ(vo)が唄って大ヒットした古い歌曲で、オリジナルを中心に演奏するグループだが時にはこういうミンガスや(ローランド)カークのような思いがけない選曲もするユーモアの持ち主でもあるらしく嬉しい裏切りである。
ライナ―・ノーツによると「Sly&Family Stone」からヒントを得たという。
ホンキー・トンク風の石田のピアノがミンガス・ワークショップ的な雰囲気を醸し出すあたりのひねり具合が面白い。
(3)<GOIM>は石田幹雄のオリジナル曲。トロンボーンとピアノがユニゾンでテーマを演奏するところがサウンドとして新鮮である。
石田のセシル・テイラー(p)顔負けの快速調のソロがグループに活力を生み出しそれに呼応してベースもドラムもフル・スイングする。
フリー系でガンガン弾くが実はデリケートな音をそっと忍ばせている石田のエネルギッシュな面とセンシティヴな面の両面が伝わってくる。
一変して(4)<Mobius Ⅰ>(5)<Mobius Ⅱ>はフリーな感覚のスロー。
ポール・ブレイかアネット・ピーコックのような耽美的な石田幹雄のピアノからはじまり、そこに後藤が加わる、美しい。
ベース~トロンボーン~ピアノと自然の流れのようにソロが紡がれてゆくが、後藤のソロのバックに回った時のピアノ、ベースそしてドラムの動き、連携がユニットの連携を高めている。
(7)<風花-Kazabana->と(9)<慈雨>もきれいなバラード調。ライヴでは気がつかなかった後藤のロマンティックな一面が描かれているし、やはり普段あまり聴けない石田幹雄の弾くバラードもいい。
後藤篤はこのカルテットのほかMoonS、MAD-KAB-at-AshGate、林栄一・GATOS Meeting、板橋文夫オーケストラ、板橋文夫FIT!+MARDS、等々たくさんのバンドに参加、いまやライヴ・ハウスのプログラムを開くとトロンボーンといえばほとんど後藤の名前がリスト・アップされる、という忙しさのなかで録音された『後藤篤╱Free Size』(DOSHIDA RECORDS)は、メンバーの4人とこのユニットの構想を練り上げてきた後藤の思いがぎっしりつまったアルバムである。
録音もユニット全体のバランスをうまくとりながらもメンバーひとりひとりのソロをくっきりとクローズ・アップしていて、このグループのアコースティックな音の魅力を倍加させている。
「アケタの店」での録音で、長年このグループを見守り聴いてきた島田正明エンジニアが実にこなれた響きに創りあげていて、さながら西荻のヴァン・ゲルダーといった音創りである。
『後藤篤╱Free Size ATSUSHI GOTO QUARTET』(DOSHIDA RECORDS)は4人それぞれの強い個性が存分に活かされながらも緊密な統一感があり全体として後藤篤カルテットの姿が浮かび上がってくる。
いまライヴ・シーンで最も注目すべきグループのファースト・アルバムである。