#2349 『渋さ知らズ /渋吼 Shibukoh』~ 35周年記念アルバム
text by Masahiro Takahashi 髙橋正廣
『渋吼』 Shibusashirazu 35 ¥3,300(税込)
渋さ知らズ:
不破大輔 ( contrabass, ukelele bass)
北陽一郎 (trumpet)
立花秀輝 (alto sax)
斉藤圭祐 (alto sax) <08 only>
田中邦和 (tenor sax) <01~07 only>
鬼頭哲 (baritone sax)
加藤一平 (guitar)
山口コーイチ (forte-piano, organ)
磯部潤 (drums)
玉井夕海 (vocal)
和田直樹 (guitar)
収録曲:
01. イントロダクション 「渋さ知らズ」
02. 平和に生きる権利ー El Derecho de Vivir en Paz ー (作詞・作曲:ビクトル・ハラ、意訳:玉井夕海 )
03. 行方知れズ (作曲:不破大輔)
04. 渡 (作詞:三角みず紀/作曲:不破大輔 ).
05. 行方知れズ
06. 渡
07. 行方知れズ
08. 堕天使たちのバラード ー水族館劇場『新漂流都市』よ りー(作詞:翠羅臼/作曲:不破大輔 )
Rec:2022-3-5<01~07>,2023-9-8<08>
Rec & Mix: 田中篤史
Mastering: 夏秋文尚
録音: 吉祥寺 MANDARA2
装画: 小林亮平
デザイン: 廣田清子
制作 : 不破大輔、玉井夕海
長年日本人を生きて来た筆者だが、未だ”闇鍋”なるものを食したことがない。当アルバムのレビューを編集部より依頼され紙ジャケットのシンプルなディスクを受け取ったときに感じたのは、何が出るのか得体のしれない闇鍋に箸を付ける気分だったことを告白しよう。キース・ヘリングの絵画をイメージさせる絵柄と渋さ知らズというグループと『渋吼』なるタイトルに戦(おのの)いたのだ。普段の筆者ならば絶対に近づかない種類のアルバムなのだから。
1989年8月、アングラ創造集団「発見の会」の公演「リズム」の劇伴を依頼された不破大輔が、“客席が空席だらけでみっともないので、バンドマンをたくさん集めて埋めてほしい” との提案を受け結成した「渋さ知らズ」。その後、程なくダンサーチーム「乳房知らズ」も結成され、ジャズ、ロック、ダンスミュージックなど多彩な音楽性を備えたバンドへと発展する。1993年にはメンバーの離合集散を繰り返しながら1993年4月1日に初音源を発表。同年に舞台美術家も加わり、巨大なオブジェが演奏ステージに登場するようになる。「渋さ知らズ」はジャズバンドの枠を超えて視覚的なパフォーマンスまで備えたトータル・パフォーマンス・グループとして世界的な注目を集めることとなる。その「渋さ知らズ」は2024年の今年、結成35周年を迎えた。その間、メンバーの出入りは頻繁で実に100人を超えるという。片山広明(as)、立花秀輝(as)、石渡明廣(g)、角田健(ds)、須賀大郎(p)を始め日本のコンテンポラリーなジャズシーンを牽引する傑物を多数輩出している。
「渋さ知らズ」というバンドは常に変化することを怖れず弛まず、「”離合集散”ではなく新しい才能を”呼吸”する」ことによって不破の創作した楽曲を触媒としてマグマの高熱を発し続ける永久機関として存在するのではないか。結成35周年記念として8年ぶりにリリースされた本作『渋吼』には8曲が収録されるが、<02>「平和に生きる権利」における強い反戦メッセージや<08>「堕天使たちのバラード」という水族館劇場『新漂流都市』の主題歌であったりとまさに闇鍋状態。それらは通常のアルバムでは2秒程度ある曲間の無音ブランクが無く、あたかも登場人物が次々と立ち現れる一幕物の革命劇を観るかのような聴覚的錯覚に陥る。(映画で言えば F. フェリーニのごった煮的映像世界にも似ているが)それはアヴァンギャルドにして整然たるアンサンブルと煽情的なソロパートが織りなす、間断なく押し寄せる暴力的やさしさであり、言い換えれば渾沌の中の抑制された静寂の抒情詩であるのかもしれない。従って1曲1曲を解題し各人のソロを論評することはまるで意味をなさない。そんな中で堕天使にしてエロスの化身、玉井夕海のジャンヌ・ダルク的降臨が透明感あふれる泉のような存在感を示していて、本作のハイライトの一つであることは疑いのない処だ。
本作『渋吼』は是非全曲を一気通貫の通しで聴くことをお勧めする。演奏する全員のエネルギーのベクトルが一致していること、そこに不破大輔の意思が貫徹していることは勿論だが、参加した全ての演奏者達の魂のエッセンスが溶け込んでいるこの『渋吼』という切れ目なく打ち寄せる大いなるうねりに身を任せて、自らもこの混沌の”闇鍋”の中に身を投じてみては如何だろう。筆者は久し振りに音の洪水に浸るカタルシスを覚えたことを告白する。