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CD/DVD DisksNo. 320

#2359『Norma Winstone/Outpost of Dreams』
『ノーマ・ウィンストン/ アウトポスト・オブ・ドリームス』

text by Ring Okazaki 岡崎 凛

ECM UCCE-1208
2024年7月リリース、2,860円(税込)

Norma Winstone (voice) ノーマ・ウィンストン
Kit Downes (piano) キット・ダウンズ

1. El(Kit Downes)
2. Fly The Wind (John Taylor)
3. Jesus Maria (Carla Bley)
4. Beneath an Evening Sky (Ralph Towner)
5. Out of the Dancing Sea(Kit Downes)
6. The Steppe(Kit Downes)
7. Nocturne(Kit Downes)
8. Black Is the Colour (traditional)
9. In Search of Sleep(Kit Downes)
10. Rowing Home (traditional)

Outpost of Dreams, recorded at Udine’s Artesuono Studio in April 2023, and mixed at Munich’s Bavaria Studio in January 2024, was produced by Manfred Eicher.


<ノーマ・ウィンストン/キット・ダウンズ日本公演とアルバム『Outpost Of Dreams』について>
2024年11月23日と24日の2日間、東京・渋谷の美竹サロンにてNorma Winstone (ノーマ・ウィンストン)/ Kit Downes(キット・ダウンズ)の日本公演が開催された。24日の公演を聴きに行くと、客席のあちこちにプロのミュージシャンたちの姿が見えた。ただならぬ熱気に満ちた会場に2人が現われ、拍手に迎えられ、コンサートは始まった。
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聴きに来た人はみなそれぞれの大切な記憶を胸にしまって、家路についたことだろう。会場を出ても、歌とピアノの音像がいつまでもリスナーを包んでいたことだろう。コンサート来場者の多くが、2人が最近リリースしたECMのアルバム『Outpost Of Dreams』を、会場で手に取ったり、購入したり、CDのジャケットにノーマのサインをもらったりしていた。24日の公演では、このアルバムの収録曲が多く演奏された。会場に並んでいたのは、アルバム解説だけでなく歌詞の対訳もついた日本盤だった。英文の歌詞は輸入盤にもついているだろうが、ノーマ・ウィンストンの歌を聴けば、きちんと訳したものを読みたい、という気持ちになる人は多いだろう。この夜は、日本盤を買って、ノーマ・ウィンストンのサインをもらおうと、公演後の長い列に並んだ。

CD国内盤を入手し、本作がますます大切なアルバムだと感じている。初めてノーマ・ウィンストンを聴く人にも薦めたいと思う。


<本作について>
英国を代表するヴォーカリスト/作詞家のノーマ・ウィンストンは1941年9月生まれで現在83歳。年を重ねた今も彼女の冒険心は止まない。彼女と新たにデュオを組むキット・ダウンズは、世界のジャズシーンを牽引するピアニスト。ともにECMで諸作をリリースしてきた2人が、敬愛するジョン・テイラー(p)などを回顧しながら、ヴォイスとピアノの底力を見せつける。

ノーマ・ウィンストンがECMから6年ぶりのアルバム・リリース。デュオを組むキット・ダウンズ(p)もやはりECMでの活躍が近年目覚しい。しかし2人の共演はレーベルからの提案ではなく、コンサートに出演できなくなったピアニストの代役をダウンズが務めたのがきっかけだったという。やや意外だったが、デュオ結成はこのように単なる偶然で始まったとノーマは語っている。

デュオ・コンサートを数回重ねた後、London Jazz Newsがノーマ・ウィンストン80歳を記念して集めた祝辞の寄せ書きには、キット・ダウンズが「二人一緒に崖からジャンプするような音楽的冒険を、ぜひまたやりたい。待ちきれない思いです」という趣旨の言葉を載せたという。そしてノーマ・ウィンストンも、ダウンズと同じ気持ちだった。(ECMオフィシャルサイトより)

大先輩のノーマを持ち前の冒険心で刺激したというダウンズは、彼女の歌声に寄り添いながら、彼らしい表現を積極的に盛り込んでいく。そこに大仰さはなく、一見シンプルに聴こえる。曲によっては、じわじわと凄みを増して、歌い手としての存在感をマックスに高めるノーマ・ウィンストンのバックにあって、奇をてらわず穏やかに弾くキット・ダウンズも、彼女同様に存在感が大きい。
ある意味この二人は、怪物クラスの顔合わせではないかと思うのだが、派手さはない。力の抜き加減がとてもうまいのか、そもそも、そんな小手先の技術は必要としていないのか、ほどよい緊張感の中で、極上の歌とピアノの音を重ね合わせていく。

楽曲はキット・ダウンズのオリジナルを中心に、ジョン・テイラー、ラルフ・タウナーという、ノーマ・ウィンストンの音楽歴史ゆかりの音楽家の曲、トラディショナル曲2つを加えた10曲である。ノーマ・ウィンストンのこれまでの作品を網羅的に回顧するという選曲ではないが、本作の彼女の歌を聴けば、自ずとさまざまな過去作も聴きたくなる。

<ノーマ・ウィンストンについて>
英国を代表するヴォーカリスト、ノーマ・ウィンストン(vo)については、略歴を記すのは不要かもしれない。ウィキペディアにある歌手で作詞家、という肩書は、歌手であり、詩人でもあると言い換えてもいいだろう。1941年9月生まれの彼女は現在83歳。これまでECMの諸作品に参加しており、リーダー作と共同リーダー作(Azimuth(アジマス)名義など)が多数リリースされている。本作にはその回顧という意味も込められるが、キット・ダウンズという英国ジャズ界の最前線で活躍するピアニストとの共演を通して、今もなお彼女らしいチャレンジ精神が見えるところが、本作の大きな魅力である。キット・ダウンズという新たな相棒を得た彼女に、今後さらなる飛躍を期待したくなる。

<参考資料:ECMオフィシャル・サイトの英文曲解説>
https://ecmrecords.com/product/outpost-of-dreams-norma-winstone-kit-downes/#tab_background_tab
(和訳し、曲の順番(数字)を書き入れました)
ノーマ・ウィンストンがピアニスト、キット・ダウンズとのデュオで6年ぶりにECMからアルバムをリリースした。ジャズ・ヴォーカリストであり作詞家でもあるユニークなアーティストであるノーマは、ダウンズの新たな曲に加えて、カーラ・ブレイ、ラルフ・タウナー、ジョン・テイラーの作品のために歌詞を書き、その言葉に詩的な感性を込める。さらに、2つのトラッド曲である8.〈Black Is The Colour〉と 10.〈Rowing Home〉に新たな視点を加えて仕上げ、アルバム収録曲を完成させた。

このデュオの結成は偶然の産物だという。「思いがけず共演することになったの」とノーマは言う。ノーマ・ウィンストンのイギリスでの仕事の常連ピアニスト、ニッキ・アイルズがロンドンでのコンサートに出られなかったことがあったという。「キットに共演をオファーしたわ。彼のピアノで歌ったのは初めてだった。もちろん、彼は何でもすぐに弾けたし、素晴らしかった。それで、さらに何回か共演した。自分が彼の冒険心に反応しているのを実感したわ。何が起こるかわからないという、そういう良さが好きなの」。ロンドン・ジャズ・ニュースが、ノーマの80歳の誕生日を祝って「寄せ書き」を集めたとき、ダウンズは「近いうちに、あなたと一緒に崖っぷちからジャンプするような、音楽的冒険をしたくて待ちきれない。」と書いていたとノーマは回想する。彼女は笑って語る: 「それが私たち2人の考え方よ。このプロジェクトが私たちをどこに連れて行くか、もうすぐ分かるわ」。

ウィンストンにとって、音楽に言葉を加えるということは、ほとんどの場合、内なるメッセージが紡ぎ出されるまで曲と共に生きるということである。「曲の中に、すでにある言葉を探すのよ。いつも、そうするの。そして、もし言葉が生まれたら、それはまるでずっとそこにあったかのように感じられる」。 ノーマは、5.〈Out Of The Dancing Sea〉のように、物語的な題材にもオープンな心で臨んだ。

この曲について、キット・ダウンズはこう説明している: 「スコットランドの画家、ジョーン・アードリーは、自宅の庭から海を眺める同じシーンを何度も続けて描いていた。まったく同じ景色なのに、光や時間帯、彼女自身の気分や天候など、いつも何かしら違っていた。また、彼女はキャンバスを一晩中外に置いていたので、「自然」 のかけらがキャンバスにこびりついていた。これが、エイダン・オルークと私が書いた音楽のインスピレーションとなった。私はジェームス・ロバートソンが書いた彼女についてのショート・ストーリー(「365 Stories」シリーズの『The Painter』)からもインスピレーションを得た。」ノーマは、彼女の書いた歌詞の中で、独自の語り口でこの物語を取り上げている。

アルバムの冒頭を飾る 1.〈El〉は、生まれて間もないキット・ダウンズの娘のための曲である。「突然、未来が見える/泉のようにゆっくりと湧き上がる」: ウィンストンの繊細な言葉とダウンズのデリケートなメロディーの背後には、ハモンドB3 オルガンの、きらめく高音のドローンが静かに流れ、まるで後光が差すかのように、二人のプレイをサブリミナル的に照らしている。

キットのソロ・レパートリーのひとつがカーラ・ブレイの 3.〈Jesus Maria〉だった。この曲のルーツは1961年にポール・ブレイとスティーヴ・スワロウが参加した伝説的なジミー・ジュフリー・トリオまで遡る。ノーマは今回、本作のために歌詞を書いたが、2000年以前に作曲者のカーラがこの曲のために「かなり宗教的な」歌詞を書いていたことを知らなかった。「どうすればいいかしら?」ウィンストンがスワロウに直接尋ねると「あなた自身の言葉を使いなさい」という賢明なアドバイスが返ってきたという。ノーマは語る。「あらゆる事象の理解者のような、不思議な力がある特別な人物を想像して、具体的なことは書かないようにしたわ」。

2.〈Fly The Wind〉はジョン・テイラーの曲で、テイラーは 〈Wych Hazel〉という別タイトルでも録音した。ノーマ:「(2015年に)ジョンが亡くなってから、導きの存在だった彼に捧げる曲として、何かやってみたいと思っていたんです。」

トラディショナル曲である 8.〈Black Is The Colour〉は、音楽家によって異なる解釈がされてきた。有名な例としては、ルチアーノ・ベリオの『Folk Songs』シリーズにおけるキャシー・バーベリアン(メゾソプラノ)のためのセッティングや、ESP-Diskでのパティ・ウォーターズのフリー・ジャズ・ヴァージョンが挙げられる。ECMでは、マーク・ジョンソンのBass Desiresグループとスザンネ・アビューエルの解釈でこの曲を録音したことがある。本作のウィンストン/ダウンズのヴァージョンには、クラシカルなエレガンスがある。ノーマ :「ずっと好きだった曲だけど、(演目として)今まで歌ったことなかったの」

10. 〈Rowing Home〉は珍しい選曲だ。ノーマは1970年代後半に(ピアニスト)ボブ・コーンフォードがケニー・ウィーラー、トニー・コー、NDRオーケストラと録音した『Long Shadows』から知ったスカンジナビアの民謡 〈Ro Hamåt〉(家に向かって漕いで来て)に歌詞をつけている。このメロディーはイギリスの伝統的な歌曲〈Searching for Lambs〉とよく似ている。

ラルフ・タウナー作曲 4.〈Beneath An Evening Sky〉は、1979年に『Old Friends, New Friends』で初めてレコーディングされた。タウナーがazimuth(アジマス)のアルバム『Départ』にゲスト参加した数ヵ月後で、音楽的影響の新しい輪が広がっていた。ノーマがこの重厚な曲に歌詞をつけたのはずっと前のことだ。そしてダウンズは、曲の流れを断ち切るようなプレイを織り込む自由なプローチを取っている。

コンサートでは、これらの曲の掘り下げ方はますますオープンなものとなり、自由な即興の間奏で曲をつなぎ合わせていく。
『Outpost of Dreams』はマンフレート・アイヒャーがプロデュースし、2023年4月にウーディネのアルテスオーノ・スタジオで録音され、2024年1月にミュンヘンのバイエルン・スタジオでミキシングが行われた。
ノーマはすでに次回リリース予定の ECM アルバムを録音しており、スティーヴ・スワロウの曲が収録されている。詳細は近々発表予定。

(原雅明氏による本作の日本盤のライナーノーツには、このECM公式ページの内容をふまえた解説が含まれている。また、ユニバーサルのキット・ダウンズ紹介ページでも、この解説の訳の一部が使われている。https://www.universal-music.co.jp/kit-downes/news/2024-06-10/
上記の訳文については、今回のノーマ・ウィンストンとキット・ダウンズの公演(2024年11月)を主催したReal & Trueの大沢知之氏も、全文翻訳をブログに載せている。
https://invs.exblog.jp/32397878/
Real & Trueのブログにはこのほかにも、今回の公演や、ノーマ・ウィンストンに関する興味深い記事が多く掲載されている。

岡崎凛

岡崎凛 Ring Okazaki 2000年頃から自分のブログなどに音楽記事を書く。その後スロヴァキアの音楽ファンとの交流をきっかけに中欧ジャズやフォークへの関心を強め、2014年にDU BOOKS「中央ヨーロッパ 現在進行形ミュージックシーン・ディスクガイド」でスロヴァキア、ハンガリー、チェコのアルバムを紹介。現在は関西の無料月刊ジャズ情報誌WAY OUT WESTで新譜を紹介中(月に2枚程度)。ピアノトリオ、フリージャズ、ブルースその他、あらゆる良盤に出会うのが楽しみです。

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