#2374 『Christos Yerolatsitis Trio / Daydreaming』
『フリストス・イェロラツィティス・トリオ/ デイドリーミング』
レーベル:PKmusik
2025年3月リリース
Christos Yerolatsitis – Piano フリストス・イェロラツィティス
Grigoris Theodoridis – Double Bass グリゴリス・テオドリディス
Attila Gyárfás – Drums アッティラ・ジャールファーシュ
Special Guests:
David Lynch – Saxophone デヴィッド・リンチ
Michalis Tsiftsis – Guitar ミハリス・ツィフツィス
1. Cactus
2. Untold I
3. Untold II
4. Untold III
5. Memories
6. Aaron
7. Daydreaming
8. Waltz for Persefoni
9. Xordes
10. The Encore
Recorded and Mixed by George Kariotis
Mastered by Christoph Stickel
Recorded at Sierra Studios (Athens, Greece)
Photography by Charis Ioannou
Produced by Christos Yerolatsitis
Executive producer: Petros Klampanis
<本作の概要>
キプロス出身、’89年生まれ、オランダでジャズを学んだピアニスト、Christos Yerolatsitis (フリストス・イェロラツィティス / Χρίστος Γερολατσίτης)のトリオ作品。サックス奏者とギタリストがゲストで参加する。変拍子を多用するオリジナル曲は変化に富み、トルコ、バルカン域、ギリシャ文化圏に息づく音楽、舞踊曲、民衆歌謡の影響を感じる。また、イェロラツィティスのパーソナルな体験を綴る曲が抒情的で美しい。現代的なジャズに、時おり「泣きのメロディー」がさらりと混じるが、感傷的なムードに染まることなく、洗練され過ぎることもなく、絶妙のバランスが保たれている。
本作はギリシャ・ジャズ界が誇る国際的なベーシスト、ペトロス・クランパニスのレーベル、PKMusikから2025年3月14日にリリースされた。BandcampなどでCD、またはデジタルアルバムが購入できる。PKMusikのレーベルのロゴには、ギリシャ文字ΠΚが使われている。
<パーソネルなど>
Christos Yerolatsitis (Χρίστος Γερολατσίτης /フリストス・イェロラツィティス)略歴:
1989年生まれ、キプロス拠点のギリシャ系ピアニスト、フリストス・イェロラツィティスはオランダでジャズを学び、ハーグの音大(The Royal Conservatory of The Hague)で学士号を取り、アムステルダムの音大 (Conservatorium van Amsterdam)で修士課程を修める。トリオを組む2人ともオランダで出会った。オランダでの音楽活動の後はキプロスとギリシャを拠点とし、現在はラトビアの音楽アカデミーの幹部としての責務も担っているという。リーダーアルバムは22年にエレクトリックピアノでのデュオ盤『Introducing Sonica』をリリースしているが、アコースティックのピアノトリオ作は初めてだろう。彼はフォークロアなど、ジャズ以外のジャンルのアルバムにも参加している。
(名前のカナ表記については、クリストス、フリーストスなど、別の表記も考えられる。)
トリオのメンバーには、ギリシャ拠点のベーシスト、グリゴリス・テオドリディス(Γρηγόρη Θεοδωρίδη)と、ハンガリー出身のドラマーで、母国やイタリアなどで幅広く活躍中し、澤野工房(Atelier Sawano)からリリースのたピアノトリオ作品にも参加するアッティラ・ジャールファーシュ(Attila Gyárfás)が加わっている。
(グリゴリス・テオドリディスは2023年にリーダーアルバム『Green of Silence』をリリースし、このCDが日本の通販店に登場した。このアルバムにもA.ジャールファーシュが参加している。)
ゲストにはギリシャ拠点のサックス奏者とギタリストを起用して、アテネのスタジオで録音。プロデューサーはイェロラツィティス自身がつとめ、総合プロデューサーにはレーベル創始者のクランパニスの名がクレジットされている。
<本作の面白さの核となる変拍子>
本作では、変拍子を多用するイェロラツィティスの曲の複雑なリズムが、リスナーの耳に届きやすいグルーヴ感あふれるものとなり、イェロラツィティスのピアノや、ゲスト奏者、ベーシストなどの伸びやかなソロが、アルバムのあちこちで輝いている。
自分は変拍子曲について詳しくないが、拍子がどうなっているのだろうかと考えながらアルバムを聞くうちに、だんだん楽しくなってくる。変拍子の多用はトルコやバルカン域の伝統的な舞踊音楽によくみられる。そして1930年ごろからギリシャに浸透した大衆音楽「レベティコ」では7/8、9/4といった拍子が使われるという。おそらくギリシャ系の音楽家はこうした変拍子とギリシャ歌謡独特の抒情性に幼少期から馴染んでいるのだろう。
<楽曲(全てイェロラツィティスが作曲)>
9.〈Xordes〉と4.〈Untold III〉では、スイスのコリン・ヴァロン・トリオを連想した。クラシックピアノ、ジャズ、作曲を学んだイェロラツィティスの音楽は、欧州ジャズシーン全般から影響を受けているようだが、地中海沿岸域のフォークの香りが、アルバムから漂ってくる。こうした要素が、イェロラツィティスの作品の根幹にあることは、ギリシャ音楽をそれほど聴かないリスナーにも肌で感じられる。
2.~4.の3つのパートから成る組曲〈Untold (I,II,III)〉は11/8拍子で始まることが、公式のアルバム説明に記されている。〈Untold〉は本作の中核ともいうべき作品で、ゲスト参加のサックス奏者、デヴィッド・リンチが重要な役割を果たす。丹念に組み立てた楽曲構成で、最終章4.〈Untold III〉でクライマックスを迎える。2.〈Untold I〉の奇妙なメロディーは現代のジャズらしくもあれば、トルコやバルカン域の伝統音楽も連想させる。3.〈Untold II〉はアルコベースをフィーチャーした幽玄な曲。サックスが揺れ動く心をひたむきに描くような4.〈Untold III〉では、ピアノはひたすら短いリフを鳴らし続ける。
4.が終わり、5.が始まると、緊張感から解放されたようにソプラノサックスとピアノが伸びやかに歌い出す。(シングルカットされた5.については後述)
6.〈Aaron〉は優雅で美しい曲。続く7.〈Daydreaming〉もメロディアスで抒情的な作品。6.ではピアニストのソロがメインとなり、7.ではギタリストのスピーディーで抒情的なソロが加わる。8.〈Waltz for Persefoni〉では、ピアノのソロに続くベーシストのソロが素晴らしい。
5.、6.、7.、8.と美しさをストレートに追求する曲が続く構成には、欧州の抒情派的なピアノトリオ、カルテットの伝統を受け継いでいるという印象を受ける。PKMusicの紹介では、彼はポスト・バップの伝統を重視するピアニストと紹介されている。だが同時に彼は、変拍子を生かした楽曲を得意としており、現代的な作風が生まれている。
ロマンティックな美しいメロディーを重視する姿勢には、「お国柄」のようなものを感じる。1930年代から流行したギリシャの大衆音楽「レベティコ」のゆったりとした感傷的なメロディーを特徴とする変拍子曲が、ギリシャ文化圏で暮らす人々にはソウルフード的な音楽だろうかと想像してしまう。トルコの音楽に影響を受けながらも「ギリシャのブルース」という異名を持つ20世紀ギリシャ歌謡の物悲しい響きが、西欧風なジャズのスタイルを保ちながら、本作のあちこちで聞こえてくる気がする。イェロラツィティスの感性の隅々まで変拍子のリズムが浸透しているようだ。
PKMusicが本作のリリースに向けて付した解説によれば、5.と7.はイェロラツィティスが(おそらく)子どもの頃にキプロス島で過ごした大切な思い出を題材にした曲だという。
本作では組曲となる“Untold”などにトリオの実力を余すことなく盛り込もうという気概を感じる一方で、いくつかの曲ではイェロラツィティスの個人的な思いを綴ることを最優先しているようだ。7.と10.では、ギタリストMichalis Tsiftsis(ミハリス・ツィフツィス)を起用しているが、歌心あふれる彼の演奏が、本作に「ギリシャ風味」をさらに加えていると思う。
参考①
ギリシャ名の表記については、*「週刊ギリシャの音楽」Vol.1,2の著者、ナゴヤハロー氏に質問して参考にし、その後自分の判断で記載した。2024年12月に刊行された「週刊ギリシャの音楽」Vol.2では、本作にゲスト参加し、存在感が大きいギリシャ拠点のサックス奏者、デヴィッド・リンチが詳しく紹介されている。ギリシャの音楽を多様な観点から紹介するナゴヤハロー氏から貴重な情報を得ていることを、ここに記し、感謝を述べたい。
(注* 書名に「週刊」とあるが、週刊誌ではない)
参考②
<PKmusikが本作リリースに寄せた解説(英文)の和訳(機械翻訳を編集)>
https://www.allaboutjazz.com/news/pk-music-proudly-presents-christos-yerolatsitiss-debut-piano-trio-album-daydreaming/
PKmusikは、キプロスのピアニストで作曲家のChristos Yerolatsitisのピアノトリオ・デビュー・アルバム『Daydreaming』のリリースを発表した。2025年3月14日に正式リリースとなるこの作品は、彼のルーツである地中海の鮮やかな色彩とモダンジャズを融合させた、イェロラツィティスの唯一無二の「歌声」を披露するものである。
エリック・トリュファズ、ランジット・バロット、マサ・カマグチ(Erik Truffaz, Ranjit Barot, and Masa Kamaguchi)といった世界的に有名なミュージシャンと共演してきたイェロラツィティスは、今回、自身の作曲を前面に押し出している。
ギリシャ出身のダブル・ベーシスト、グリゴリス・テオドリディス、ハンガリー出身のドラマー、アッティラ・ジャールファーシュとタッグを組み、伝統的なジャズの枠を超えた型破りなトリオを結成した。〈Cactus〉のようなトラックでは、ドラマーの幅広いリズム・パレットとベーシストの即興的なスタイルが、独特の先鋭的なサウンドスケープを形成している。
このアルバムの目玉は、ゲスト・サックス奏者のデヴィッド・リンチをフィーチャーした、エッジの効いた3部構成の組曲「Untold」だ。この曲は11/8拍子で始まり、徐々に重層的なグルーヴへと展開し、開放的で内省的な中間部へと移行し、そこではサックスのインプロヴィゼーションが伸びやかに展開していく。
5.〈Daydreaming〉と7.〈ペルセフォニのためのワルツ〉は、イェロラツィティスの個人的な世界を垣間見るものであり、彼の生い立ちに大きく関わる祖母や、名付け親の女性と過ごした夏の夜の記憶をたどるものだ。これらの作品は、アルバム『Daydreaming』の核心にある温かさと誠実さを強調している。
「極めて率直な気持ちから、生まれた作品です」とイェロラツィティスは振り返る。「このアルバムは、ミュージシャンとして、また個人としての、私たちの旅のスナップショットのようなものです。何かを証明しようとして生まれたものではありません」
アルバムのアートワークは、著名なモノクロ・ストリート・フォトグラファー、カリス・イオアノウの協力を得て制作された。カリスの視点とコンセプトによって、視覚的なステートメントが作品に加わった。
『Daydreaming』は、PKmusik – Petros Klampanisを通じて、2025年3月14日にフィジカル・フォーマットと各種のストリーミング・サービスで発売される。
