#2399 『Błoto(ブウォト)/Grzyby(グジビ)』
text by Ring Okazaki 岡崎 凛
2025年6月6日リリース、Astigmatic Records
*Błoto:
OlafSaxx – Roland Aira TR-8, tenor saxophone, bass clarinet, percussions
Latarnik – piano, Moog Minimoog Voyager, Nord Stage 3, Junost 21, Access Virus TI, Korg X3
Wuja HZG – bass guitar, Moog Little Phatty Stage I
Cancer G – drums, Roland SPD-SX, percussions
1.Wrośniak
2.Maczużnik
3.Chaga
4.Soplówka
5.Pleśniak
bonus track:
6.Szlam
7.Ścieki
8.Bakteria
Recorded at:Studio Pasterka (Warszawa), 29-31.01.2023.
Sound engineer: Piotr Zabrodzki
Mix/Mastering: Marcin Kwazar & Błoto
Executive producer, A&R, Manager: Sebastian Jóźwiak
Graphic design: Sainer
Graphics generated at: lab.ksawerykomputery.pl
www.astigmaticrecords.com
*変名を使わない演奏者名は、オラフ・ヴェンギェル(ts)、マレク・ペンジヴィアトル (p)、パヴェウ・スタホヴィアク(e.bass)、マルチン・ラク(ds)。(Olaf Węgier, Marek Pędziwiatr, Paweł Stachowiak, Marcin Rak)
アルバムの概要
ポーランドの新世代ジャズの最先端で活躍するヴロツワフ拠点のミュージシャン4人によるEP。エレクトロニクスを駆使し、ヒップホップとジャズなど、さまざまな音楽が融合した楽曲に、斬新なアイデアを盛り込む。ビートの効いたダンスフロア向きな曲も多い。タイトル『Grzyby』はポーランド語でキノコを意味する。そのコンセプトは、彼らの4作目のアルバム、『Grzybnia(菌糸体)』を引き継ぎ、この前作同様に曲名には様々なキノコの名が並ぶ。(最後の曲名はカビの一種に由来している)
このほか、ボーナストラックにこれまでのシングル・リリースの3曲が追加されている。〈Szlam〉:泥状の沈殿物、〈Ścieki〉:下水、〈Bakteria〉:バクテリアと、グループ名Błoto(泥)から連想される曲名が続く。
本編の曲名について、意味を調べると、次のようになる。
Wrośniak:カワラタケ属のキノコ
Maczużnik:ノムシタケ属のキノコ
Chaga:カバノアナタケ
Soplówka:ヤマブシタケ
Pleśniak カビの一種、またはカビに似た外観のケーキ「プレシュニアク」
Błoto(ブウォト)について
ポーランドの4人組、Błoto(ブウォト)は、2020年にファーストアルバム『Erozje(イロジェ)』が日本のレーベル、Impartmentからリリースされ、注目を浴びたグループである。
ポーランドの先鋭的なジャズ音楽家集団であるEABS(エアブス)のメンバー4人が結成したBłotoは、ファーストアルバムでの解説によれば、計画的に立ち上げたグループではなく、全くの偶然から始まったという。※
最初はEABSのサイドプロジェクトのような存在に思えた。EABSがメインの活動であり、Błotoがスピンオフ、と解釈していたが、5年後になると、それぞれがはっきり異なるキャラクターを備えるようになり、対等の関係になってきたと感じる。Błotoのメンバー4人は、現在レギュラー5人のEABSのメンバーであるが、本名でなく、変名を使ってクレジットされている。あくまで別のバンドという設定を大事にしているようだ。
※下記参考<Błoto(ブウォト)のデビュー盤>参照
BłotoとEABS
EABS(ELECTRO ACOUSTIC BEAT SESSIONS)がイギリスで高く評価され、彼らとテンダロニアス(Tenderlonious)とのコラボレーションが話題になったころ、Błotoのデビュー作の日本盤発売が実現した。その5年後の現在、2つのグループはそれぞれのプロジェクトを発展させている。
この記事はBłotoのアルバムに関するものだが、EABSが初めて日本で公演するにあたり、彼らについても触れることにした。関西万博関連イベントのために、2025年9月初めから中ごろまで来日するEABS(エアブス)を初めて知る人にも、Błotoを知ってほしいと考えた。EABSとBłotoは、それぞれポーランド新世代ジャズを担う重要なグループとなるだろう。
また、Błotoはクレジットに変名を使うが、ここにはEABSの中の4人が参加していることを明記したい。EABSの方にはトランぺッターのヤクブ・クレク(Jakub Kurek)が加わっており、2管クインテットのアンサンブルの美しさと力強さがが特色だ。ゲストを迎えたアルバムを出すのはEABSの方である。似ているのは、どちらも独自のテーマを大切にしている点だ。
キノコ(Grzyby)がアルバムタイトルになるまでの流れなど
Błotoのインスタグラムには、以下の告知が載っている:
”ついに実現! 菌糸体(Grzybnia)からキノコ(Grzyby)が育つ。5月2日より、新アルバムの予約受付を開始。「Grzyby」はレコード盤とCDでリリース。シングルでリリースされた〈Szlam〉〈Ścieki〉〈Bakteria〉が『Grzyby』にボーナストラックとして収録される。”
アルバムタイトルの「グジビ」とは「キノコ」の意味。Błoto(ブウォト)の前作は『Grzybnia(菌糸体)』であり、その曲名には食用キノコや毒キノコのポーランド名が並んでいた。この流れを受けて最新作のアルバムタイトルが「キノコ」となったようだ。今回は薬用キノコを登場させたという。
Błotoが重視する作品ごとのテーマと「比喩」
前作と同様に、姿の見えないものがテーマとなっている。顕在するものの背後で網の目のように繋がり、繁殖のチャンスを伺っている生命体の勢いを、ジャケットの絵に感じた。音楽家を刺激する題材を「菌糸体」や「キノコ」に見出すセンスが斬新である。そんな面白さを感じていた本作について、2025年6月、Błoto(ブウォト)のラタルニク(マレク・ペンジヴィアトル)が詳しく語ってくれた。Błotoの作風全般について語った彼の言葉を、一部割愛して掲載したい。
私たちのアルバムには比喩が込められることが多い。アルバム『Erozje(浸食)』を作ったのは、沼地の多い場所に、雨があまり降らないので、土壌の水分が少なくなってしまった、という気候変動のニュースに触発されたんだ。…その次のアルバムでは、花をテーマにしていた。だがこれにも比喩が込められている。野原に自由に咲く花もあれば、管理された制度の中で咲く花もある。私たちはこういう「喩え」をよく使うんだ。「喩え」を介して自分の考えを語るだけではなく、言葉遊びを楽しんでいる。…言葉遊びができる(ダブルミーニングを味わう)以外に、たとえばあなたが「このタイトルは、どういう意味なのか気になる」と思って調べる、ということも狙っているんだ。
最新作のタイトルは「キノコ」その前は「菌糸体」だった。キノコは菌糸体から生えていくんだが、ここにも比喩は隠れている。菌糸体は大切な役割を持っていて、木々の助けになっている。そして、菌糸体は網のように広がり、森のインターネットのような働きをしているんだ。人はコミュニケーションをとる生き物だ。一方キノコは、生命体のシステムを成立させる。前作では食用キノコと毒キノコを登場させた。新作では薬用のキノコが登場する。これによって、なぜ私たちが対立し、ケンカをしているのか、考え直す機会を与えられるんだ。
(直接彼の言葉を聞く機会を得た経緯については、記事の最後に掲載)
参考:EABSとBłotoについての補足説明:
Błotoのメンバーの表記について
ふだんの名前はマレク・ペンジヴィアトル (p)、パヴェウ・スタホヴィアク(e.bass)、マルチン・ラク(ds)、オラフ・ヴェンギェル(ts)である。彼らはセッションやBłotoのライブでは、Latarnik (ラタルニク:灯台守、ライターの意味)、Wuja HZG(アンクルHZG)、Cancer G、OlafSaxx などの変名をよく使う。
本作のピアニスト、マレク(ラタルニク)の幅広い活動について
ポーランドのジャズ記事によれば、彼はウータン・クランなどの影響を受けており、また先鋭的でポエティックな要素を持つトマシュ・スタンコ(tp)とAndrzej Kurylewicz(アンジェイ・クリレヴィッチ)(p)の60年代作品との類似がある。と指摘されている。
EABSはクシシュトフ・コメダへのトリビュート盤をリリースしており、マレク・ペンジヴィアトルは母国のジャズ発展に寄与した「レジェンド」への敬意を惜しまない人物だと感じる。エレクトロニクスを駆使し、自由なセッションを楽しむような作風だが、彼の演奏には中欧ジャズの歴史が息づいている。彼の音楽活動は幅広く、ヴォーカリストとの共演にも意欲的である。
Błoto(ブウォト)のデビュー盤
※バンドキャンプなどのアルバム紹介によれば:2018年に国内ツアーでグダンスクに行ったEABSのメンバーのうち4人が、空き時間に訪れたスタジオで自由なセッションを行い、偶然居合わせたエンジニアによる録音を行ったのだという。これが素晴らしかったため、アルバム化が決まり、バンドにはBłoto(泥)という名が付けられた。
このように生まれたのがBłoto(ブウォト)のデビュー盤『Erozje』には、ダークな雰囲気と緊張感、独特のグルーヴが宿る。ピアノがパーカッシヴな音を打ち鳴らし、サックスが轟音を放つ激しいプレイの応酬、じわじわとドローン音が押し寄せる展開がたまらなく新鮮だった。
Błotoの発音について
ポーランド語では、アルファベットのLに斜め横棒(ストローク)をつけた文字は、日本語のワ行に対応する(ラ行でない)。なのでカナ表記はブウォトとなる。Błotoとは「泥」という意味。
また新作のタイトル『Grzyby』は『グジビ』と読み、キノコを意味するポーランド語。
BłotoとEABSについて、ポーランド現地で学んだこと
2025年6月、ポーランド広報文化センター(Instytut Polski w Tokio)が主催するポーランドへのジャズ研修旅行に参加する機会を得て、EABSのメンバーと直接話すことができた。9月初め~中頃に来日する彼らについては、関西のジャズ誌「WAY OUT WEST」8月号の特集記事「Polish Jazz」でも大きく取り上げた。同誌では以前から同誌の新譜紹介や特集記事に、EABSとBłotoを何度も取り上げてきた。実際に彼らに会い、通訳が同席する場で取材できたのは素晴らしい体験だった。
Astigmatic Recordsのレーベルオーナーとピアニストのマレク・ペンジヴィアトルがEABSとBłotoを詳しく紹介してくれた。その内容はバンドキャンプの解説で読んだ内容に重なるが、実際に彼らの言葉を聞くほうが分かりやすかった。
<EABSというバンドが生れるまで>
EABS(Electro-Acoustic Beat Sessions)はもともとジャムセッションのイベント名だったが、その後バンド名になった。ヴロツワフの「パズルクラブ」という店でEABSの活動は始まったが、彼らの拠点だったこの店が閉まることになり、それをきっかけに彼らはレコーディングを始めた。ヴロツワフのその店は約200人収容で、街の中心部にあったという。「新鮮な音楽が聴ける店だったよ。だが今はワルシャワのJassmine Jazz Club が私たちの拠点だ」
<EABSと彼らの派生バンド、ブウォトの違い>
EABSは作曲したものを演奏するのが基本。アルバムリリースでは、いくつかのレコーディングのうちベストテイクを使う。
ブウォトは即興を重視。面白いところだけ切り取って曲にすることもある。一方でEABSもライヴのたびに出来上がりは異なる。リズムもハーモニーも変える。
このほか、Błotoの作品全般と新作『Grzyby』に関するマレクの言葉を、上記のBłotoが重視する作品ごとのテーマと「比喩」の項に記載している。
Błoto, ブウォト, EABS, OlafSaxx, Latarnik, Wuja HZG, Cancer G, Olaf Węgier, Marek Pędziwiatr, Paweł Stachowiak, Marcin Rak, Jakub Kurek