#1370 『Mehmet Ali Sanlıkol & Whatsnext? / Resolution』
『Mehmet Ali Sanlıkol /Whatsnext? featuring Anat Cohen, Dave Liebman, Tiger Okoshi, Antonio Sanchez』
Dunya 012
text by Kenny Inaoka 稲岡邦彌
Jazz Orchestra (1, 4-6):
Mehmet Ali Sanlikol: keyboards, Moog Prodigy, ney, cumbus, oud, percussion; Anat Cohen: clarinet (1)
Dave Liebman: soprano saxophone (4-6)
Jazz Combo (Tracks 2-3, 7- 9):
Mehmet Ali Sanlikol: vocals, keyboards, continuum fingerboard, Moog Prodigy, piano, ney, zurna, percussion
Nedelka Prescod: vocals (3)
Tiger Okoshi: trumpet (7-8)
Antonio Sanchez: drums (7- 8)
1.The Turkish 2nd Line (New Orleans Çiftetellisi)
2.A Dream in Nihavend
3.Whirl Around
4.Concerto for Soprano Saxophone and Jazz Orchestra in C –
I. Medium Funk, “Rebellion”
5.Concerto for Soprano Saxophone and Jazz Orchestra in C –
II. Ballad, “Reminiscence”
6.Concerto for Soprano Saxophone and Jazz Orchestra in C –
III. Up-tempo Swing, “Resolution”
7.The “Niyaz” Suite – I. A Jazzed Up Devr-i Revan
8.The “Niyaz” Suite – II. An Afro Semai
9.Love Theme from Ergenekon
Directed and produced by Mehmet Ali Sanlıkol
Recorded, mixed and additional production by John Weston at Futura Productions – Roslindale, Massachusetts USA
Mastered by John Weston at Futura Productions
バークリー音大でトランペットとアンサンブル担当の教授を務めるタイガー大越氏からの紹介でメメット・アリ・サンリコルを知った。1970年生まれのトルコ系アメリカ人。バークリー音大とニューイングランド音楽院で学んだコンポーザー/ピアニストで、中近東の伝統音楽に由来する歌唱や楽器も能(よ)くする。
僕はトルコの音楽については門外漢なのでメメットが同類のリスナーのために記したノーツをガイドとしながらご紹介したいと思う。メメットが2014年に制作した最初のオーケストラ・アルバムで彼は1曲だけトルコ音楽を反映させたオリジナルを取り上げた。この楽曲の出来に勇気を得た彼は、ジャズとトルコ音楽を融合させた新作の制作を決心する。西洋音楽とジャズを学び演奏してきた彼にとってトルコ音楽は未知の音楽だった。ミレニアムを迎えた2001年からの10年間、一念発起した彼はオスマン/トルコの音楽と文化の研究に没頭する。自らのルーツを辿り、アイデンティティを確立するため自身に課した課業であった。その成果をアルバム化するにあたってトルコ文化基金の助成が得られ、思い通りのフィーチャリング・アーチストも獲得できた。そういった意味でこのアルバムは現時点での彼のキャリアの集大成といって良いだろう。
手兵はメメット自らが指揮する19人編成のジャズ・オーケストラWhatsnext?(ホワッツネクスト?)。ところで、このオケのネーミングと言い、Resolution(解決)というアルバム・タイトルと言い、アートワークも含めてあまりにも直截的で含みがない。アナト・コーエン、デイヴ・リーブマン、タイガー大越、アントニオ・サンチェスという大いに魅力的なゲストの表記がなければ残念ながら通り過ぎていただろう。しかし、音楽は違う。大いに含みがある。
例えば、オープナーの<The Turkish 2nd Line (New Orleans Çiftetellisi)>。ニューオーリンズの葬儀のパレード、ジャズ・フューネラルの「セカンド・ライン」とトルコのダンス「チフテテリ」が、両者に共通するクラリネットを介して混淆する。タイトルの<トルコ風セカンド・ライン(あるいは、ニューオ—リンズ風チフテテリ>と大いに含みがある。クラリネットは近年活躍が目覚ましいテルアビブ出身の女流、アナト・コーエン。音楽が政治を超越するシーンだ。メメットがウードでチフテテリ独特のフレーズをリピートする中、アナトは技巧を凝らした演奏で両者を昇華するが、充分にブルージーであることを忘れない。
現役最高のソプラノサックス奏者、デイヴ・リーブマンには3つの楽章からなる<ソプラノサックとジャズ・オーケストラのための協奏曲>が用意された。メメットによるとこの曲は、18世紀バロック時代の作曲家アレッサンドロ・マルチェッロの<オーボエ協奏曲>を下敷きに作曲したという。いわゆる、緩徐楽章(ここではバラード)を挟む急—緩—急の古典的な形式を踏襲、第1楽章はムハンメスというオスマン/トルコの音楽に特徴的な32ビートの循環リズムから始まり、8ビートへ移行。第3動機は16ビートのブルースだがサガ・マカムというトルコ旋法を援用しているという。いくつかのエスニックな打楽器がトルコ的雰囲気を点描する間を縫ってリーブマンの高速インプロヴィゼーションがスリリングに駆け抜け、古典形式に則って民族性と同時代性が相和し異次元的サウンドスペースを生み出す。
タイガー大越のトランペットとアントニオ・サンチェスのドラムスがフィーチャーされるのは2つのパートからなるNiyaz組曲。ここでは2種類の古典的なオスマン/トルコ特有の循環リズムがジャズに援用されており、中でもオスマン時代のスーフィの儀式で演奏された14ビート(l)と6ビート(ll)。サンチェスにはドラム・ソロ用のスペースが用意されているがタイガーはトルコのマカム旋法を使うため微分音を駆使した高度な演奏が要求されている。とくに緩徐楽章のlではメーメトの吹くネイとタイガーのリード楽器のようなトランペットのメロディが相まって雅楽的雰囲気を醸し出す。一転、テンポの上がるllではタイガーの緊張感のある高速ソロが虚空を駆け抜ける。
メメットはこのアルバムを通して、西欧とイスラムが対立する中、それぞれ出自の異なるミュージシャンが出会い、トルコ(イスラム)の音楽とジャズの融合を通してお互いをより深く理解しあうことが大切であることをアピールしたいという。トルコの音楽とジャズの両者に通じたメーメトならではの発想によるこのアルバムの音楽的成功は、お互いの違いを認め合いながら共存するという共存の原理のひとつの象徴としてあり、この成功がさらに大きな相互理解の第一歩になれば音楽に携わるものの一人としてこれほど喜ばしいことはない。
http://sanlikol.com/whatsnext/
Mehmet Ali Sanlıkol のファースト・ネーム、MehmetをGoogleの発音機能で確認したところ、メーメトに近く聞こえたのでそのように表記しておりましたが、ボストンのタイガー大越教授がメールに「メメット」と表記してきましたので、現地ではそのように発音されているものと考え、2/05に当初の「メーメト」を全て「メメット」に差し替えました。稲岡