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CD/DVD DisksNo. 228

#1387 『Aron Talas / Floating island』

text by Kenny Inaoka  稲岡邦彌

『アーロン・タラーシュ/フローティング・アイランド』

AT001

Aron Talas (p)
Jozsef Horvath Barcza (b)
Attila Gyarfas (ds)

01.Tale
02.Lights
03.Mind The Gap
04.Man Of The Winds
05.Blues For F
06.Floating Island
07.Trampoline
08.Hope Is Always
09.Roots
10.Helsinki
11.Quentin
*All Composed by Aron Talas

Recorded at the Hungarian Radio, Studio 6, between 4-6th of September, 2015
Recorded & mixed by Gabor Buczko
Mastered by Darius Van Helfteren
Produced by Aron Talas

薄い紙1枚のシンプルなジャケットを手にした時、いかにもインディらしいなと感じたのだが、内容は若さに溢れた素晴らしいものだった。考えてみれば配信が主流になってくるとジャケットなどで先入観を与えられることもなくなるわけだが、一方では、ECMのように写真やエッセイを満載したブックレットにキャップまで付けてCDの付加価値を高めるレーベルも存在する。配信かCD(パッケージ・メディア)か二者択一が可能な日本のリスナーは恵まれているというべきか。メガストアの消えてしまったNYは想像するだに寒々しい。

アーロン・タラーシュ(アーロン・タラス)は若きハンガリーのピアニスト(ドラマーでもあるようだが)。ブダペストでジャズを学び、古今のジャズはもっぱらCDを通して吸収しているようだ。最新の情報(演奏)はYouTubeから好きなだけ得られるだろう。メディアから吸収したジャズのエッセンスが理想的な形で消化、反映されているようだ。フォームとしてアメリカのジャズが援用されているのはブルースの1曲だけ。あとはすべてクラシックがルーツとして血肉化している(本人が意識しているか否かに拘らず)ミュージシャンがジャズのイディオムを駆使して演奏するジャズである。そういう意味で、全曲、自身のオリジナルで通したことも成功の大きな要因だろうと思う。表現したいことを充分表現できるだけのテクニックを駆使しながらケレン味をまったく感じさせない。その潔さとみずみずしさはジャズの本場からアウェイでいられることの大いなるプラスの面に違いない。変拍子に刺激を受け、フォークなどフックとなるフレーズやメロディに和み、一度ならず試聴を楽しんだ。ネオ・メインストリーマーの一人として大いに注目していきたい。

以下、リスニングの助けとなるアーロン自身の曲についてのメモである。細かいことを気にせずに聴き流すのもいいが、変拍子や構成が気になるリスナーは確認の手立てとなる。

1.Tale

「物語」。最初のテーマはハンガリーの文化に対するトリビュートでハンガリーのフォーク・ミュージックに想を得たものだが、セカンド・テーマはベースに委ねるいわゆるダブル・レイヤー構造になっている。ピアノとベースのユニゾンはアヴィシャイ・コーエンが得意としているね。
最初のテーマはルバート、セカンド・テーマの進行はやや複雑で、7/8 | 4/8 | 7/8  |5/8。ブリッジは7/8、ソロ・パートは5/8。

2.Lights
「光」。人生に行き詰まった時、トンネルの先に見える光のように、射してくる一条の光。少し崩してはいるけど基本は6/8。

3.Mind the Gap
「隙間に用心」。スマホで遊んでいるゲームの名前。ある時この曲に合わせて人々がダンスをしている悪い夢を見た。4/4だけど、小節でグルーピングしているのでストレートには聞こえないと思う。

4.Man of the Winds
「風の人」。メインのリフはグレゴリア聖歌に、テーマはティグラン・ハマシアンにインスパイアされた。リフは7/4 | 8/4.だけどテーマは崩している。

5.Blues for F
「Fに捧げるブルース」。リズムがちょっとトリッキーな12小節のブルース。初期のブラッド・メルドーのレコーディングからは多くのインスピレーションを得た。ストレートの4/4 。

6.Floating Island
「浮島」。このアルバムでいろいろトライしたチャレンジを象徴していると同時に、子供の頃から好きなデザートの名前とのダブル・ミーニング。
基本は、6/8、1stテーマは 5/16 | 5/16 | 7/8。

7.Trampoline

「トランポリン」。この曲ではリズムをねじるなどちょっと遊んでみた。
4/4のAABA形式。Aセクションは真ん中でハーフタイムになる。
8.Hope is Always
「希望を忘れずに」。ごく初期の作品の一つで4つの小さな歌が微妙に絡んでいる。4/4。ブリッジで崩してソロ・パートは 7/8。

9.Roots
「ルーツ」。ハンガリアのフォーク・ミュージックに想を得たバラード。人間の脳の中ではいろんなことが溶け合っている。作曲をするときはそれがどこから来たのかは考えずにひたすらメロディを紡ぎ出すことに専念する。
ヘッドは3/4 と4/4の繰り返しで、ソロ・パートは4/4。

10.Helsinki
「ヘルシンキ」。未だ出かけたことにない美しい街ヘルシンキを思い描いて書いた曲。スウェーデンのエスビョルン・スヴェンソンにインスパイアされた。4/4。

11.Quentin
「クェンティン」。クェンティン・タランティーノ監督に捧げた曲。彼のユーモアのセンスとヴァイブが大好きだ。4/4。

稲岡邦彌

稲岡邦彌 Kenny Inaoka 兵庫県伊丹市生まれ。1967年早大政経卒。2004年創刊以来Jazz Tokyo編集長。音楽プロデューサーとして「Nadja 21」レーベル主宰。著書に『新版 ECMの真実』(カンパニー社)、編著に『増補改訂版 ECM catalog』(東京キララ社)『及川公生のサウンド・レシピ』(ユニコム)、共著に『ジャズCDの名盤』(文春新書)。2021年度「日本ジャズ音楽協会」会長賞受賞。

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