#1399 八木美知依、インゲブリクト・ホーケル・フラーテン、ポール・ニルセン・ラヴ/ディケイド〜ライヴ・アット・アケタの店
Reviewed by 剛田武 Takeshi Goda
CD : IDIOLECT ID06 2,700円(税込)
Michiyo Yagi (electric 21-string koto, 17-string electronics)
Ingebrigt Håker Flaten (b, el-b)
Paal Nilssen-Love (ds, perc)
Special guest Henry Kaiser (g on track 3)
1. Cascades
2. Low End Brew
3. Derek & the Domino Theory
Recorded at Aketa No Mise, Tokyo on December 13, 2015
拡張する多弦宇宙への旅
ハイパー筝奏者・八木美知依のWikipediaの日本語ページは60人を超える海外ミュージシャンを含む競演者の名前と30数作のディスコグラフィーが列挙されているだけで素っ気ないことこの上ない。英語とドイツ語のページにはある程度詳細なプロフィールが記載されているにも関わらず、である。誰でも編集可能で不正確な情報も多いWikipediaを根拠に語るのも憚られるが、これは日本と欧州での八木に対する視線の違いを示していると言えまいか。彼女に限らず前衛音楽や実験的音楽への待遇に、我が国と彼の国々でかなりの隔たりがあることは、多くの音楽関係者が口にするところである。その一例が演奏旅行に対する援助であり、特に北欧の国々は積極的で、フリージャズやアヴァンギャルドなミュージシャンの日本公演が数多く行われている。
ノルウェー出身のポール・ニルセン・ラヴとインゲブリクト・フラーテンもそうした援助を得て何度も日本を訪れ、日本のミュージシャンと交流を深めてきた。八木ともそれぞれ何度か共演をしているが、トリオとして音源化されるのは2005年の来日公演を収めた『ライヴ!アット・スーパーデラックス』(2006)以来2作目となる。タイトルの『Decayed』は「腐った、衰えた」という意味だが、発音が同じ「Decade(10年間)」とのダブル・ミーニングであるのは間違いない。前作から10年後、2015年12月13日荻窪アケタの店での実況録音である。10年の間に腐敗したのか、発酵したのか、はたまたStatus Quo(そのままの状態)なのか、その判断は人によって異なるだろうし、同時に即興演奏に於いて10年の隔たりに果たして意味があるのかどうか?、そんな命題を提示しているのかもしれない。
M1.「Cascades」はタイトル通り流れ落ちる滝のような筝とベースとドラムが交錯して緊張感の高い演奏が続く。流動し変幻するサウンドスケープは、三者の出会いの歓びを描いた絵画のような色彩感に溢れている。
M2.「Low End Brew」は水を打ったように音数の少ないドラムロールから始まり、弓弾きベースの詠唱、筝のパーカッシヴな呟きが加わり、木霊のように響きあう。終始落ち着いた対話による演奏は、低価格の醸造酒(Low-End Brewery)を酌み交わす友情の契りのようだ。
M3.「Derek & the Domino Theory」<デレク&ドミノ理論>という人を喰ったタイトル(元ネタは「いとしのレイラ」で有名なロックバンド)は、トリオ演奏の波状効果(=ドミノ理論)に異質な飛び入り(ヘンリー・カイザー=デレク)を迎えた変奏曲のアイロニカルな渾名である。ドラムとベースとエレキ筝の荒れ狂う波間にのたうつ歪んだギターが10年間の沈殿物を攪乱する。
21弦と17弦、合わせて38弦の営みに、6弦ギターと4弦ベースとパーカッションが巻き取られ生み出された豊潤な多弦宇宙が、次のDecadeまでにどこまで拡張されていくのか、固唾を呑んで目と耳と感性を傾けて行きたい。
Wikipediaに話を戻せば、これほど多数の海外アーティストと交歓してきた八木美知依こそ、ジャパニメーションの急先鋒と言っていい。ましてや今年の小学校道徳の教科書検定で、学習指導要領が求める「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着をもつ」との点が不足するとの文部科学省の指摘により、「パン屋」が「和菓子屋」に、「アスレチックの公園」が「和楽器店」に差し替えられたという。それならば日本伝統の和楽器「筝」を奏でて海外と交流する八木美知依こそ、日本国が最大限に援助して然るべきだろう。
(2017年3月31日記 剛田武)